19 沈黙の空
***
残光が蒼く消える。静寂の応接室に私の世界は戻った。
キーン、と耳鳴りがする。
まただ。まただった。また、ロスティ様は罪を犯していた。
外交使節団用の応接室。磨かれた床、傷一つない壁、美しい調度品。
再生された記憶と目の前の場所が重なり合う。
私達に続いて、カイルが一人で蒼の追憶石に触り、「……なるほど」と小さく呟いた。
「……わたしはまた、罪を、犯していました」
すぐ後ろからした声に、「そんなこと──」と私は否定しようとして口が止まる。
何を否定すると言うのか。ロスティ様は罪を犯していた。
私が知らない間にロスティ様は何度も他者の記憶を簒奪したのだ。
紅と蒼、二つの追憶石は罪を証明している。言い逃れはできない。ロスティ様は罪人だった。
短くなった黒髪を掴む。無理やり握ったから何本かがプチプチと千切れた。
どうすれば良い? 記憶簒奪は重罪だ。罪の証明しかできていない。このままではロスティはロスティ様に戻る事無く処刑だ。記憶の有る無しに関わらず、それだけの罪を犯している。
「……ロスティ様に、記憶魔法を使わせた、黒幕が居る」
「ああ、〝上〟と呼ばれてたな。外交にまで手を伸ばしてんだ。相当なお偉いさんが背後に居るぜ?」
「黒幕を見つけて、そうすれば、減刑が──」
罪は立証された。であれば、減刑を望むしかない。
無理な話かもしれない。頭の中で冷静な自分が声を出す。
黒幕が居たとして、ロスティ様が無理やり記憶魔法を使わされたのだとして、これ程大きな罪を減刑できるだろうか。
私の言葉をカイルは肯定も否定しなかった。その代わりとでも言うのか、眉を潜めたまま意見を出した。
「気に成る事がある。舞踏会の一件、紅の追憶石の記憶、で、今回の蒼の追憶石でも、ロスティ・メモワールは呪詛師カーラの魔法を使っている」
呪詛師カーラ。私も知っている。王国でも有数の呪いの使い手だ。彼女が解けない防御魔法はそれこそ結界の聖女の物くらいだろう。
「……ロスティ様の記憶魔法は相手の魔法も記憶できる」
「ああ、だが、一つの追憶石で記憶できるのは一つの魔法。それも一回だけの使い切りだ」
カイルが何を言いたいのか、私は理解した。
「ロスティ・メモワールはいつ、どうやって、カーラから魔法の記憶を手に入れたんだ?」
*
私達は直ぐにシーロリオ領のホウキ乗り場から空へと飛んだ。
目指すのは西の果てにある森。そこに住まう呪詛師カーラの所だ。
追憶石の記憶の中でロスティ様は何度もカーラの魔法を使っていた。ロスティ様は何処かでカーラの魔法を記憶した筈だった。
今ある手がかりはこれしかない。ならば、急いでカーラに会うしかなかった。
陽が落ちる方角へ私達は飛ぶ。
私の頭にはロスティ様の記憶の事ばかりが流れていた。
紅と蒼の追憶石。ロスティ様は罪を犯していて、その罪に慣れてしまっていた。
記憶の簒奪に、それによって他者を傷つける事にロスティ様は躊躇いを覚えなくなっていた。
私は知っている筈だ。ロスティ様はその様なお人ではない。でも、実際に感じてしまった記憶が私の知っているロスティ様を否定する。
それでも、追憶石が見せた感情は偽物ではなかった。
だから、私は分からない。
記憶簒奪は本当に人を傷つけてしまう。だから、決してやってはいけないのだ。
やっと仲良くなれた頃、私の髪を梳きながらロスティ様はいつかの夜にそう言っていた。
あの言葉は一体何だったのか? 答えをくれる者は居なかった。
「……」
背後、私の腰へ手を回すロスティの感情が伝わる。
困惑、悲哀、苦痛。そう言った物が混ざっていた。
何か話しかけてくるだろうか、と思ったけれど、ロスティの口は結ばれたまま動かない。私も何を話せば良いのか分からなかった。
今できる事は呪詛師カーラへ一刻も早く会う事だけだ。
「おい、ちゃんと付いて来い」
いつの間にか先導するカイルと距離が離れていた。ホウキの魔石へ込める魔力が乱れていたらしい。
魔力を込めてホウキを加速させ、カイルの横に並ぶ。
私達の顔を近くで見た彼はしばらく口を閉じた後、呟く様にこう言った。
「……あまり気にすんな」
「何が?」
「どんな事でも人は慣れちまう。それが罪なら尚更だ」
それだけ言ってカイルのホウキがまた少し前に出る。だから、私は言い返せなかった。
また沈黙の空が訪れる。眼下の景色を美しいと思える余裕が私には無い。
そうして飛び続けていると、いつの間にか西の空には星が見えていた。
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