↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/50

18 蒼の追憶石


***


「リメンバー【カーラ】」


 追憶石が記憶した呪詛師の魔法が防御魔法を破壊する。

 突然の事に異国の使者は目を丸くしていた。体が動けていない。

 その頭へわたくしは手を置いた。


「メモライズ」


 もう慣れてしまった動きで記憶を奪う。今日は手間が掛からなかった。協力者である外交官と話している隙をつけば良いだけの単純な作業だった。

 記憶を奪われて異国の使者の意識が混濁している。その間に足音を消して応接室を出る。黒石の床に映る女の顔は目も当てられない程に醜かった。


 応接棟を歩きながら異国の使者の追憶石を見る。ここには彼が秘密にしていた貿易の情報があった。知らない言語だったけれど、記憶は元々の持ち主の認識として情報を再生する。だから、記憶の中の言葉の意味が分かってしまう。


 例えば、使者の国で今年どれだけ穀物が取れたかであったり。

 例えば、使者の国の権力争いが泥沼化している事であったり。

 例えば、使者の国が魔物との争いで魔石が不足している事であったり。


 知りたくも無い秘密を記憶してしまうこの頭が恨めしい。

 表情を消したまま、今記憶した情報を書き留めた後、わたくしは近くに控えていた協力者の一人へ使者の追憶石を渡した。


「この記憶を使者へ戻しておいて。なるべく早く。そうすれば人格への影響があまり出ないから」

「今回もご苦労だった。謝礼に何を望む?」

「何も要らないわ。権力にも政治争いにも興味が無いの。お父様にでも聞いておいて」


 返事を待たずにわたくしは応接棟を後にする。重厚な扉が閉じる音は思いのほか大きかった。

 外に出ると潮の香りが強くなる。シーロリオ領から一望できる海が日の光を反射し、わたくしは眼を細めた。


 港から運ばれてくる荷の匂い。魚の生臭さ。乾いた木箱と船乗りの喧騒。

 生きた町の空気に押されて通りを歩く。

 行き交う人々は忙しない。それぞれが思うままの生活を抱えていた。

 露店の商人は声を張り上げ、その横を子供達が駆け抜けていく。


「今年は穀物が高くなるらしいぞ? 南の海で魔獣が出たから」

「またか。最近多いな。魔石が足りないって話も聞いてる。税金が増えるのかね」

「上が決める事だ。口出しはできん。だが、どうにか成らないものかね」


 すれ違いざまに聞こえる会話が、先ほど奪った追憶石の記憶と重なる。

 異国の使者が隠した数字。魔石の不足。権力争い。点だった情報が線に成ろうとしている。


 気付けば指輪の魔石を触っていた。使者の記憶を奪う時、わたくしには躊躇いが無かった。

 自分が罪を犯す事に慣れてしまっている。それが何よりも恐ろしい。


 最初の頃は違った。それこそシュバルシア領の領主から記憶を奪った夜は手が震え、吐き気がし、朝を超えても眠れなかった。

 けれど、今はどうだ? 作業として割り切って禁忌を犯している。

 感情が鈍化している。必要だからやったのだと、無意識の言い訳が出ていた。


「……嫌ね、本当に」


 大罪をわたくしは犯しているのだ。

 指が強張る。呟きを攫った潮風が蒼天へ昇る。

 その空はアル様の眼を思い起こさせる。真っ直ぐに何かを見据える蒼玉の瞳。


 彼はわたくしを許さない。そうであってくれ。そうでなければアル様ではない。

 それならば、一体、わたくしは何のためにこんな事をしているのだろう?


「……意味の無い問いだわ」


 答え探しを求める段階はもう過ぎている。既にわたくしは咎人だ。


 歩く。歩く。歩く。当ても無く歩いて、気付けば海が目の前にあった。

 潮騒の中で思い出すのはフィリアの事だ。


 彼女と過ごす時間は穏やかだった。

 同室に成って三年。いつの間にかあの子は無邪気に笑い、何も知らない顔でわたくしを見る。


 記憶簒奪のストレスに晒されたわたくしの心はフィリアとの時間で癒されていた。

 フィリアと過ごす時の中で、何故わたくしが最優の記憶魔法使いなのか、その秘密をメモワール家の秘奥と一緒に話したりもしていた。


 本当は話す必要なんて無い。だけど、フィリアの前では格好良いわたくしを見せたかった。

 あの夜空の様な瞳の前でなら、わたくしは誇り高いロスティ・メモワールのままで居られるから。


 だから、あの眼にわたくしの罪を映したくない。


「何を願ってるのだか、ね」


 自嘲してしまう。そんな資格など今更無いのに。


「ロスティ・メモワール、まだこの町に居たのか」


 不意に来た背後から声。振り向くと外交官の一人が立っていた。


「今日の仕事は終わりでしょう? なら後は自由に過ごさせていただいてもよろしいのではなくて?」

「銀の髪に紅玉の瞳。お前の外見は酷く目立つ。お前がこの町に来たという情報が人づてに広がる事を我々は望まない」

「それがわたくしに関係あって? 果たすべき仕事はしたのよ。これ以上あなた達がわたくしを縛る権利は無いわ」


 言い返されたのが不快だったのか、外交官が目を細めた。


「反抗的だな。上に報告しても良いんだぞ?」

「上、ね。一体誰の事を指しているのかしら?」

「お前が知るべき事ではない。これは命令だ。即刻、この町から去れ」

「……ええ、仰せのままに。臆病で卑怯な外交官様」


 これ以上の抵抗は無駄の様だ。

 外交官の言葉へわたくしは恭しく頭を下げた。




 その後、わたくしは港のホウキ乗り場に居た。船での来訪が多いシーロリオ領ではここにあまり人が居ない。


「……はぁ」


 波の音だけがため息へ返事だ。

 罪は増えていく。止める方法が無い。

 今日わたくしが奪ったのは外国の使節団の記憶だ。それを上手く扱える階層など数が知れている。


 外交官は〝上〟と言った。

 王家ではない。外交を動かせる誰か。わたくしより遥かに高い場所の人間。

 候補は絞れても犯人までは分からない。

 一人では手詰まりだ。でも、わたくしは誰にも頼れない。きっと頼らない。


「……飛べ」


 ホウキに乗って空を飛ぶ。

 高く。高く高く。誰も居ない場所まで。


 ここはわたくしが好きな場所だった。

 その筈なのに心は鈍くなったままで、眼下の世界を美しいと思えなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

もし「面白かった」「続きが気になる」と思ってもらえたなら、ブックマーク、評価、感想等をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。