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14 冷たい暗闇


*


「……ここだと、思います」


 日が赤く落ち始めようとした頃に私達は到着した。

 ロスティが指さしたのはカイルが言っていた元領主の大屋敷。管理者を失ったからだろう。見えている窓の大半が割れ、屋根には穴が開き、庭の草木は荒れ果てている。

 草木を超えて、外れかかった大扉から屋敷に入った。


「おっと、暗いな。こりゃ危ない。俺が先導する。二人は足元に気を付けて付いて来いよ。ロスティは向かう方向の指示を出せ」


 入った瞬間、肩が震えた。

 暗くて寒い。屋敷の中に入った時、初めにそれを感じた。

 大屋敷の中は酷い有様だった。崩れた窓から差し込む夕日は弱く埃を照らすだけで視界の奥は暗闇だ。


 カイルが前を進み、魔力の鎖で首輪を繋がれたロスティが続き、私が自然と一番後ろを歩く。


「ロスティ、追憶石は何処にありそうだ?」

「上の、方ですね」

「領主の部屋かもな。一番上の三階だ」


 先導するカイルが持った魔石灯の光は淡く、闇を照らすのには心許ない。

 床にはガラスが散乱していて、足を進める度にジャリジャリと音を立てた。


「ゆっくり進めよ。もしも顔から転んだら目も当てらねえからな」


 足先から感覚が消えていく。暗い廊下を進む程に耳の近くで力が入った。

 何故か、カイルとロスティとの距離が少しずつ離れていた。暗いから二人はまだ気づいていない。


 どうして? 私が一番焦っている筈だ。ならば、私が先を行こうとする事はあっても置いて行かれるなんておかしい。

 でも、二人はもう三階まで階段を上り終えている。私はまだ半分までしか上れていないのに。


 急がなきゃ、と足を速めようとした時、私は気付いた。


 足が震えていた。誰の? 私の足だ。

 息も浅くなっている。誰の? 私の口だ。


「おーい、フィリア、上れるか?」

「大丈夫。でも、足元を照らして。ちょっと見えにくいから」

「おお、了解」


 既に上り終えたカイルが魔石灯を操作し、私の足元を照らす。

 明るい。まだ暗いけど、さっきよりは闇が薄い。少しだけ足と息が元に戻る。


 それで分かった。私は今怖いのだ。暗闇を恐れているのだ。

 ロスティ様に出会えてからは平気だった。平気に成った筈だった。


 なのに、私はまた暗闇を恐怖している。

 誤魔化すように階段を上り終え、再びカイルとロスティを追った。私へ集中していた光はまたぼやけ、暗闇が私を覆い出す。


 ドロリと魔力の泥が漏れる。溶け込んだ感情は恐怖だ。

 まずい、まずい、まずいと意識を保つ。まだ耐えられている。前を歩くロスティにも泥は届いていない。だけど、このまま感情の制御を失えば、どうなってしまうかは目に見えていた。


 泥闇の魔力は私の脳裏に記憶を浮かび上がせる。

 石壁に囲まれた部屋。閉じられる扉の音。冷たい暗闇。父も母も姉も弟も誰も来てくれない。

 消せない過去が感情を助長する。無意識に服の裾を掴んでいた。


「フィリア様?」


 小さな声が前からした。足を止めたロスティがこちらを見ていた。


「……何か、ありましたか?」


 気遣うような声だった。薄暗くてその顔ははっきりとしていない。


「いえ、……何も無いわ。早く、追憶石を見つけましょう」

「はい。昔のわたしの記憶ですよね。フィリア様、あと少しですよ」

「ええ、あと少しね」

「はい。だから、大丈夫ですよ」


 大丈夫、とロスティが言う。根拠も無いし、声音にかつての強さは無い。

 ロスティは私の知るロスティ様では無い。なのに、私はゆっくりと息を吐けていた。


「行きましょう、フィリア様」

「分かってるわ」


 暗闇は怖い。けど、さっきよりはマシに成っていた。


*


「ここ、ですね」

「やっぱり領主の部屋か」


 白の追憶石の光は領主の部屋を示していた。軋む扉を開け、真っ直ぐに伸びた光を辿る。


「……あれ、かしら?」


 紅い宝石が机の上にポツンと一つ置いてあった。


「待ってろ。確認する」


 カイルが魔石灯を近づけ、その紅い宝石を見る。光を浴びたそれに魔力光の揺らぎが見えた。

 紅の宝石へカイルが共振石を近づけ、その魔力紋を調べる。


「……ロスティ・メモワールの追憶石だな」


 紅い宝石の魔力はロスティ様の物だった様だ。


「……カイル様、わたしはどうすれば?」

「二人で来い。ロスティだけじゃ記録としてしか再生されない。前と同じだ。フィリアを介して記憶を取り戻す必要がある」


 喉の奥が鳴る。私とロスティはカイルへ近づく。

 私の眼はカイルの手袋の上に置かれた紅い追憶石に囚われていた。これを触ればロスティ様の一つ目の記憶を取り戻せるのだ。

 私は紅の追憶石を受け取る様に両手を出した。そして、そのまま、ロスティへ言う。


「何処でも良いから、私の体に触って」

「は、はい」


 ピタリと、ロスティの震える両手が私の手首を掴んだ。


「……いくぞ」


 カイルの手から紅い追憶石が落とされ、私の両手へと落ちた。

 そして、追憶石が記憶を再生する。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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