13 恐怖の魔弾
「コール・恐怖」
気付けば魔弾を放っていた。
「は?」
魔石の杖から放たれた魔弾が下劣な男を撃つ。その後の変化は劇的だった。
男の眼が震える。まるで竜の牙に首を掴まれたみたいに血の気が消える。逃げ出したいのだろうにその足からは力が抜け、無様に地面へと倒れ込む。
この魔法に体を傷つける力は無い。魔弾に込められた魔力は私の感情そのものだ。
込めた感情は恐怖。再現率もそこまでではない。耐えようと思えば耐えられる筈だ。
「ひっ、っな、あ、」
呼吸すら満足にできていない。この程度にすら耐えられないのに、今ロスティへ下劣な言葉を浴びせたのだ。
町民達が羽虫の様に逃げていく。
「コール・──」
「──フィリア!」
続けて魔法を放とうとした腕を魔石の杖ごとカイルが吊り上げ、鎮静の魔法が私を包む。溢れた魔力が直ぐに消えた。
「離してカイル。あなたも喰らいたい?」
「うるせえ。問題を起こすなら調査を中止させるぞ」
「……ごめんなさい。調査は続けさせて」
やり過ぎた。私がやらなければならないのはロスティ様のお記憶を取り戻すだけだ。
「……気持ちは分かる。だが、以後、気を付けろ」
カイルが手を離す。握り上げられた手は赤くなっていてジンジンと痛い。
痛みを無視して私はロスティを見つめる。
彼女は倒れた男ではなく、私を見ていた。
何が起きたのか、私が何をしたのか分からないまま、ただ息を詰めていた。
「どうして、あんな事をしたのですか?」
静かな問いだ。私を責めている訳ではない。分からないから聞いている。ただそれだけの声。
問いには答えずに私は一歩踏み寄る。
「どうして、謝ったの?」
「え?」
紅玉の瞳がパチパチとまばたきする。まるで、問われた言葉の意味を考えた事すら無かったみたいに。
「この下劣な男が吐いた言葉の意味が分からない訳ではないでしょう? 侮辱の言葉よ。なのにどうしてあなたが謝るの?」
問いが喉を通る度、胸の奥が焼ける。
ロスティ様であれば怒った筈だ。不当な行為には断じて自分を譲らなかった。
その姿に私は救われて、その姿に私は憧れたのに。
「……怒られた、からです」
ぽつりと呟かれた言葉は言い訳でも弁解でもない。
「……あなたが、悪いと決まった訳でも無いのに、謝るの?」
灼熱の苦しみが口から洩れ、ロスティの視線が揺れた。
「でも……怒っている人が居たのなら、謝らなければって」
私がロスティと呼ぶ事に成った少女の姿がロスティ様と重ならない。話す度に離れていく。
舌の奥に力が入る。溢れそうな魔力を必死に抑えた。
「怒らせてしまったのなら、わたしが悪いのでは、ないですか?」
「それが、普通だと思っているの?」
問い返してもロスティは困った様に首を傾げてしまった。
「謝らないと、もっと怒らせてしまう気がして」
「……どうして、私が魔法を使ったのか、聞いたわね?」
唇を噛み、息を整えてから口を開いた。
ロスティが顔を上げる。そこにはかつての気高さは無い。
「腹が立ったの。あなたが、当然の様に謝るから」
魔石の杖が微かに鳴った。
沈黙が落ちる。風の音だけが耳を撫でる。
やがて、ロスティが小さく言う。
「ごめん、なさい」
さっきと同じ、音だけの謝罪だ。
「……行きましょう。早くロスティ様のお記憶を取り戻さないと」
言って、歩き出そうとした私の背中に、カイルの声が掛かった。
「フィリア」
怒っている訳でも咎めている訳でもない。冷静で公正で軽薄な呼び止めに私は振り返らない。
「今のこいつが昔のロスティ・メモワールと同じな訳が無いだろ? 記憶が無いんだからよ」
「分かってるのよ」
「なら良いさ」
これで話はお終いだと、カイルが手を叩き、ロスティと共に私を追う。
「フィリア、様」
そんな私の背中へロスティが恐る恐ると声をかけた。
「ねえ、追憶石は何処を指してる?」
「あ、あそこですっ。あの崩れた家の先に続いてますっ」
振り返り、訪ねた言葉へロスティが弾かれた様に答える。
「カイル、この方向には何があるの?」
「目ぼしい建物って言ったら、元領主の大屋敷だな。今はもう廃墟同然だって話だがな」
「そう」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし「面白かった」「続きが気になる」と思ってもらえたなら、ブックマーク、評価、感想等をよろしくお願いします!




