帰れるのかな 〜 暗躍のうねり lxxiv
エオから、ヤンチャな妖精時代の黒歴史の何かを原因に封印されたこと、またそれを解くための条件や制約など、ひとつめの目的の内容が告げられる。
その内訳のひとつひとつに新たなスケールを示す言葉や概念が織り重なることで、心の中で憶測が憶測を呼び、ジンは心を強くざわつかせるのだった。
〔もうひとつは契約解除と新たな主従関係の契約ね〕
続くふたつめは、主従関係の契約だと切り出したエオ。ジンの心にまた新たなざわめきが吹き荒れる。
魔力という力の理、その特殊な存在に、ようやくこの数年で慣れてきたばかりのジンだった。
しかし、『主従関係の契約』などはまさしく物語の中だけの世界の認識だったのだ。ジンはもう目を見張ることしかできなかった。
〔先に封印が解呪されていないとこの主従関係は結べないから解呪の後になるわ。けれど、こちらにも同じく解呪後から7日間の期限があるのね〕
さらに追い打ちをかけるように、『解呪』の言葉が飛び込んでくる。
解呪とは呪いを解くと書く。『封印』とは『呪い』をかけることであると、これまで『呪い』の類は信じていなかったジンに、『魔力』のほかに新たな理として『呪い』が突きつけられた瞬間だった。ジンは開いた口が塞がらない。
〔ただ、わたしをカプセルごと運んできた例のヤツラが、わたしに自我がないのをいいことに、誤った記述方式で汚されてしまったの。まぁそこは幸いだったとも言えるわね。契約のための重要なところに血の署名が必要なのだけれど、誤ってくれたおかげで、正規の記述ではないからと、束縛には至らなかったわ〕
またまた突きつけられる『血の署名』と『束縛』という効果。『呪い』が存在するのなら、それも当然あるのか、とジンはただただ流される。
〔けれども、そこが汚されたままでは新しい主従契約は結べないのね。そしてそのまま主従関係を結べないでいると、今度は解呪が不成立となって自動的にまた封印されてしまうのよ。そこが厄介なところなのよね〕
矢継ぎ早に明かされるエオの言葉は、もはやジンにとってはファンタジー小説の一節として、謎の事象を読み解く感覚となっていた。現実との乖離に抗っていては、心が保たないのだ。
〔あいつらがよくわかっていないことはある意味本当に幸いで……血を滴らせてくれたおかげでわたしのこのカプセルの機能が動き出したことも超ラッキーだったとも言えるから、その点はとても感謝しているわ〕
そんな中、ふとエオの嬉しさの感情をジンは感じ取る。『そうか、良かったな、エオ!』と心で共感を示すジンだった。
〔だけれど、アイツラでは、この自我を取り戻せた状態は望めなかったし、今から行こうとしている解呪してもらえるところへは、アイツラには絶対に行けないところなの……〕
ジンは『なるほど、うんうん、そうだろうな。アイツラじゃな……』と心に共感を追加する。
〔そもそも心の薄汚い、人としてのレベルもその志も低いアイツラとの主従関係を結ぶのなんて、真っ平御免だわ〕
うんうん、もっともだ。とジンは無言で頷きを繰り返す。
〔そういうわけで、今はこちらを優先して欲しいのよ〕
不意に話の矛先がジンに向けられたことで、物語感覚でいたジンは急速に現実に引き戻され、ハッと目を見開く。
〔そうでないと、わたしは一生解かれることのない封印の中で、心をやつし、生き地獄を彷徨い続けることになってしまうわ。お願いジン。あなたが一刻も早く、ソフィアの元へ帰りたいと思う気持ちは痛いほどよくわかっているつもり……〕
「そうだったのか。これまでの気の遠くなるような時間を耐えてきたんだな。頑張ったなエオ! そして今、突如訪れた光明を得られる分岐点ってわけなんだな……だが、その後オレは帰れるのかな?」
ジンは、ここまでの話を聞いたなら、最早他人事ではないほどに感情移入をしてしまっている。
ジンは日本人だ。それも義理人情は厚い方だ。そんな性分から、なんとかしてあげたいと心から思えるようだが、それでも残る気掛かりとして、そこに巻き込まれる自分がその後、果たして帰れるのかということだった。
〔そう……それでもなお……ささやかなるわたしの願い、ううん、暗闇の中で最後の希望を灯したいわたしのわがままなのだけれど、わたしに付いてきてはくれないかしら? もちろん無事終わったら、貴方の意向に最大限沿うことを約束するわ〕
「つまり、無事ではない可能性も含まれるってことだな?」
ジンは、敢えて無事ではない可能性の確認を差し込む。それに対して、懸命に語ってきたエオは、慌てるように言葉を紡ぎ出す。
〔あ! そ、そうね。確かに……少々困難ではあるし、相手が相手だから、生きては帰れない可能性もないとは言えない。でも絶対わたしが護るから大丈夫……きっと……たぶん……でももし本気で怒らせたら……わたしの力なんて……ふぅ……〕
すると、エオ自身の中で自問自答するように、問いに対する回答を返そうとするエオだが、帰せない可能性を振り返るほどに、どうしても払拭できなかったようで、次第に言葉は縮こまっていく。
〔ううん。やっぱりダメね。本当の最悪の事態になったら、流石のわたしの手にも負えないか。ふぅーーーっ。最初から無理な話だったようね……うん。そうね……わかったわ。この話はなかったことにしてくれる? そうすれば今から貴方を帰してあげれるわ。ありがとう。ここまで話を聞いてくれて……〕
そうして、エオは無理な話だったと結論づける。うまくいく可能性は確かにあるのだが、そうではない場合の解決策が見出だせなかったようだ。
むしろ整理できたことで、無理強いしなくて済むこと、そして何事もなかったかのようにジンを帰せるのだと、晴れ晴れとした気持ちで返したようだ。
「おいおい。誰が行かないと言った?」
そんなエオの叩き出した一大決心を打ち砕くように、ジンはニヤリとしながら覆す言葉を差し込む。
〔え? い、い、い、一緒に行ってくれるの? 帰れないかもしれないんだよ? 最悪死ぬことだってあるかもだよ? だいたい帰れる可能性を尋ねたのは貴方のほうでしょ? だから必死に考えた。貴方を死なせるわけにはいかないもの。でもどうにもできないって。身を捩るほどの悔しさの中で諦めたのよ? それなのに……ぅぅ……どういうことなの?〕
封印されたコトの発端を、エオは若気の至りでやらかしたのだと、本人の口からジンは聞いた。そして、ついやらかしてしまう存在がジンの身近にはいる。それは娘のマコトだ。
そうでなくても、若いからこそいろいろなことに手を出して、何かをやらかしてしまうのは仕方ないことだと、むしろ何もやらかさない者はそれより外の世界には出ていけない、つまりは自身で可能性を閉じているに等しいのだとジンは常々考えている。
そのうえで、そんなエオはマコトともよく重なる似た存在に思えたのだった。
エオは、自称、約1万年前から生きている、果てしなく年上の存在ではあるが、マコトに向ける思いにどこか似た、助けてあげたくなる何かをジンは感じるのだった。
そして、そういったヤンチャな性格の多くはまず良いところを挙げたがるもので、それを聞かされる側も本人も良いことずくめな事柄だけを理解する。秘められた問題点には気付きもしないのだ。
そのため、マコトにはジンがツッコミを入れるわけで、それが身に付いたのか、最近のマコトは自分から気を配り、ツッコミどころを尋ねてくるほどに成長を遂げるのだった。
しかし、エオにはそんな存在がいなかった。ジンは今、決して意地悪をしたかったわけではない。マコトと同じように接して、得た気付きを尋ねただけなのだ。
そして、本人が敢えて触れなかった部分にフォーカスして考えた結果、できることではなく、できないことが何であるか、それを浮き彫りにできることが重要なのだと、ジンは考えている。
さらにできないからやれない、ではなく、何が原因でできないのかを見つめるからこそ、直ぐに答えはでなくとも、実場面での状況に即して、異なる打開策を生み出し解決できることも多くあることをジンは知っている。
その結果、問題とすべきところをエオの頭の中で詳らかに解されたわけだ。
そうすることで、仮にできなかったとしても、できないギリギリの臨界点を見極め、最悪を回避したり、撤退することも判断要素に加わることになるのだ。
そして、見極めたからこそ、何が起こるかわからない実場面では、起死回生の一発を放つことの可能性も限りなく高まることになる。
つまりは、シャドーボクシングや、リハーサルのような模擬予行を行ったようなもので、エオはその結果のひとつの回答を得たに過ぎないとも言えるわけだ。
ジンは、よほどの困難でも浮上しない限り、とっくにエオに付いていくことを決めていた。その事前確認をしただけだったのだ。
そんなことも想像し得ないエオだから、すっかり打ちひしがれ、心は諦め一色に染まっていたわけで、ジンの翻すような言葉に戸惑いながらも諦めかけていた気持ちが噴出するのだった。
姿は視えないが、諦め一辺倒のくすんだ心の壁を、諦めなくてもよいとの光であちこちが一斉に照らされ始める、そんな情景変化がエオの脳裏に巻き起こる。
〔……ふぐぅ……ふっふっ……ずずっ……〕




