漆黒コーティング 〜 暗躍のうねり lxix
現し身で、魔力を吸われ、生気を失ったようなソフィアの直ぐそばに辿り着いたジン。
考えることもなく、瞳を薫らせ、慈しむ感情を滲ませながらジンはソフィアに熱く口づけする。ジンからソフィアへ、その身を案じる思いの強さなのか、濁流のごときジンの魔力が一瞬だが注ぎ込まれる。すると直ぐにソフィアの瞳は生気を取り戻し、見開きながら輝きを取り戻す。
それを確認できたジンは唇を離してゆっくり微笑む。すると一瞬の間を置いてソフィアが声を発する。
「ジン! 来てくれた……良かった……」
「ああ。間に合ったみたいだ……本当に良かったぁ……」
ジンの暫定魔力補充で、四肢からの触れる感触が突然フィードバックされる。一斉に息を吹き返す感覚識は同時に涙腺を刺激し、ソフィアは瞳をたっぷり潤ませる。
そんなソフィアの表情を瞳に映すジンは、本格的な連れ去り行動に至る手前、かつ、ソフィア体内の魔力が尽きていない状況にギリギリ間に合ったことを、心の奥底で噛み締める。
「うん。あ、でもまた……」
「……だな。回復しても直ぐに感知するのか、また吸い出そうとするようだな? ……ここからは日本語、できれば難しめ……漢字熟語多めとか言い回しとか? まぁあまり無理しなくていいけど英語は回避かな?」
生きているかの動きを見せるツルが、もしも意思を持つ存在なら、会話が筒抜けになることは避けたいとの意のようだ。
これまでの経緯からも英語なら解しても、日本語はおそらく知らない相手だと、手軽な暗号会話としての日本語、もしも解読機能があったとしても直ぐには理解不能な方法に寄せる意図だ。それを察したソフィアはその思いを確かめる。
「え? もしや知的意識が存在してるとか?」
「お! 早速イカしてるね。ふふっ」
通常のソフィアまで戻ってきていることにジンは頰を綻ばせる。
―― うん。平常運転。ソフィアは大丈夫だ。
―― だが、このヘリは離脱してこのままどこかに向かっている。
―― それがどこかはわからないが、急ぐ必要ありだな。
次いでジンは再び思考を巡らせる。ソフィアが魔力を吸われないこと、またその後にどうやってソフィアを現し身からソフィアを戻してあげられるか、そしてその間にも魔力を吸い上げようと干渉してくるツルへの対策を。
ジンは必死に考える。
―― 例えば電気エネルギーなら、
―― 金属や水、生物は電気を通すが
―― ゴムやガラス、プラスチックや
―― ビニールなどの絶縁体は通さない。
―― だが、ゴムやビニールを
―― 魔力はおそらく擦り抜ける。
―― 魔力とは透明なものを透過する光の粒子
―― のような不思議なエネルギーだ。
魔力に吸い付くものなど想像したこともなかったジンは、そんな思考を巡らせながら妙案に辿り着けずにいた。
―― 魔力の絶縁体となるもの……だめだ。
―― まったく想像できない。
―― 魔力を吸うヤツなんて
―― これまで想像も……
―― ん? 『吸う?』
―― 待てよ!
―― 例えば光エネルギーを吸うのは?
―― できるか?
―― いや試行錯誤しかないか……。
思い立ったら、ジンは早速行動に移す。
ソフィアの露出する首筋の肌に触れ、全身の肌表面をジンの透明なオーラでうっすらと包み込む。そして、ジンはそのオーラの内側に張り付くように魔力を行き渡らせる。
そこで、ジンは大きく息を吸い込み、瞳を閉じて精神を研ぎ澄ますよう意識を集中させ始めると、ソフィアに触れる掌から魔力の精錬を始める。
混ざりものを排除し、より濃く、より薄く、どこまでも気高い意志を纏わせるように……と、念じながら。
すると、ソフィアの肌とジンのオーラに挟まれる魔力は、次第に色を帯びる。それと同時に色を失うかの変化、ソフィアを包むジンの魔力の膜はだんだんと漆黒の闇に包まれていく。
やがてチラチラとした一瞬の輝きを放つような、しかし放ってはその奥に吸い込まれるような、一見黒いが黒ではない、そこには何もない、まるですべてを吸い込んでいくような、漆黒のコーティングが完成する。
―― そうそう……イメージ通りだ。
―― これなら……。
「ちょっと確認ね」
そう言いながらジンはソフィアに口づけし、濃く多めに、だが一瞬だけに区切るよう、魔力をソっと流し込む。するとソフィア体内の魔力の満ち引きは増加のみ、全く減少には傾かないように見えた。肝心のツルは、一瞬の反応を見せる。多くのツルが吸い付こうと接近するが、その直前で躊躇い押し留まる様子を見せたことから、「やはりそうか」とジンはほくそ笑む。
つまり、魔力を吸い出そうとするツルとは逆の向きに、ジンの魔力の漆黒コーティングのあらゆるエネルギーを吸い込もうと働きかける仕込みの算段は、思いのほか功を奏しているように見えたわけだ。
再びソフィアに向かい、ジンは優しく微笑みながら魔力補充開始を告げる。
「じゃあゆっくり流し込んでいくよ?」
「うん」
そんなジンの思惑を知ってか知らずか、はたまたすっかり弱り切っていたからか、ソフィアは身も心もジンに預けきっていた。
まるで無垢な子どものようにソフィアはただ無心に屈託のない笑顔とともに頷きを返す。
「その『うん』って響き、なんだか可愛らしいね。ソフィアと初めて出会った頃を思い出すな」
「あー、そういえば、背伸びするわたしがビール飲むぅって言って、深夜に軽トラで買い出し行ったら、何処も開いてなくて、夜通し走って隣町まで行って、夜が明けても休日だったから、結局何処も開いてなくて……少し壊れた自販機の冷たくないジュース、海と朝日を見ながら乾杯したっけ?」
「あははは、あったあった、そんなのよく覚えてたなぁ。ついでに思い出したけど、確か小銭足りなくてビールは買えなかったんだよね」
「あ! そうそう、そうだった。顔がむぎゅーってなった……ソフィアの一大決心を返せーってね。あ、でもそのときは、一度帰ってお財布持って近くの自販機で買えることは買えたんだったよね?」
「あ、そうだったっけ? あー、そうだそうだ。その後、黒子と結ばれてソフィアに出会った、沢山の初めてが詰まった大切な記念日だったな」
「ちょ、ジン。は、恥ずかしいよぉ。でもそうだったね。記憶喪失だったわたし、最初は黒子って呼ばれてたんだっけ? 懐かしくて眩しい思い出だねーっ」
「そうだな……それでその後、日本に帰ってマコトが生まれて、少し大きくなって、またS国に帰ってきて、マコトがイルを連れてきた、と思っていたらケインのお家で大暴れして、成り行きで家族として暮らすようになって、皆でお風呂に入ったね」
「そー、それそれ。みんなで入るお風呂が何よりも楽しかったし気持ちよかった」
「それだな! 流星群なんかサイコーだったけど、隕石落下には肝を冷やしたよね。だけどあのお風呂の気持ちよさ……またみんなで入りたかったなぁ」
「そうよね。ほんとに気持ちよかったよね? ってまた行けば入れるじゃない。これ片付いて、連休にでも、今度は旅行でS国に戻ってみんなで入ろうよ!」
このとき、ヘリの高度変化、つまりどこかへ着陸するためにアプローチしているような挙動に見えることから、おそらく乗り換えるためのタイミングは間もなくということジンは意識し、今の魔力補充の状況を確かめる。
「あ、ああ、そうだな……そろそろ魔力補充も充分そうかな?」
「あ! え? そうね。そろそろかしら。で……お話しはもう終わり? これじゃあ、何かのフラグみたいじゃない」
「あ! いやそんなコトはないさ。大丈夫。オレたちの人生にはまだまだ時間がたっぷりあるよ。大丈夫。オレを信じろ!」
「そうよね? まだまだ沢山楽しいことを経験していかなくちゃだもんね?」
「ああ。大丈夫!」
「ホントよ? 信じてるよ?」
「ああ。信じてみんなで待ってて!」
「うん……待ってる」
「じゃあ、もう少ししたら仕掛ける。今ちょうどホバリングしているように思える。おそらく船か港かに着陸するのだろう。このカプセルを下ろした直後がそのタイミングだ。いいね? オレが何とか扉を開く。ソフィアは現し身を解くだけ。少しでも開いたら行けると思う。隙が見えたら即座に現し身を解除するんだよ? 相手に身構えられたら、チャンスはもう訪れないかもしれない。躊躇したらダメだよ?」
「うん。わかった……で、その後、ジンはどう動くの?」
「あー、心配しなくても大丈夫。ソフィアが戻れたなら、フルパワーをかますだけ。オレ一人だけなら、無理やりカプセルをこじ開けて破壊してでも抜け出すさ。」
「そう……わかった。戻って待ってる。必ず帰ってきてね。約束よ?」
「ああ、約束だ」
そう言いながら、小指を絡めて、ジンは最後に唇を重ねる。さっきまでの昔を懐かしむ会話が二人の頰を緩ませたまま、小さく拳をコツンと合わせて、互いにニッと笑み返す。




