織り重なる苦行 〜 暗躍のうねり lxviij
ソフィアが取り込まれたカプセルごと、ヘリに吊り上げられる場面に遡る。
そこへ到着したジンが、吊り上げられながらもゆっくりと閉じる途上の扉の隙間に間一髪で腕を差し込む。
『大丈夫か? ソフィア!』
『大丈夫だ、ソフィア。今助けるからな!』
ジンは、引き剥がそうとする男に向けて強めに威嚇のオーラを纏うと、それによるビリっとした刺激に男の手は弾かれる。呼応するように、突如、カプセルがビープ音を鳴らし、計測値とともにやや流暢な口調で言葉を発し始める。
〔Beeeeeee! 500% over …… OK …… It's Great! It's Excellent!〕
その言葉を境に、閉じかけていた扉は急速に開き、形を変化させながら、中から無数のツルが素早くジンへ向かう。アッという間にジンの身体は覆い尽くされ、そのままカプセル内のソフィアに重なるように取り込まれてしまう。
追加するジンに合わせて拡大した空間内にジンを取り込むと、カプセルは扉をシュンっと素早く閉じる。
その手前で、ジンは目に止まらぬスピードで強靭な力をふるうツルに対して抗う隙を見出だせなかった。それは確かな事実ではある。
しかし、如何に疾くとも、抗うだけならやりようがないわけではなかった。
その動きの根っこ側のツルをよく見て断ち切ることは、そう難しいことではない。その先端部分が如何にすばしこくても根元側は緩慢なハズだと思うだからだ。
もっと言えば、その先端部分であっても、たとえ素早く視えなくても、自身に向かって勝手にやってくるわけだ。待ち構えるシールドで無理やり跳ね返したり、シールドに巻き付かせて膨張霧散させることもやれなくはないと思ったからだ。
しかしそのツルに、ジンはソフィアの元へ運ぼうとする意図を感じ取る。そもそもそこに意思があるかは不明だが、ただ一カ所に寄せるだけなのだから、特別な意図はないのだろう。
ただ、少なくとも今ソフィアのところにたどり着きたいという、ジンの考える方向性と一致するこの一点において、敢えて抗う必要はないものと捉えたようだ。
ジンは不自然ではないように振る舞いながら、力を温存しつつその流れに乗る。
「何? カプセルのこんな動きは見たことがない。何が起こってる? この男は何者なのだ? この数値も驚きだが、もしやあの伝説の……」
カプセルの外では男が興奮しながら何やら騒いでいるが、中に入れたジンは会話可能な静寂さが保たれていることから、自身の顔と手に絡みつくツルを取り除きながら、そのまま肉声でソフィアに語りかける。
「来たよ! お待たせソフィア!」
しかし、ソフィアからの返答はなく、顔の表情にもなんら変化は見られない。
これが生身のソフィアなら、魔力が枯渇しようとも生きている限りは反応を見せてくれるのだろう。
だが今、ジンの眼の前にあるのはソフィアの現し身。オーラにより象られた人形のようなもので遠くソフィアの本体から繋がれるオーラを通じてそこに意識を移すが、その意識が魔力により現し身を動かしているに過ぎない。
つまり現し身の内部にある意識が纏う魔力は、その外側からどんどん吸い取られ、ついには現し身さえ操れないほどに微小なものとなっていったわけだ。
このまま本体との距離が遠く引き離された場合も同様だが、オーラを繋ぎ続けるのも魔力であり、このまま魔力を吸われ続けることで繋ぐオーラを維持できなければ、ソフィア本体と魂が切り離される事態、すなわち死と同義の状態となるわけだ。
外部からの接触、つまりツルが巻き付くことで魔力を吸収するわけだから、おそらく内部に秘める意識側まで魔力摂取は行えないものと思えるため、直接死を与えられることはないだろうが、弱りきった魔力では現し身を解くことも叶わない。ソフィア自身ではどうにもできない八方塞がりの状態なのだ。
カプセルの外では、カプセルを積載しながら男はまるでミッション完遂したかの上機嫌で、アレやコレやと口走る。
「それにしてもこのカプセルを持ってきたのは大正解だったな……」
男は自身の判断が好結果に繋がったことに満足気のようだ。
「医療用機器という触れ込みで親父から譲り受けたこの古の遺物、試しに攫ってきた魔女を何人か入れてみたら、死にはしないが怒り狂う魔女がピタリと機能停止したみたいに動かなくなったんだよな」
古の遺物がどんなものかを検証するためとはいえ、まったく悪びれもなく魔女を攫うという悪行がサラリと差し挟まっていた。さらには魔女に限らず人体実験をしているようなものだ。ジンの心は当然憤る。
「何事かと思ったが、あのツル、おそらく魔力を吸い取るんだろうな。急に変な動きが見られたからな」
「普通の人間を入れてもちょっと気持ち悪くなるくらいで他には何も起こらない」
「ということは、この遺物は魔力が動力源で何かをする道具なのだろう」
つい先ほどその振る舞いに晒されたジンは、その仕様として聞き取る。
「文献は見つからないが、おそらく失われたのだろうから確かめる術はない」
「だがおかげで色々わかってきた。やはり魔力を吸うという事実。もはや確定事項と言えるか」
「そこに気付くオレの慧眼。そして秘めた機能がまた扉を開いたわけだ。くふふふ」
いつの世も、科学が前進するには多少の犠牲を伴うことは疑いようのない事実と言えるが、それを望まぬ他者を強制して得た情報であること、そして、この男は異能者ではないことも明らかだった。
そんな古の遺物があれば、中に入ることはせずとも、あのツルは付近のものに襲いかかるのは今日のツルの挙動を見ればわかる。言い換えれば、この男は何の力も持たず他者を犠牲に利を得て、それを自身の手柄としてしまう、狡猾な輩というわけだ。
「つまり今回、ソフィアから上質な魔力が採れたわけだ。さあ、次は何を見せてくれるんだ?」
「いや、それにしてもソフィアよりもこの男。遥かに高い魔力を持っているようだ。どうしてだろうな」
「まぁ、仔細はこれからわかるのだろう。ソフィアだけで完遂なところへ、ふふっ」
この男は棚からぼた餅のように、思いがけずジンを追加捕縛できたことで、野望の裾野の広がりを感じ、笑いが止まらないようだ。
「いずれにしても、そのどちらも手中にできて、王国再建も間近なのかもしれない。もはや盤石。夢にまで見た新世界の幕開けだ」
ふと言葉に交じる、『王国』と『新世界』のワードにジンは引っ掛かりを覚える。それ以上は不明のままだが、重要なワードだとジンは心に留める。
「ふははは。組織でも最近は派閥に乱れがあったが、どうやらこのオレが首領となりそうだな。はははは。笑いが止まらんぞ」
時折、カプセルの扉の透明な窓を通して中の様子を見ながらの男だが、ピクリとも動かない様子に作戦の成功を微塵も疑わない。
そんな男の言葉は小さくとも、ジンはもちろん、ソフィアの耳にもしっかり届いていた。
一切の動きを封じられたかのソフィアの状況を見据えるジンだが、無表情のソフィアの瞳の奥にほんの僅か、微小な揺らぎを感じ取る。
ジン自身の心に抱く小さな憤りと呼応するかの、もはや波紋が重なると言えるほどのシンクロ度合いにジンは喜びを禁じ得なかった。しかし、外の男に気付かれては困るため必死に堪えるが小刻みの震えは防げなかったようだ。
ジンにも一見抜け殻にしか見えないソフィアだが、生を信じて止まないとはいえ、無反応は地味に堪えるようだ。しかし、今この瞬間にも確かにソフィアの意識がそこに在ることを確信できたことになる。ソフィアに自身の憤りが読み取られているのでは間違いそうなほどの寸分違わぬ共鳴感覚に、ジンを大声で叫びたくなるほどの喜びと感慨深さが宿るのだ。
これは何の苦行だ? とばかりに、懸命に堪える自身を顧みればこそ、可笑しさが湧き上がり、必死に堪えるジンの姿にもソフィアの瞳は微細な揺らぎを燻らせるのか、苦行は二重に織り重なるから余計だった。
こんな状態のソフィアを見るのは初めてだが、現し身であること、魔力を吸われるという今の状況を知ればこそ、詳細は不明でも今何が必要なのかを推し量ることはジンにはそれほど難しいことではなかった。
考えることもなく、瞳を薫らせ、慈しむ感情を滲ませながらジンはソフィアに熱く口づけする。ジンからソフィアへ、その身を案じる思いの強さなのか、濁流のごときジンの魔力が一瞬だが注ぎ込まれる。すると直ぐにソフィアの瞳は生気を取り戻し、見開きながら輝きを取り戻す。
それを確認できたジンは唇を離してゆっくり微笑む。すると一瞬の間を置いてソフィアが声を発する。
「ジン! 来てくれた……良かった……」
「ああ。間に合ったみたいだ……本当に良かったぁ……」




