ジン奪還作戦 〜 暗躍のうねり lxvij
キメラに呑み込まれ、マコトたちにより強引に吐き戻させて救出後、レイラとともに心肺蘇生の末に奇跡的に息を吹き返すカイ。
しかしそれはまだ一時的な回復を得たに過ぎず、胃酸の影響を強く受けた身体は酷く傷付き、そのまま放置すれば命の危機、または重大な機能障害を残しかねない危険性を孕む状態だった。
そんなカイ生還の歓喜に震えていた頃、突如ソフィアの意識が戻る。
しかしそれはソフィアを助けにいったジンが代わりに囚われている状態でもある。
そうでなければ、もしもジンが独自に脱出できていたならば念話が可能なはずだ、と幾度となく念話を試みるが返答は得られず、ソフィアは泣き崩れるばかりとなる。
ソフィアが帰ってこれたことをこの上なく喜ぶマコトは、大きな気掛かりは解消したことになる、と気持ちに折り目をつける。
そのまま現し身のソフィアが連れ去られることは、オーラが本体から抜けきることを意味し、おそらくソフィアを死に追いやることに繋がるからだ。
S国からの帰国便では、似たような状況で、そのギリギリのところで生は掴めたが、その代償としてソフィアは記憶を失い、皆が悲しみに暮れた心の傷跡はまだまだ新しいのだ。
今の状況からは、ジンの安否はほとんど掴めていないことになるが、生きてさえいるならなんとかして見せる、そんな気概を心に秘めて、マコトはソフィアに尋ねる。
今のソフィアはかなり動搖しているため、上手に聞き出す必要があることも心に留める。
〈ママ? それでパパは……ママを帰らせるようにしてくれたってことでしょ? 何があったの?〉
〈ぅぅ……マコちゃぁ……ジンは……パパは、ママの代わりに連れて行かれちゃったのよ……ズズッ〉
気持ちの昂るソフィアだから、やはり要領を得ない会話になりそうだと、マコトは聞き方を改める。
〈え? ちょっと待って……何がどうなったのかがわからない。念話の様子だと、まずママが何かしらで自由を奪われたように聞こえたけど、アレは何だったの?〉
まずは原点回帰からと、マコトは最初にコトが起こったときの様子を尋ねる。その問いに少し我を取り戻せたのか、ソフィアの瞳が少し広がり、呼吸を整えたあと、遡った記憶から、ソフィアはつらつらと語り始める。
〈そ、そうよね。ズズッ……スー・ハー・スー・ハー……ススン……ごめんなさい。もう大丈夫よ。敵はおそらく武器商人組織の総司令官、少し前までわたしたちを苦しめていたヤツラの親玉みたいなものらしくて、ヤツラとは別行動で、突如急襲してきて、何か不思議なカプセルを持ち込んできたの〉
それは、鷹が獲物を狩るように急降下してきたヘリの話だった。
〈そのカプセルはただの箱でも機械でもなくて、なんだか生きてるみたいな感じに思えたわ。というのは、その中から植物のツルみたいなものが出てきて、まるで意思があるかのように素早い動きで巻き付いてきて、どうやら魔力を吸うみたいなの〉
ソフィアはまず、不思議なカプセルとその特徴について語る。
〈わたし現し身なのに、いや? だからかな? 吸われることで自分からは魔力をまったく制御できなくなって……ありとあらゆる自由がもぎ取られていって……為すすべもなくカプセルに閉じ込められて……そのまま連れ去られようとしたところに、ジンが来てくれて、閉じようとする蓋の隙間から割り込んできたの。するとカプセルは、ジンからも魔力を吸い出そうとして……〉
それは、魔力を吸収するという、魔女の天敵とも言える能力だった。そして、そんなソフィアの窮地にジンが間に合ったという状況のようだ。
〈その総司令官、ヤツが言うには、そのカプセルは古の遺物らしくて、医療用機器ではないかって。ただ文献が失われていることと分解ができなくて細かくはわからないとのことだけれど、魔力をエネルギーに駆動するようで、魔力欠乏状態をカプセルが自身で解消するように魔力吸収の行動を取るんだとか〉
〈古の遺物? それは厄介そうだね〉
古の遺物と聞いて、マコトの心は一瞬ときめく。しかし、詳細も気になるが、それがマコトたちへと牙を剥くのであれば話は別だと、マコトは気を引き締める。
〈そう。今まで何人か魔女を攫って試してみたところ、機能が僅かに稼働し始めたけれど、まだまだ魔力は不足するらしくて、そこへわたし。魔力を一気に吸って、本来の機能が回復し始めたらしいの。見たことのない動きを始めたって言ってたわ。ふふっ、現し身だから、魔力も何割かしか出ないはずなんだけどね。ただ「上物」呼ばわりされたときはムカついたわね。魔女をモノとしか見てない証拠だものね。そんなところに生身のジンがやってきて、掴んだツルから流れ込む魔力にカプセルが大きな変化を見せたの〉
〈結局悪いのは人ってことなんだね。怪しげで危険そうな遺物だと感じたけれど、そこに悪意はなくて、それを使う側の問題ということか〉
マコトは、「魔女を攫う」や「上物」という言葉を聞き、目を見張らせる。まるでほんの少し前に対峙した、敵の指揮官、アザを彷彿とさせる物言いだったから、マコトの心に怒りの火が灯る。そして遺物が牙を剥くわけではないこと、結局はそれを使う人間の問題なんだと思い直しながら返す。
〈そうね。そうかもしれないわね。それに、さっき本来の機能とか言ってたけれど、そのずっと先の機能があったみたい。必要情報を声で発していたものが、突如、まるで人工知能みたいに饒舌に語り始めたわ。それを見たヤツラの驚いた表情も豆鉄砲を食らった鳩みたいだったけれど、そのカプセルはさらに不思議な進化をしたみたいに、ジンも一緒に搬送するために、形が変化拡大していったの。現代科学じゃありえないような動きね。本当に生きているみたいな動きだったわ。そうして、ジンまで一緒にカプセルに閉じ込められて、そのまま一緒に連れ去られる形になったの〉
〈え? それは凄い。さっきのツルもそうだけど、いったいどんな仕組みでできてるのか興味深いね。だけど、それはかなりの脅威かもしれない。まだまだ何か秘めてるのかもしれないね〉
カプセルのその不可思議さはマコトの興味を唆ったようだ。瞳をやや煌めかせる。そしてそんな高度な機能が自らに降りかかることに畏怖を覚えたのか、次いでマコトは目をややしかめて返す。
〈ホントね。けれどすべてが完璧なわけでもなさそうで、ジンがその隙を突いてくれたわ。ジンの魔力は大きくて、余力を残しているところで、ジンはオーラでツルから切り離すようにわたし全体を丸ごと包んだの。そのままわたしにキスをくれて尽きかけた魔力を補充してくれて、大体満たされたところで、わたしからツルの注意を逸らすように魔力を一斉に強引に注ぎ込んで、ツルの呪縛から解放された一瞬を捉えて現し身を解いてわたしは帰ってこれた〉
〈なるほど。そういうことか……うーんとね、ここからが重要なところだけど、パパの大きな魔力で欺くことはできても、真っ向から跳ね返すことはできなかってことなの?〉
〈どうなんだろう。まだその遺物の能力がよくわかっていないわけで、やり方がわかればできることかも知れないけれど……でもあのときのジン自身は、ツルに囚われたまま抜け出すことはできそうになかった。それは、わたしのために魔力を消耗したせいかもしれない〉
マコトは掛ける言葉が見つからず、ほんの少しの静寂が続くと、笑みを浮かべながら再びソフィアがつらつらと語り始める。
〈魔力を補充しながらジンが言ってくれたの〉
〈「今のキミは連れ去られると命の危険があるから、それだけは絶対に阻止する。キミだけは絶対に帰すし、オレも死なない。だから大丈夫、心配するな」って〉
しかし、ソフィアは笑みを浮かべながらも、その瞳には涙が溢れてくる。
そんなソフィアの言葉を聞きながら、思い浮かべるマコトも、イルも、ジンにまだ会ったことのないレイラも、堪らず瞳を潤ませる。
〈それから最後に「愛してる。キミが無事ならオレがどうなろうとも本望だ。マコトたちにも愛してるって伝えてくれ。今までありがとう。楽しかったよって」だって……うぅぅぅ……ジンのバカタレ! そんなのは直接会って言う言葉だろ!〉
感極まるソフィアは涙腺が瓦解したように再び泣き崩れる。皆も堪えきれず咽び泣き始める。
しかし、呼吸三つほどの時間で、マコトは涙を腕で拭いながらすっくと立ち上がり、言葉を発し始める。
〈じゃあ、やることは決まったね〉
〈え? マコちゃ、どうやって? 何か方策はあるの?〉
ここぞというときのマコトの大胆さと行動の速さはいつも見て知っているソフィアだが、心配が尽きないのもいつものことのようで、策の有無を尋ねる。
〈ううん。細かいことはこれからだけど、パパを追いかけることは変わらない。少なくともパパは生きてるし、まだ近くにいる。今ならまだ間に合うと思う。ううん。絶対に間に合わせる。今グズグズしていたら間に合うものも間に合わなくなっちゃう。やること決めて動こうよ!〉
〈うん。そうだね。身体に戻れたのだから、今度はこの身体で迎えに行くわ〉
マコトの答えはほぼノープランだが、残された時間を考えればマコトの言う事のほうが最もだと納得するソフィアは、先ほどとは違う生身の身体で自ら向かうと言い放つ。しかし、マコトはそれを却下する。
〈それなんだけど、ママはダメだよ。残らなきゃ〉
〈え? それはどうして?〉
一番の当事者であり、自分で愛する人を救いたいと願うソフィアだから、却下されたことに納得がいかない。マコトはつらつらとその理由を並べる。
〈だって、ママは戻ってこれたとは言え、魔力も体力も気力も疲弊していると思うし、ここで指揮を取る人が必要だし、それと一番期待しているのは、そこに転がっているカイさんへの癒し。巨大なカエルに呑み込まれて、吐き出させて、さっき心肺蘇生が成功したばかりなのだけど、水もない中、拭くだけは拭いた状態なの。でも胃酸にまみれたからアッチコッチをかなり傷めている状態に見えるんだ。ほかに適任者がいなかったけど、ママがいるならママに最上級の癒しで治してもらいたいんだ〉
〈なるほど。そうね。加われないのはちょっと歯痒いけれど、脚を引っ張るかもしれないことを考えるなら、そのほうがいいのか。指揮とカイさん介護ってことね。わかったわ〉
納得するしかない理由を聞かされる。確かにカイをこのまま放置することで、別の不幸が生まれる可能性は否めない。そう思いながら矛を収めるソフィアだった。
すると今度はイルが名乗りを上げる。
〈マコちゃん? イルはマコちゃんと一緒に救出に向かいたい〉
〈いいの? 危険だよ?〉
〈そんなの今さらだよ。それにマコちゃん一人だと手が足りない場面って絶対あると思うし、今日のいろいろでイルでもお役に立てることがわかったし、これからのことも考えたら、イルも経験摘んでおきたい〉
〈わかった。ありがとう。じゃあお願いするね。でも危険な場面では離脱してもらうからね?〉
〈うん。わかった〉
イルが付いてきてくれることは、マコトの想定内だった。それでも無理に連れて行くことはしたくないことと、危険に対する理解のない場合も同様で、覚悟のほどを確かめたかったようだ。むしろ自ら名乗りを上げてくれたことに嬉しさが込み上げるマコトだった。
〈マコ? オレもそれに加わっていいか?〉
〈え? いいの? だってレイラさん、うちのパパと会ったことも話したこともないし、元々は敵の立ち位置だったでしょ?〉
〈あー、まぁ、そうなんだが、オレはお前らに命を救われた。カイも助けてもらったし、癒しというのか? まだその助けが必要な状態だ。そしてオレらを苦しめた敵が今向かう先の相手ってことだろ? オレだって一矢報いてやりたいところだ。それにマコとイル、二人の賢さや能力の高さは知ってるが、直接人と対峙したときに大人と子どもでは歴然とした差があるのも事実だ。オレの武があれば、お前たちの役に立つと思うぞ。それと言っただろ? オレはマコに惚れたと。マコからまたキスをもらいたいしな。大体、そんなマコのパパ、ソフィアの夫というのがどんな人なのかも興味あるしな〉
〈なるほど〜。確かにレイラさんいたら心強いのは確か。それにそんなに沢山の理由を並べられたら、断る言葉も思いつかないよ。でもホントにいいの?〉
レイラが名乗りを上げたことには、マコトは驚きを隠せない。確かにやや親密度は増したものの、見ず知らずの人のために危険なことに首を突っ込むことなど、通常はありえないことだからだ。
しかし、味方にすれば、これほど頼もしい人はいない。そう思うマコトはさらに嬉しさが滲んでくるようだ。作戦成功への確度はこれでぐんと上がることになるから余計だ。
〈ああ。というか、くどいぞマコ!〉
〈うん……ありがとね。よろしくレイラさん〉
〈任せとけ〉
ここまで歩み寄ってくれるなら、もうレイラは心を密にできる仲間であると思えることから、マコトは今後のやり取りにも有用な念話を使えるようにすることをレイラに告げる。
〈じゃあ、レイラさんも仲間なら、後で念話のやりかた教えるね〉
〈念話? なんだそれ?〉
〈あー、このレイラさんの通話方法も面白いけど、声を発する必要があるでしょ? 念話は頭の中だけで会話するから、敵がいても聞かれることないし、今のような騒音があっても問題なく会話できるんだ〉
〈え? おー、まるでテレパシーみたいだな? そんなことができるのか?〉
〈あー、そんな感じ。一応できちゃうよ〉
ひとまずレイラの念話に対する理解も整ったところで、マコトは、出発の前に作戦名をぶち上げる。
〈ということでキャストは決まったね。それじゃ早速行こうか、パパ奪還作戦〉
〈あー、それお前らはいいが、オレは呼びにくい作戦名だな。名前はジンなんだろ? それなら『ジン奪還作戦』でいいな?〉
家族外のものには確かに「パパ」は都合悪いと、レイラ案を採用する。
〈あー、そうだね。それで行こう。ママもいい? それじゃあジン奪還作戦、行くよ!〉
〈〈〈オー!〉〉〉
いざ出発と、皆で時の声を上げる。




