カメレオンだったら 〜 暗躍のうねり lxiv
『ぷっ、なにそれ、カメレオンみたいだからカメオ? あはははは』
『もう! 何よ。この際、名前なんて……それより大きなネット創り出せる?』
『うん、できるよ。あー、なるほど吐き戻しキャッチ用かぁ。了解、待ってて』
『ホッ、良かったぁ。落っことしたらヤバいからね。たっぷり大きめの作ったらカメオの頭に被せて、紐か何かでこのエアボードにぶら下げられるようにお願いね』
『うん。えぃ!』
イルはすっかり手慣れたもので、マコトに向き合い抱きしめるマコトの背面で、両手を交差しながら動かして、最初のクロスする重ね合わせパターンに注意しながら、かなり太めの糸を両手から紡ぎ出していく。
クロスする部分を強固に結ぶ必要があるから本物の糸ではやや複雑な糸の取り回しが必要だが、オーラで紡ぐ場合は、イルの意思でクロス部分をクロスするごとにその場で変形融合させられるため、構造と行程の圧倒的な単純化と時短が図れるわけだ。
1段目、2段目と、想定する袋状の輪を周回しながら、みるみる大きめの網目が仕上がっていく。
そんなところへ、ふとソフィアからの念話が紛れ込む。
『え? 何? 何かに巻き付かれた?』
〈ちょっと、ママの方でトラブルみたいだから、投げっぱなしで申し訳ないけど、イルはイルで進めててくれる?〉
〈イル了解。任せて!〉
『気持ち悪……ち、力が抜け……自由が効かな……まずいわ。わたし、力が出ない……』
声の纏う緊迫感とその内容からただならぬ事態であることがわかる。マコトはその事態をストレートに尋ねる。
『どゆこと? ママ? 魔力が吸われてるってこと?』
『わからない……でも、だとしたら……わたし今、現し身なの』
しかし、返ってきたのはわからないの一言だった。それなら……と思いついた先でマコトの浮かない顔は薄っすら晴れ渡る。
そうしている間に袋状のネットは完成する。
〈ふゅーーっ……こんな感じかな? マコちゃん〉
〈おぉぉ、流石イル。アッという間にできちゃうんだね。凄い凄い〉
突然のネット作成依頼を見事成し遂げたイルに労働対価的なキスの補充をしつつ、マコトは、ソフィアに対して行うことの整理を脳裏で行っていた。
思いついた、というほどのものではない。ただ、ソフィアの返信に付け加えられた言葉が『現し身』ということだったから、当然わかっているはず、と思いながらも、念のため、マコトは現し身を解くことを示してみる。
『じゃあ、そのまま現し身を解いたら戻れるんじゃ?』
いったん意図だけは投げて、もしもその通りなら、ソフィアのほうは快方に向かうものと心の整理をしつつ、こちらはこちらで、キメラの口元から両足が出てくるのが見え始め、さらに応援を重ねる。
〈あとちょっと! もう少し……頑張れカメオ!〉
〈そうそう、カメオー、ガンバレー〉
二人の応援の甲斐があったのか? 無事? にカイは勢いよく吐き出される。袋状のネットに包まれその勢いと重みでキメラの首から抜け、落ちていく。そして袋の巾着状の口から結ばれる、糸が幾重にも拗じられた頑丈なロープで、エアボードの下側に吊るされる。この影響で大きく揺らされるマコトたちだが、徐々に徐々に揺れを収束させながらカメオに正対する。
〈でかしたでかしたー。よくやったカメオ、エライぞ!〉
そう言いながら、マコトは触手でカメオの頭を撫でる。そんな喜びとは裏腹に吐き出すことに渾身の力を使い果たしたのか、カメオはゼイゼイと息を切らし佇んでいた。次いで、カイに目を向け、マコトは一番の気掛かりを確かめる。
〈ほっ、よかった。形がある。てことはカメレオンじゃなくてカエルなのか?〉
〈え? どういうこと?〉
そんな中、ソフィアから、やや力弱く言葉が戻ってくる。
『そう思って……でも……ダメなの……』
〈あ! イル、ちょっと待ってて!〉
『意識が空回り? い、息が……でき……溺れそ……誰か……ゴボッ…』
返ってきたのは、それでもどうにもならなかったということだった。
今起こっている事態、その深刻さはマコトの理解を遥かに超えていたようだ。
マコトの脳裏にまざまざと蘇る、S国からの帰国便での記憶。ソフィアの魔力が枯渇しかけて記憶喪失に至った悪夢のそれだった。マコトは見開く瞳に涙を滲ませ、痛ましい記憶に身体を震わせる。
『え? それヤバ……このまま連れてかれたら、またママ、枯渇しちゃうよ……』
『……そ……よね。ごめ……さい……マコち……』
『今パパが向かってるはず。マコもこの後向かう。それまでなんとか、ママ!』
途切れ途切れの念話になるのは、念話を阻害する何かが働いているか、ソフィアの魔力が不安定になっていることのいずれかだと思われるが、さっきまでの念話はかなりクリアだったことから、後者の魔力不安定が濃厚であると捉えるしかなさそうだった。
『……』
返信が返ったかと思いきや、まったくの無音だったため、気のせいか、とマコトは一旦気持ちを切り替える。ソフィア側も深刻だが、カイ側も刻々と命を失う方向に向かっているからだ。ソフィア側にはジンが付いているはずだから、と心の衝動を押し殺す。
〈あー、イル? ゴメンゴメン。カメレオンとカエルって、特徴も似てたりするけど、爬虫類と両生類でまず種類が違ってて、カエルは丸呑みするけど、カメレオンの喉は細くて、人間みたいに良く噛んだ後に胃に入るんだ。もしもカメレオンだったら、吐き戻してもまず生きてはいないかもだから、ちょっと賭けだったんだよね……ふぅ……って、おっと、ネットが溶けて切れそうだ。それに呼吸もたぶんしてない……急がなくちゃ……〉
S国に移り住む前に、マコトは動物図鑑を一通り読んだことと、アフリカ大陸ではないが、その近くにカメレオンの聖地とも言われるマダガスカル島があり、そこに多く住むカメレオンやカメレオンに特徴の似たブチアマガエルという種類のカエルがいることなど、興味深く調べていたから、人より多少は詳しいようだ。
『……』
またソフィアからの返信があった気がするマコトだが、まったくの無音で気のせいかとマコトは気を取り直す。
マコトはそんな話をしながら、同時並行に身体をどんどん動かしていく。マコトはオーラの触手を伸ばしてカイの身体をグルグル巻きにして落ちないように補強する。
『大丈夫か? ソフィア!』
そこへどうやらジンが到着したらしき差し込みが入る。そう捉えたマコトは少しだけ安堵する。しかし今、進行方向を向くと、ソフィアのいるところからヘリが離脱しようとしているのが見えてマコトは心を焦らせる。
よく見ると、ヘリに引き上げられる何かにジンが張り付いていること、敵との細かな応酬の最中であることがわかる。今すべてを放り出してマコトも向かいたいところだが、そうはいかないこと、遠方からの中途半端な手出しはジンの邪魔をしかねないこと、何よりジンがいるなら絶対大丈夫だ、とマコトは心に何度も言い聞かせる。
『大丈夫だ、ソフィア。今助けるからな!』
さらに、立て続けにジンの「大丈夫」の言葉が重なることから、マコトは『大丈夫大丈夫』と心に言い聞かせながらジンの活躍を信じ、『今は目の前だ』と心で唱え、気持ちを切り替える。
カイにべっとり付着する胃液を落とす意味と、カイに意識を取り戻させるきっかけ作りのために、僅かに揺らしながらときおり軽くシェイクするような振動を加えるなどして、ソフィアとレイラのいる場所へと急ぐ。
急ぐが、何かを吊っている以上、それほど速くは動けないのが実情だ。吊るとは振り子運動を誘発しやすいため、揺らしてしまうと途端に制御が難しくなるからだ。それが命あるもの、人であるなら尚のこと、慎重に進める必要があるわけだ。
だからこそ、ゆっくり動くからこそ、その間にできることはやっておきたいと、マコトは十分制御可能な範囲で小さく揺らし、上下に軽い振動を加えるわけだが、揺り返しなどは吊る側にも直に跳ね返る。
それゆえにマコトたちは若干の気持ち悪さを伴うようで、気を紛らわせたいのか、何もなければふだんはそれほど話さないイルだが、今ばかりはしきりに喋りたがるように見える。
〈えー、早く言ってよー。ってそんな余裕ないか。イルは勝手に喋るけど返事はできるときでいいからね? で、大きいけどカメレオンだったら可愛い感じだったけど、カエルは苦手なんだよねー〉
〈え? 言っても大丈夫だった? カメレオンだったらまず生きてないよ?〉
それはカイの生死に繋がる話。イルの苦手なカエルであるなら生きている可能性がある、というイルの嗜好の逆が正であるということ。マコトが少し前に説明をくれた『もしもカメレオンだったら』のくだりをイルは思い出す。想像するのも憚られるところへ、自らイメージを膨らませてしまい、イルはしょんぼりする。
〈あ、そうか。うん……そうだね。黙っててくれてよかったよ〉
このときのカイの生死は不明だ。短い時間とはいえ、圧迫された上に、カエルの強力な胃酸に晒され、皮膚がやや溶かされている状況のため、一刻も早く手当てをしなければ厳しい状況だった。
〈でしょ? あんな巨大化している時点で思いつくことは、V国って原発事故あったでしょ? そのとき漏れた放射能で、動物園か何かの施設にいた生物が被爆して突然変異したか……それか、これも考えたくはないけど、キメラとして合成された何かがカメレオン似だった可能性があるのかなって思ってたんだ。よし到着だね〉
〈うん。それどっちも怖い話だけど……なるほどよく知ってるね、マコちゃん〉




