悪夢の再来 〜 暗躍のうねり lxij
キメラが吐き戻しに応じる素振りから、カイの救出が叶うかもと、マコトがひと息ついて見上げた先の空高く、キラリと光るものにマコトは気付く。それは直ぐに大きさを増す。
『……なに? え?』
直ぐに光と影で明瞭に浮かび上がる形がヘリのそれだと気付く。咄嗟にマコトは声を上げる。
『ママ! 上! 注意!』
まるで獲物を狙う鷹のように鋭く急降下するヘリは、ソフィアのいるところへ一直線に向かうが、200ftくらい手前で急激にフレアーをかけて相対的に急停止する。それはまるでオートローテーションのようだった。
――<解説:フレアー>――
―― フレアーとは、飛行機の着陸時などの接地
―― 直前に行う機首引き起こし操作のこと。
―― 着陸進入する航空機がそのまま滑走路に
―― 接地すると、大抵は脚が破損して思わぬ
―― 災害を引き起こす可能性を孕む。
――
―― 機首を引き起こすと一時的に揚力が増し、
―― 浮き上がろうとする。それを打ち消し、
―― 降下パスを維持するように推力を絞り
―― ながら、速度と降下率を落としていく。
――
―― 接地直前、翼は失速寸前の高迎角に達し、
―― 対地効果を上手に掴みながらふわりと
―― 大地を撫でるように接地する。
――
―― 速度の低下に伴い沈下率が増すため、
―― 気象条件や突風などの状況によっては、
―― わずかに推力を足して姿勢を補うことも
―― 少なくない。
――
―― そうして、限りなく衝撃と速度を抑えた
―― 安全な着陸を実現する、熟練の飛行技術
―― と言える。
――
―― ちなみに、接地したかわからないくらい
―― まったく衝撃を感じない、会心の着陸、
―― というものがある。
――
―― ノーショックランディングと呼ばれる
―― それはタイヤのゴムと滑走路面の摩擦で
―― 『キュキュッ』と小気味良い音を鳴らし、
―― 操縦士の心を少しだけ躍らせほくそ笑む、
―― 至高のひとときでもある。
――<解説:オートローテーション>――
―― ヘリコプターが飛べる仕組みに興味が
―― なければとうてい知り得ないもので、
―― 当然マコトたちは知らない話だが、
――
―― オートローテーションとは、
―― ヘリコプターのエンジンが停止した際に、
―― ローターをエンジンの力ではなく、
―― 降下と前進に伴う吹き上げる風の力
―― で回転を維持し、着地寸前にフレアで
―― 前進力を 降下率の低減に転換し、最後に
―― その回転力を揚力に転じることで
―― 安全に着陸する飛行技術のこと。
――
―― ついでに言えば、ヘリは着陸の最終接地
―― を除き、基本的に自ら作り出した気流に
―― 呑まれる危険があるため、垂直に降下する
―― ことはまずない。
――
―― 必ず前進速度と揚力を保ちながら、浅い
―― 進入角で着陸地点へアプローチするのが
―― 正常なヘリコプターの飛行方法だ。
―― オートローテーションの場合はエンジン
―― 停止により揚力が得られない分、進入角
―― は当然深くなる。
――
―― そして本作のこの場面では、
―― 静止する地上へのアプローチではなく、
―― 既に時速200km以上の速度で飛行する
―― 状況のため、オートローテーションに
―― 似た挙動を示しつつも新たな前進速度
―― を得る必要はなく、パイロットの視界
―― をギリギリ保持する相対的な超急角度
―― での降下機動となる。
――
―― マコトたちの目には、まさしく、獲物
―― を攫う鷹の急降下に等しいその光景が
―― 映ったのも、至極当然のことであった。
――
――<解説終わり>
ソフィアの上空でフレアーをかけて、相対的に停止するヘリから、間髪を入れず、男2人が大きな箱のようなものを抱えた状態でソフィアのいる繭の中に転がり込む。
「あなたたちは何者?」
ソフィアの問いに答えることなく、その侵入者は手際極まる流れる所作で蓋を開く。人が入れる棺桶よりやや小さめの大きさだが、棺桶というよりはカプセルのような丸みのある滑らかな形状だ。光沢のない薄い灰色で突起はほとんどない、やや未来志向の無機質さを纏っていた。蓋も押し引きではなくスイッチひとつでスライドする近未来仕様だ。
間を開けることなく、男たちは駆け寄り、カプセルへ近付けようと、両側からソフィアの腕に一斉に掴みかかる。突入からここまで、ほんの2、3秒の話だ。
あまりの素早い動きに呆気にとられそうになるが、ソフィアも黙ってカプセルに入れられるほど呑気でもヤワでもない。シールドを張って押し返し、オーラの触手で迫る手足を弾き、まるでカンフーの如く猛速果敢に反撃する。
直前にレイラとの死闘を繰り広げたばかりのソフィアが魔力を使って応戦すれば、この侵入者たちを寄せ付けぬのも当然のことだった。
しかし、男たちのそれらの動作は陽動だった。もちろん無抵抗ならそのまま拉致するのだろうが、圧倒する力で反撃されることは織り込み済で、そちらに注意を惹き付けるための芝居だったのだ。ソフィアの背後下方に一瞬視線を跳ばした男は、にやりと笑みを浮かべる。
それは、開かれたカプセルの端から死角を縫うように、まるで意思を持つかの挙動を伴い、周囲を窺いながらそぉーっと出てきた、植物のツルのようなモノだった。
男の視線変化に気付き追ったその先にソフィアの視線は止まり、ギョッと見開く。だが既に遅きに失し、驚異の加速度、目に止まらぬ敏捷さで、ソフィアの視界の外から突如足もとに跳び込んでくる。
あまりの速さにソフィアは反応しようもなかった。
それは突然ソフィアの足に触れると、そのまま絡みつく。
『え? 何? 何かに巻き付かれた?』
ソフィアがそれに気付いたときには既に遅し。ツルのようなものがソフィアの肌の一部に触れた瞬間、得も言われぬ空虚な衝撃がソフィアの脳天に向けて疾走る。痛いわけではない。ただ、身体に対する、そこに在る実感が剥ぎ取られたような虚無な感覚に襲われるのだ。
『気持ち悪……ち、力が抜け……自由が効かな……まずいわ。わたし、力が出ない……』
自由を奪われ立っていられないソフィアだが、高速に巻き付くツルがソフィアの身体を宙に浮かしカプセルへと運んでいく。マコトが反応する。
『どゆこと? ママ? 魔力が吸われてるってこと?』
何がその身に起こっているのか、ソフィアは見当もつかずただただ混乱するばかりだが、幸い思考することは可能なようだ。それもいつまで保てるかの不安に駆られながらも、最も大きな気掛かりをソフィアは吐き出す。
『わからない……でも、だとしたら……わたし今、現し身なの』
『じゃあ、そのまま現し身を解いたら戻れるんじゃ?』
それは、今の自分が現し身にすべての意識を移している状態ということだった。かつて現し身なら、自身の身体は安全なところに置いたまま、大胆に行動できるとの策謀を凝らしていたソフィアで、今がそのときと、現し身で大胆に攫われるつもりでいたようだ。
マコトもそれならば話は簡単、と当たり前のアドバイスを返すが、当然ソフィアもそんな対処は試みていたようだ。しかし、ソフィアはそれでもどうにもならなかったことを返す。
『そう思って……でも……ダメなの。意識が空回り? い、息が……でき……溺れそ……誰か……ゴボッ…』
今起こっている事態、その深刻さはソフィアとマコトの理解を遥かに超えていたようだ。そうなると、マコトの脳裏にはひとつの記憶がまざまざと蘇る。S国からの帰国便でソフィアの魔力が枯渇しかけて記憶喪失に至った悪夢のそれだった。マコトは見開く瞳に涙を滲ませ、痛ましい記憶に身体を震わせる。
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それは、無もないテロ組織だったエニシダがその名を世界に轟かせた、S国発日本向け旅客機ハイジャックテロ事件での一幕だった。
ジンたち一行は帰国のため、その、S国から日本への航空便に偶然乗り合わせる。その搭乗中、ハイジャック、爆弾、その果てには戦闘機強襲や世界最強の究極兵器など、テロ組織によるありとあらゆる脅威に晒される。それでも、テロ組織、エニシダの数多の猛攻をなんとか凌ぎきるマコトたちだが、その最後の攻撃の際にマコトとともにソフィアも現し身に意識を移して機外に展開する。
その最後の攻撃とは、国家ほどの力を持たないテロ組織エニシダが、他国の軍事力を勝手に拝借する小狡いプランで、最終奥義のひとつ、プランXとして、V国の軍事衛星をハッキングして、軍事衛星からレーザー光線を発射するというものだった。
東シナ海を日本に向けて航行する、S国からの旅客機を護る謎の妖精に対し、エニシダでは既に敗北を認めていたが、方針を改め、その力のほどを見極めたいからあと二つ。プランXとプランZの最終奥義同時発動という暴挙に出たのだった。
ジンはプランZに対処する。続いて察知したプランXに向かうマコトとソフィアは、その一発目をなんとか無力化することに成功する。しかし、すぐに二発目が刻々と準備されていることにマコトは気付く。一度暖まった兵器の二発目が整うのに時間はさほど必要なかったのだ。
その一刻の猶予もない逼迫する状況を察知するマコトは、臨機応変の即断による緊急行動で、ソフィアが抑止する暇も、抗うほどの力が不足する状態とも知らず、現し身のまま、咄嗟に上方、数十kmの高度へ移動する。
そうしてレーザー光線の発射装置の破壊に成功するが、マコトにより、自身の制御限界を強引に突破させられ意識が途切れるソフィア。もはや一分の意識さえ保てないほどの状態で、屍のごとくぐったりとしていた。直ぐに手を尽くしてなんとか命は取り留め回復させつつも昏睡状態となる。
魔女は身体の外側に溢れ出るオーラを操ることで特殊な力を発揮する。魔力の行使は、母体となる身体を基点に生体エネルギーであるオーラを外部に展開させて行う。しかし、大いなる力を振るえる代わりに、勢い余ってオーラの全てが身体から出ていくことは生体エネルギーの枯渇、言い換えるなら、抜けきった身体は死んだも同然の状態となるのだ。
それゆえに、魔女は自身のオーラの総量を認識し、決して抜けきることのないよう制御することは、魔女の魔女たる基本中の基本とも言える心構えでもある。
大人と対等に会話できる物腰や、みんなの危機を救ってのける恐るべき力の持ち主であることからうっかり忘れそうになるが、このときのマコトはこれから日本の小学校に入学する、まだ未就学児の女の子だった。
自身の思惑を超える対処しようのない事態、しかも大切な家族を自らの過失で害したかもしれない思いに打ちひしがれれば尚更のこと、身の丈を大きく飛び越える事態に直面すれば、泣き縋るしかない年相応のか弱い子どもの姿を覘かせる。
そんなマコトの弱々しく、ともすれば負の方向に傾いてしまいそうな感情をひとつひとつ丁寧に掬い上げ、綻びを解いていったジン。
ひとつひとつ、大切に解されたことで、気持ちに整理を付けられたマコトの表情に、ようやく救えた喜びの灯が点る。
そして着陸直後に目を覚ますが、ソフィアは記憶を失っていることが判明する。
テロ組織、エニシダから放たれる、想像を絶する数々の猛襲。しかし一人も失うことなく見事撥ねのけ目的地日本に無事辿り着くマコト達。唯一人、命は救えたが大切なモノを喪失したのだった。
シエラと遭遇するまでのマコトにとって、生きてそこにいるソフィアだが、自分とのこれまで生きてきた時間、そしてその記憶が完全に失われている状況に心をえぐられ、心から笑える時間は一切持てない期間を過ごしていた。
そして、ソフィアはもしかしたら命を失っていたかもしれない、そんな心の境地にあったマコトだからこそ、ソフィアの一挙手一投足を瞳に映し、その時々の喜怒哀楽の表情の変化など、生の煌めきの瞬間の一つ一つを噛み締めるほどに、いたたまれない思いを抱えてきたマコト。
激しい自己嫌悪、罪の重さを背負い続ける心の痛さ。もう二度とそんな思いはしたくないマコトにとっては、すべて忘れ去りたい悪夢でしかなかったのだ。




