幼気な少女 〜 暗躍のうねり lv
アザはマコトのお仕置きを受け止めると、それまでの傲慢な物言いはナリを潜め、マコトの指示通りに即座に撤退命令を投げる。
そこにセリスが待ったをかける。一時保留でアザの命令を打ち消したのだ。
セリスとはアザの姉で、現指揮官のアザに何かあれば以降の指揮を引き継げるほどの、アザと並び立つ位置付けにある。詳細の理由提示もなく撤退命令が出されれば、口を出さずにはいられないのも当然と言える。
〝『あー、セリスか、……はぁはぁ……オレたちは決して手を出してはいけない相手に手を出してしまっていたようだ。ゴボッ……それを忠告しにきた妖精の不思議な力を……はぁはぁ……受けて、今のオレは負傷し、闘えない状況だ。はぁはぁ……ミッションは失敗だ』チッ〟
〝(『アザ、なーに日和ってんのよ。いつもの傲慢なあんたらしくもない。それに今ここでおめおめ帰ったらあたしらの立場、どうなるかわかって言ってるの?』チッ)〟
セリスからの突然の差し込みにマコトとイルは顔を見合わせる。
その口ぶりから、アザやセリスたちの今回の行動には、どうやら大きな組織が裏に控え、成功必須の作戦として責任を課されていることがわかる。おそらくソレが武器商人組織であることは想像に難くない。
『イル? 雲行きがちょっと怪しそう。このセリスって人のヘリ、どれかな?』
マコトたちの思惑に対して、邪魔立てしようとする存在、セリスについても対処しなければならないことを認識したマコトは、セリスの所在探索に巻き込むべく、念話でイルに尋ねた。すると周りを見回したイルは、即座に答える。
『ね。せっかくうまくいきそうだったのに……たぶんアレ? 時計方向で次の機、2番目のアレじゃない? ヘリの後ろが開いてるもん』
アザが音響機器以外で別の攻撃を加えるために、後部ハッチを開いていたことから、独自の行動を行える、イコール、指揮官クラスが搭乗している、と見做せること、しかもアザと並び立つ機であることからも、二番目のヘリではないかとの見立てをイルは返したようだ。
一方、強い語気で『立場』と『行く末』を問うセリスに、アザは一瞬ハッとする。が、それと眼の前に立ちはだかる女神や妖精の圧倒的な力を改めて比較しても、女神や妖精に軍配が上がることを再認識して、目を細めながら、泣き言を零すように返す。
〝『あー、わかってる。ゴフッ。ペッ……はぁはぁ……だが、相手は本物の女神や妖精だというのだから、はぁはぁ、到底太刀打ちできそうにない……完敗だ』チッ〟
アザはすっかり弱気なセリフを返す。未だ収まらない痛みに耐えながらだからなおさらなのかもしれない。
一方、イルが見立てたヘリをマコトは一瞥する。その見立てが確証高そうと、マコトは即行動に移す。
『お、アレだね。他のヘリは後ろのハッチが開いてないからそうかも。ちょっと行ってみるよ?』
話しながら、マコトは右側に一瞬ロールを入れて戻す。二人を乗せたエアボードは、ゆっくり真横方向、右下方にすぅーっと滑り降りていく。
『OK。もう一踏ん張りだね? あ、でも、もうひとり妹いるっぽいから……あ、さっきのセリスさん、その口調から勝手に姉だと思っちゃったけど……』
同意しながら、イルはアザとの会話にあった姉と妹の件を思い出し、口ぶりから姉と断定していたが、もう一人の妹の存在も気にかける言葉を返す。つまり、一人だけを意識し集中して、あらぬ差し込みに慌てないように、との意味での共有だった。
『そうだった。そう言えばもう一人いたっけね。あ! そうか。マコがうっかり屋さんだからか。さすがはイル。注意が大事だね?』
『そうそう。大事な場面。マコちゃんも、うっかりがないように頑張ろ!』
『OK! ……あ、いるいる。女の子!』
そんなやり取りをしながら、マコトは早速目的の女の子を視界に捉え、アザのときと同じような位置にゆっくり占位していく。
一方、セリスは血気盛んな言葉を吐いていたが、徐々に徐々に、そして今ようやく、アザの状態が比較的深刻そうなことに思いが至ったようだ。視線をアチコチに跳ばし、思い付くことを掻き集めながら、しきりに状態を確かめる言葉を並べ立てる。
〝(『大丈夫か? アザ。命には別状ないんだな? いったんアタシが指揮を引き継ぐよ。それとアザは怪我してる? いや、血吐くってやべーな。手当ては早いほうがいい。あー、そうだな。アザはいったん離脱しとき!』チッ)〟
セリスは、アザの状態確認を言葉に落とし込むと、しだいにアザに対してどうすべきかが定まっていき、考えれば考えるほど、尽きぬ心配に、終いには離脱を勧めたようだ。
〝『わかった。だが、作戦中止を約束させられた。はぁはぁ……』チッ〟
日頃、傲慢に我を押し通すアザは、決して律儀に約束を守ろうとする男ではない。しかし、交わした約束はアザ個人ではなく、指揮官としてのアザ、つまり自ら率いる部隊に適用されるということ。部隊が撤退しなかったは、イコール、アザが約束を守らなかったことになるわけだ。
そして約束を交わした相手は、自らが抗う術もなく、危うく命を落としかけるほどの理不尽な力を叩きつける存在であると、アザは強く認識していた。
相手が妖精なら小賢しい理屈など通らない、と、そう思わせるのは、鋼鉄すらも刺身のようにサックリと下ろすほどの切れ味、そんな視えない刃が怒濤のごとく目に止まらぬ速さで振り下ろされた痕跡を目の当たりにすれば、当然のことかもしれない。つまり自身だけが離脱した未来は、部隊が壊滅する地獄絵図しか浮かばないのだ。それなら素直に撤退したほうが何百倍もマシと思えるわけだ。
そして今、自身から指揮がセリスに移ろうとしている現状で、撤退しようとしないセリスへと、手が離れてしまえば取り返しが着かない結末が待つわけだから、アザはセリスをなんとか説得したい。そう考えて止まないようだ。
セリスもセリスで、奔放な性格は自身の目で見たものがすべてで、それにそぐわぬ状況であるなら、いつでも反発し、場合によっては強引に指揮を奪おうとするほどだ。ゆえに常に説得することは難しいことをアザは重々承知している。
こんな人の理をあからさまに逸脱する力を浴びせられたにも拘らず、それを示すことができなければ、あのセリスに対して納得させられる説明などできようもない。
自身で体験させなければその恐怖は伝わらないもどかしさ、うまく説得できない不甲斐なさ、重ねて今、自身の内側が壊されたかの、言葉にできない苦痛を絶賛味わっている真っ最中なのだ。それゆえに、うまくコトを運べない歯痒さとジレンマの中にアザはいるのだった。
一方、概ねの占位位置に近づいたところで、マコトはスコープを覗き込む。すると、その女の子はイルと同じか少し上くらいのまだ幼い女の子だったことに気付く。
『あれ? ち、小さい? マコたちとおんなじくらい?』
マコトの瞳に映ったのは、ヘリ機内の他の乗員よりも手前にいるが、それでも遥かに小さな体軀。発育途上の子どもだが、周囲に指示を出す所作と姿勢は、テキパキとしながらも、どこか可愛らしさが漂う、確かに女の子のそれだった。遠目で見ているイルの目にも同じように映ったようで同意を返す。
『あら、ホントだね』
ここでふとスコープで様子を窺っていたマコトが気付く。
『ってあれ? 口の動きがセリスと違う。もしかして妹のほう?』
アザ側の会話から拾うセリスの言葉と、目の前の女の子の唇の動きはまったく噛み合わないということらしい。
『え? そういうこと? じゃあどうしようか? あのアザさんの口振りでは兄妹がみんな指揮官できるっぽかったけど、明らかに幼い気がする……ここは退いとく?』
『あー。マコが言うのもなんだけど、こんな幼い子が悪いことしそうにも思えないかも? うん。退こ……』
何かを思い立ったイルが突然マコトの言葉を遮るように声を発する。
『……え? 待って! 幼いのにそれって……もしかして……マコちゃんみたいに凄い子だったり?』
普通の感覚なら、幼気に見える相手に脅威を感じにくいが、その枠組みに入らない存在が傍らにいるという事実にふと気付くイル。そのうえで見た目を裏切るような所作や、実際の指揮を執るらしき立ち位置を考えれば、そんな考えは捨てる必要があるとイルは思ったようだ。
『え? いやマコはそんなことないけど、あの振る舞い……もしかする?……』
自身に重ねるのは違うとマコトは思いながら、イルが言わんとする特徴が、マコトの瞳に映るの女の子の挙動から垣間見えた気がするマコトだった。するとその女の子は、ふと、コチラに気が付いたかの反応を見せる。
『あ! コッチ向いて……って、目が合った……ほ、微笑みかけてきた……なんで? ……もしや視えてる?』




