唸り、うねる 〜 暗躍のうねり liv
〝それでは指揮官どの? ご賞味あれ! えぃ!〟
マコトのオーラ操作で約2mの両側パイプ前面の蓋が同時に勢いよく開く。マコトの掛け声に身構える男だが、ワンタイミング置いてもほぼ何も起こらない。
ふぶぶっ!
確かに何かを浴びせられたことを男は体感する……が、ただそれだけだった。男はキョトンとする。
〝へ? なになに? なにも……〟
効果はやや遅れて表れる。無音透明の低周波が、二方向から浴びせられ、お腹あたりで像を結ぶ。そうして生まれる唸りは、しだいに大きなうねりとなり、一瞬遅れて指揮官の男、アザのお腹の内側、内臓を思いっきり揺さぶる。
本来、周波数が寸分違わず重なれば、音は干渉してひとつの太くクリアな響きへと溶け合う。だが、そこにわずかな周波数のズレが生じたとき、音の波は互いを押し引きし、差分となる新たな振動を合成する。これが『唸り』の正体だ。非線形干渉によって生み出された差分周波数の超低周波は、長大な波長を伴う巨大なうねりとなって体内に解き放たれるのだ。
……どぅるぅん……。
〝ぅゎ……気持ち悪……なんだコレ……〟
その結果、まずは吐き気、ジワジワと、しかし直ぐに臓器の裏側から男の食道を経て、それは圧倒的な勢いで跳ね上がってくる。男は激しい嘔吐を繰り返す。
〝ゴボッ……オェェェェ……〟
唸りが引き起こす血流不全だけでなく、その振動は背骨を伝って頭蓋骨を直接揺らす。三半規管はもとより、あらゆる平衡感覚のセンサーが掻き乱されるのだ。
さ・さ・さぁぁぁ……。
次の瞬間、今度は男の視界に異変、目眩とともにすぅーっと黒い何かが加速度的に視界を閉じ込めていく。
これは脳への血流不足で起こる視界の暗転。まるで高負荷の飛行旋回時やループするジェットコースターでGがかかったかの症状だが、今の状況にそんな要素はひとつもない。理不尽な感覚に、男はひたすら混乱する。
ぐにゃぁぁ……
〝・・・あれぇぇ?〟
……ぐぅゎぁん……すぅぅん。
そうして薄れゆく世界は傾きながら歪み、閉じていく。
三半規管は完全に乱れ狂い、天地の区別すらつかない。よろめき抗おうとする知覚は虚しく裏切られ、男の身体を地に這いつくばらせる。
それはパラメトリック音響放射のヘテロダイン効果――非線形干渉により生み出される差分周波数を人体への最凶周波数となるようチューニングした低周波攻撃だった。
マコトの放ったものは1秒にも満たない短い時間しか持続せず、放たれた波そのものは身体を直ぐに抜けていく。およそ166hz――1秒間に166回という波の振動が『ドゥルッ』と身体を震わせ、お腹から背中、そして外へと伝搬していくだけだ。後から来る波に押し出されるように、身体を通り抜けていく。
(著者注:
『作中に突然登場する、166hz』やパイプの『2m』は、
ダイナビーの蜂の羽音が大体10000rpmであるところから導出した値。
導出の詳細については、エピソード:『波長の整合』を参照してほしい。
〔謝罪:
以前の調査時に10000rpmであることを確認したつもりでしたが、
少々気になって再度調べると5000〜10000rpmや、8000rpm程度や、
大体4000rpm以上など、さまざまな説がありました。
調査先によりバラツキはありますが、どうやらダイナビーのモデル
にもよるらしい、ということもわかりました。
(素材や構造により様々。モデルにより20000rpmも可能なのだとか)
総合すると、10000rpmはかなり激しい高音の域にあるらしく、
幼女にはそう安々と得られない回転数かもしれません。
ただ、10000rpmは、計算上でも音速との兼ね合いからも、とても
都合良い値であることと、本作では真空で摩擦のない想定でもある
ことからあながち的外れというわけでもなさそうです。
以上のことから、本作ではその前提のままといたします。
〕
)
問題は、身体の中を通り抜けるふたつの波が斜めに交錯し、約4hzというわずかなズレを起こしているということ。そしてその差分によって、唸りを上げる新たな『超低周波』が体内で生まれるということだ。
厄介なことに、体内で生じた超低周波は波長が大きすぎる(約85m)。人の小さな身体の中では、波の進行方向へ押し出す力は弱く、振幅方向のうねる力が優勢になってしまう。そのため超低周波は、皮膚などの体外への境界面にいなしなめされ、外へ出られない。
人の身体の主成分は水だ。水面下で発生した4hzの超低周波は、水面を大きくたわませ、揺らすだけで、空気中へは飛び出していかない。つまり、体内で生じた超低周波は、エネルギーとして、逃げ場を失って体内に留まり続けることになる。
さらに恐ろしいのは、共振により増幅されたその振幅は凄まじく大きく、体内の臓器を強引に動かす点だ。動かされた臓器は、骨格や身体の内壁に進行を阻まれ、押し潰される。
波の衝撃は体外へ逃げず、エネルギーを消費し切るまで、内臓は圧され揺り返されを繰り返す。形を持った臓器同士がぶつかり、上下左右に揉み潰された結果、組織は擦れ合い、断裂し、お腹の中を悲劇的に破壊していく。
アザは、最初は気持ち悪さから胃液を吐き出すだけだったが、それも束の間。内部で激しく擦れ合った内臓が出血を起こし、やがて臓器管内に溢れた血が逆流して、ドッと鮮血を吐き出し始める。
通常、外的な傷であれば手で押さえて耐えることもできる。だが、外から手を出せない内臓の破壊は、押さえることすら叶わない。麻酔もなしに体内を直接揉み潰される激痛を、ただそのまま受け止めるしかないのだ。
音波の照射自体はすでに止んでいるため、これ以上被害が広がることはない。しかし、体内に残された衝撃の残響が消え去るまで、男には耐え難い地獄の時間が続くこととなる。それでもそれより強い波動を長時間受け続けたソフィアやレイラよりは全然マシな状態ではあるが。
ひとまず用の済んだパイプは引き戻し、マコトはレールポッドに再び装着する。念のため、真空ビーを取り出し、マコトはイルに回転の再装填を指示する。
誤解ないよう補足するが、本来のマコトはそのような残忍な攻撃を行うことはない。しかし、愛する母、ソフィアにそれ以上の苦しみを与え続け、敵対はするがその思惑以上に強面なれど純情たる人となりを知ることとなったレイラを死の淵まで追いやった、アザに対する激情は計り知れないものがあった。
その幾分かを返すためだけに、ドス黒い思いに身をやつすマコトは、知恵を振り絞り、ジンの掲げた『心胆寒からしめる』お仕置きを今成し遂げた形だ。
アザの苦しむ様相からも、それを十二分に知らしめたことに満足気なマコトは、皮肉たっぷりの言葉を投げつける。繰り返しとなるが、これは悪事ではない。たとえマコトに黒い印象を抱いたとしても、可愛らしい復讐であって命を奪うことのない、ただ軽く痛めつけ反省を促すための正義の行為なのだ。
〝あなたたちは、今受けたその苦しみを、今も延々とソフィアさまに浴びせ続けているのよ? それに較べたら小さく短い、ホンのちょっぴりの痛い思いをした程度だったから、物足りなかったかしら? もしかして『おかわり』をご所望? まぁ、この程度の痛みで済んだのだから、あなたにとっては悪い話じゃなかったでしょ?〟
〝はぁはぁ。いや、おかわりは辞退で……グボッ……ペッ。はぁはぁ……こんなにも痛い思いをさせていたんだな……すまなかった……ゴボッ〟
どこまでが本心かはわからない。あるいは現在の苦しみから逃れたいだけかもしれないが、アザは従順な様子で謝罪を返す。
〝わかったのなら、すぐにこの作戦は中止して撤退するのね。あなたも今直ぐ医者にかかれば早く綺麗に治ると思うわよ? 今は軽いと思うけれど、内部が酷く傷ついているから放置すれば命に関わるわ。長生きするためにもせいぜい急ぐことね?〟
男の謝罪に対して、マコトはやや満足気に次なる行動、撤退の指示と、身体への気遣いの言葉をかける。
〝わかった。はぁはぁ、撤退しよう。はぁはぁ、痛っっ〟
〝そう。わかってくれたのなら良かったわ。わたしたちもこれで帰るけれど、2度めはないわよ?〟
〝わかった。肝に銘じる。はぁはぁ〟
アザは了承の意を返すと、続けて撤退命令を投げる。
〝「アザから全軍に告ぐ。作戦は中止し、これより帰投する」チッ、はぁはぁ〟
〝〝〝ラジ……〟〟〟
突然の撤退命令に困惑したのか、一瞬の間を置いて、チラホラと御意の簡易返信が返り始めたところへ、すぐさま被せるように別の一斉指示が投げられる。
〝(「セリスから全軍へ。今のアザからの命令は一時保留だ。まだ行動起こすなよ」チッ)〟
〝(『ちょっと、アザ? どうしたのよ? 今さら中止なんてありえないでしょ? あ、これシークレットの戦術側秘匿回線よ。間違えないでね?』チッ)〟
アザが交信するヘッドセットのイヤスピーカーから漏れ伝わる音と振動を介して、マコトのオーラを通じた会話に、かなり微小な声量だが相手の声が混じるように聴こえてくる。
セリスとはアザの姉で、指揮官のアザに何かあれば、指揮を引き継げるほどの、アザと並び立つ位置付けにある。詳細の理由提示もなく撤退命令が出されれば、口を出さずにはいられないのも当然と言える。
〝『あー、セリスか、……はぁはぁ……オレたちは決して手を出してはいけない相手に手を出してしまっていたようだ。ゴボッ……それを忠告しにきた妖精の不思議な力を……はぁはぁ……受けて、今のオレは負傷し、闘えない状況だ。はぁはぁ……ミッションは失敗だ』チッ〟
〝(『アザ、なーに日和ってんのよ。いつもの傲慢なあんたらしくもない。それに今ここでおめおめ帰ったらあたしらの立場、どうなるかわかって言ってるの?』チッ)〟




