最凶の周波数 〜 暗躍のうねり liij
〝ひっ〟
明鏡止水の狂気に晒された男は、慄き声を詰まらせ、瞬きを忘れた瞳は涙を貯めながら、ソファーの背もたれにガタガタと震わせる身体を、踵で蹴り後退りしながら押し付けていた。
『イル? ありがとう。イルが呼び止めてくれたから、大事に至らず間に合ったんだと思う。この指揮官の男にはちょっとやり過ぎた感もあるけど。まぁせいせいもしたけど……でも……やっぱりやり過ぎたよね?……収拾着かないかもどうしよ?』
〝コッティ、落ち着いて……ここからはルルが代わるわ……指揮官のあなた? 逆鱗に触れたってこと、わかってるのかしら?〟
怒りに任せるコッティを鎮め、バトンタッチの意を告げるルル。実はイルも怒っていた。ただし、直接的行動に及ぶマコトとは違い、崇拝するソフィアを愚弄する数々の言動について、どうしても言いたいことがあったようだ。
指揮官の男は、神や妖精と一線を画す人の世界、その取るに足らない些事を語っただけで、妖精たちの逆鱗に触れるものなどない認識でいた。それゆえに、理解できない旨を慌てながら返す。
〝いいい、いや、どどど、どうして? 人の些末な問題だろ? なんであんたらはそんなに?〟
今、マコトは指揮官の男の前に、透明化した妖精フォルムで心を落ち着けながら佇んでいる。マコト本体の傍らでイルはスコープを覗きつつ、男の一挙一動をつぶさに捉えながら重ねる状況だ。
〝人の些末な問題? 同じ人間じゃない? とそう言ったわね?〟
〝は、はひぃ……〟
ルルは、男の数々の暴言に対し、つらつらと語り始める。言葉を重ねるほどに語気は強まり怒りは満ちていく。
〝ある意味で、半分は合っているかも? ……しれないわね。でも、あなたたちは根本的に何もわかっていないのよ。あなたたちの目的のソフィアという女性。あの方は王女であり魔女であり、でも真のお姿は「生ける女神」なの。良いですか? あなたごとき、下々の卑しき人間がそうやすやすと触れて良い存在ではないの……〟
〝え? 本物の女神?〟
〝そうよ? ようやく理解できたかしら? ふんっ……大体、神の一族ですって? はっ! 仮にそれが本当だったとしても、それはイコールあなたたちは単なる人間、神ではない、つまるところ、そんな極ちっぽけな存在が、いったい神に何をなさるおつもりなのかしら? それに、連れ帰る? 要は攫おうとしてたわけでしょ? 神を攫うとは不敬にもほどがあるわ〟
〝攫うだなんて、そんな……いやそうだな……〟
罪の意識など皆無だった男は否定を返そうとするが、改めて思い返すと、思い当たる節だらけだったことを再認識したようだ。
イルは男がその際に使った言葉を引用して憤りを見せる。
〝……しかもそれを捕獲などとほざきましたわね?〟
イルの憤りはピークを迎えたようだ。男には視えないが、イルは細めた瞳で睨みつけると、一転してカッと見開く。
〝……神を……猛獣扱いするなど……既に万死に値するわ〟
話しながらイルの語気も強まるが、荒々しい言葉を興奮しながら早口で重ねていく。
〝極刑なんて生ぬるい。拷問で死ぬ間際まで痛みに耐えてもらったら、無理やり癒しで回復させていただいて、また拷問……どこまでも尽きることのない痛み、無限地獄を享受していただくの……どれだけ耐えられるのかしらね?〟
それを聞きながら、男は今しがた浴びせられた狂気が蘇ったようで、青ざめながら唇を震わせる。そんな様子をスコープ越しに見据えるイルは、やや満足そうに、だが嫌味たっぷりに皮肉の言葉を返す。
〝わたしには到底無理だけれど……あなたたち人間には些末な問題なんでしょ? 今のコッティの逆鱗の反動にも耐えたのだから、きっとあなたたちなら充分耐えられるわね……〟
〝い……いや、それは……〟
男も皮肉と受け取るが、ここで逆らう発言をすればまた……と想像し、口籠る。そんな様子を見せる男に対し、イルは、如何に苛烈な状況を語っても、結局相対的な曖昧さを纏うことから、真剣味の欠如を感じ取る。絶対的な力の差を示すことを思いつく。
〝それと、さらにいえば、今も体験してくれたように、わたしたちもそうだけど、あの御方、ソフィアさまがその気になったら、あなたたちの一族・組織なんて物理的に一瞬で壊滅させるのなんてわけないことなのよ〟
語気を強めて言い切ったイル。だが、女神が怖そうではと、一瞬の間を置いて、柔らかに語る。
〝しかしそんなことはしない。ソフィアさまは慈愛に満ちていらっしゃるからよ?〟
それでも、この男とその一団は懲りることはないかもしれない予測から、その愚かさへの皮肉を付け足す。
〝それなのにあなたたちは怒りや憎しみをわざわざ煽るような真似をするなんて。自殺願望? いえ滅亡願望でもおありなのかしら? もう愚かすぎるとしか……〟
すると、頃合いを見計らってか、ルルの語りを聞きながら、心を落ち着けたコッティがバトンタッチの意を挟み込む。
〝いいわ、ありがとう、ルル。ここからは代わるわ〟
〝大丈夫? コッティ。落ち着いた?〟
イルは、まだ言い足りないが大体は言えたかもと、マコトへの心配を付け足しながら、話し手の位置を明け渡す。
〝ルル、大丈夫よ。ここからはわたしのターン。これだけは味わってほしいのね……覚悟はいいかしら? 指揮官どの〟
〝は、は、は、はい……〟
その聞き覚えのある愛らしい声が耳に入り、つい先ほどまでの狂気が脳裏を過る男は、吃りながら返事を返す。男に今のマコトの透明の妖精フォルムはほぼ視えることはないが、妖精からの発声は、以前とは異なる近さと直に空気を震わせる臨場感からか、眼の前の男には、より迫力の増した強い刺激を感じられるようだ。そのせいか、男の額には汗が伝い、しきりに拭うこととなり、余計に緊張を促し顔の表情を強張らせる。
マコトは、本来の目的であるところのお仕置き、そのための仕掛けまで用意してきたものをどうしても披露したい、いや知らしめたい、というそんな思いが強かった。
マコトは、これまで生きてきて、今の今までこんな悪辣な攻撃があることなど知る由もなかったわけだ。物理的見地からすれば、驚きの連続で心躍るものがある。しかし、それが人間の身体にフォーカスした途端に、特殊だが、ある意味、極悪な生物兵器とも言える、あまりの恐怖に身の毛がよだつほどのもので、それを使う側の男たちがその痛みを知らずに力を行使することに、憤りが止まらない。
今がそれを知らしめる、その体験型発表会の舞台というわけだ。黒い顔のマコトが今、ようやくプレゼンテーションの前フリに漕ぎ着け、瞳を輝かせながら、意気揚々と語っていく。
〝さきほどあなたの言葉、ちょっとだけ痛い思いをするだけで、って言ってらしたわよね? さっきソフィアさまが受けた攻撃をあなたにもほんの少しですが味あわせてあげましょう〟
そもそも想定外ではあったが、事前にマコトの狂気に晒されてしまったこの男にとっては、またもあり得ないほどの痛み・苦しみを受けてしまうのでは? との予感が働くのは当然だ。そんな怯む表情がアリアリと男の表情に見て取れることから、それはある程度は仕方ないとしても、男たちの行った攻撃の本質的苦しみをキチンと受け止めてもらいたいマコトは、大丈夫コールを混ぜ込みながら安心を促す。
〝大丈夫よ? あなたが言った「ちょっとだけ痛い思い」よりもマイルド、かなり抑えてあるから、きっとなんてことはないわ。さっきのも耐えられたしね。うん。大丈夫大丈夫〟
それを聞かされる男の側には、恐怖と皮肉しか聴こえない。実際、男はソフィアに向けた攻撃の仔細は知らない。相手を苦しめるが死に至るほどではない、という程度の認識で、そもそも上から目線の立ち位置にいれば、相手の苦しみなど知ったことではないからだ。銃で撃たれる猛獣、銛で突かれる魚、のほほんと趣味で釣り上げる魚に刺さった釣り針ですらそうだが、そこに生じる痛みに心を寄せる者はほとんどいない。そんな様子を感じ取ったのか、それならば、とマコトは攻撃に使われる技術的な言葉を織り交ぜる。
〝確かパラメトリックなんちゃらという、人の未来の技術を応用・悪用したものよね? わたしにそれと同じものをこの場では造れそうにないから、別の形で似たような効果を生み出せないか、って、試しにやってみたらできたの。せっかくですもの、お粗末ながら、コレはそのお裾分けみたいなものよ?〟
〝え? パラメトリック? なぜ妖精が人間界のそれもかなり最新かつ高等、技術的な言葉を知ってるんだ?〟
それは技術的仕様として、作戦開始前に説明があった言葉だったから、男は引っかかりを覚え、驚きながら口を挟む。
そして、仔細に無関心の男ゆえに、武器や機械装備は作戦通りに想定仕様が発揮され、期待する結果が伴えばそれで良かったのだ。しかし今、あのソフィアへの攻撃の実体がそれであると結ばれたことで、若干の驚きとともに攻撃手法の本質を初めて知ったことになる。「ちょっとだけ痛い思い」と言ったことを改めて反省しながら。
実のところ、マコトのやりたかったことは、この本質を知らねば効果は薄いものだから、思いがけず、マコトの知らないところで、技術的な言葉を使ったことの効果が発揮されていたこととなる。
〝知ってるわよ? わたしたち妖精は相手を選んで言霊を届けるからね。それに似たやり方があるって聞いて、ああ、パラメトリックスピーカーのほうね? 興味が湧いたから調べたのよ? 今回のはその悪用版みたいだけれどね……でも安心して! ソフィアさまの受けた痛み・苦しみ、その近くにいらした方を死に追いやろうとした、鬼畜のような苦しみよりも、ぜんっぜん大したことないから……〟
マコトは、ソフィアだけでなく、その余波を受けて死にかけたレイラのことを何気に織り交ぜる。この男がおそらくあまり関心を示してはいないであろうことを、ここで強調しても仕方ないことだが、人一人が死にかけた、と言う事実は無視させてはならない、という思いがマコトにそうさせたようだ。
〝それより何より……あなたたちのように銃口を向けるわけでもないから、殺されるかもしれない心配などもまったく必要ないわけだし……ほんっと至れり尽くせりでしょ?〟
〝はひぃぃぃ。〟
マコトはそう話し終わると直ぐに、意識を本体に戻し、ハンドル下のパイプにイルから受け取った真空ビーをセットする。前後の蓋を確かめ、発射、というよりオーラの送管レールが伸びながら指揮官のヘリのハッチ部分まで到着する。このオーラのレールも振動を封入したパイプも透明なため、視認は困難なものだ。このため、かなりの至近距離まで進めたにも拘らず、ヘリ内の者に気付かれずに配置完了となる。
そこからスコープを覗くマコトによりパイプの向きをやや内向きに変え、オーラのガイドラインがちょうど指揮官の男の腹部に交差するよう狙いを定める。
このオーラとそのガイドラインは普通の者の瞳には映らない。魔女ならガイドラインは視えるが、オーラそのものは特に可視化しない限り、発する者以外でくっきりと見分けられるのはマコトくらいらしい。
〝それでは指揮官どの? ご賞味あれ! えぃ!〟
マコトのオーラ操作で約2mの両側パイプ前面の蓋が同時に勢いよく開く。しかしワンタイミング置いても何も起こらない。身構える男はキョトンとする。
〝へ? なになに? なにも……〟
効果はやや遅れて表れる。無音透明の超低周波が、両側から浴びせられ、お腹あたりで像を結んだうねりは次第に高まり、一瞬遅れて指揮官の男のお腹の内側、内臓を思いっきり揺さぶる。
〝ぅゎ……気持ち悪……なんだコレ……ゴボッ……え?〟
それはパラメトリック音響放射のヘテロダイン効果、非線形干渉により生み出される差分周波数を人体への最凶周波数となるようチューニングされた低周波の攻撃だった。




