魔女は狩れ 〜 暗躍のうねり lj
〝だ、黙って聞いてりゃ、愚弄するにも程があるぞ? オレの名はアザ。アザ・アミン・エル=マムーン。大西……いや、M国の名家の長男だ。妖精といえどこれ以上の愚弄は許さない。今すぐ姿を表し詫びるのなら赦してやっても良いんだが?〟
コッティとルルの無邪気な嘲りに激怒する指揮官の男は、名乗りながら小銃を手にし前方に向けて構える。
実はこの機を待ちわびていたマコト。事前に装填しておいた螺旋ビー(ジンにも手渡したダイナビーもどきの螺旋ガイドライン表示+高速回転弾発射版と同じもの)を構え、スコープ内で拡大される情景に映る螺旋状のガイドラインを銃口中心に据えながら、螺旋ビーから弾を捻り出す。すると今、弾が発射し、ガイドラインに沿って突き進む。初速が鋭く徐々に勢いを失う弾丸と違って、マコトの放つ弾は初速は遅くとも、魔力でみるみる加速し、弾着時点では通常の銃の弾丸のそれを遥かに凌駕する。
〝ほぉぅ。まだ、というかまったく立場がわかっていなかったようね〟
そんな言葉を放ちながら、マコトはミリ秒単位の時間粒度で集中しながら弾の軌道を見守る。約0.3NM、大体500mの行程を、弾丸より進行速度はやや遅くとも、超高速回転で安定直進する。対空流やヘリの吹き下ろし流による乱れをものともせず、ガイドラインのオーラを操り小さな誤差を補正していく。
そして今、精密な軌道補正により、指揮官の男の構える小銃の銃口にスッポリと収まる螺旋ビーの弾。と同時にマコトは弾の胴体を銃口内面に押し付けるように広げる。
ぎゃぎゃぎゃぎゃ……。
すると高速回転する弾は銃口内で激しい摩擦を生み出し、銃口内の螺旋の筋は掻き切られる。続いてオーラがさらに後押しする激しい摩擦は瞬く間に高熱を帯び、銃口は赤く仄かに光りながら、その異常な発熱により銃身はくにゃっと曲がる。
しゅぅぅぅぅ……。
多少の音は騒音に掻き消される。螺旋ビーで打ち込まれた弾は回転方向にその力を発揮すると銃身の真ん中辺りで進行は停止するため、撃たれた側は小さな回転モーメントを僅かに受けるが、衝撃は感じず、撃たれたことに気付かない。ガンスコープを覗き込みながら、そんな状況に未だ気付けない指揮官の男は自信満々に言葉を放つ。
〝ふっ、強がらなくてもいいぜ。視えなくてもその辺りにいるってことだろ? 乱れ撃ちすりゃ、一発くらいは当たるんじゃないか?〟
すると、うまく銃の無効化を成し遂げたコッティ《マコト》は、落ち着き払った一言を返す。
〝え? あらら? いったいどうやったらそれができると? あぁ、まだ気付いていないのね? 滑稽ね。今撃つとあなた大怪我するわよ? 銃をよくごらんなさい?〟
男は、何を馬鹿なことを、といった顔付きで、スコープを静かにゆっくりと外しつつ、前方への顔の向きを保ったまま、視線だけ上下左右に跳ばす。
そして、銃の位置が充分に下がったところで、視線だけ見下ろすように一瞬だけ銃に向ける……つもりが、なぜかあり得ない曲がり方で銃身の前半が垂れ下がっていることに気付き視線は固まる。
驚きのあまり、顔は真っ直ぐ前を向いたまま、視線は下向きに固着、指揮官の男は大きく目を見開き、顎が外れそうなほどにポカーンと口を開く。
〝え? なっ! こ、こ……れは……一体……〟
あまりに驚き過ぎて、言葉にならない声がぶつ切りに飛び出す。
〝ふふふっ。畏れ多くも人ごときがわたしたち妖精に銃を向けるからよ。身の程を知りなさい!〟
銃を持つ手はゆっくり降りていき、膝の力は抜けたかのように、指揮官の男はソファーにドサッと尻を落とす。おそらくこんな屈辱は初めてだったのだろう。負けを認めたくない瞳は瞬きすら拒みながら、涙だけが溜まっては零れ落ちる。
〝ふぐぅ……ふぅーっ、ふぅーっ、ふぅーっ〟
為すことの善悪は別として、敵としてはなかなかに天晴な様相を見せてくれる。気高さだけは大したものを持っているようだ。歯を食いしばりながら、荒ぶる悔しさの感情を押し殺そうと藻掻いているようにも見えた。
そんな男のさまを見届けるマコトとイルだが、そんな様子に瞳を揺らつかせるイルを見て、マコトは念のための言葉を掛ける。
『イル? 同情は禁物だからね。激情を弾けさせるのはそういう性格なだけで、ヤツはママを苦しめレイラさんを殺しかけた「悪」の一員でしかもその中でも主要なメンバーだよ? そこのところ大丈夫?』
『だだだ、大丈夫だよ。そうだよね。この人、わたしたちを苦しめる悪い人だもんね。でもありがとう、マコちゃん。迸る激情のようなものがエモかったみたいで、ちょっとだけ気持ちが持っていかれそうだったよ』
感情移入しそうでイルは少し危なかったかな? とマコトは思いながら、落ち着きを取り戻し始めた指揮官の男を次のステージへと進めるためのやり取りを開始する。
〝ちょっとは身の程も知れたのかしら? 指揮官さん〟
指揮官の男はようやく感情の起伏も収まったようだ。眼の前で起こる超常現象を目の当たりにしてすっかり信じ切ったようだ。思いついたことを静かに吐露し始める。
〝あー。ホントにいたんだな? 妖精さん。オレは今の今まで信じちゃいなかったよ。さっきはオレも神の一族とか言ったものの同じく嘘くさいと思ってはいたんだが……あんたらがいるなら、神さまも本当にいるんだな? ……それに、まぁ、ただの人間、オレごときではあんたらに到底敵わないこともよーくわかったよ。悔しいがどうやら次元が違うようだ……それで要件は……目的だったか? これが知れたらあんたらはもう帰ってくれるのか?〟
さっきまでが嘘のように神妙な態度に変わる指揮官の男。マコトもイルも騙している若干の心苦しさは否めないようだが、今は心を鬼にして妖精さんの皮を被る。
〝そうね……まぁ、内容にもよるわね。と、その前に、あなたは指揮官と呼ばれているようだけれど、全体の指揮を執っていらっしゃるのかしら? それともこのヘリのなかだけ?〟
〝あー。全体で合ってる。この16機はオレが束ねている。だが、オレの兄弟、いや、姉と妹が別の機に分散搭乗している。なにかあればそいつらが指揮を引き継ぐし、オレに歯向かうこともあるから、完全な指揮官ではないかもな? あ、それと親父が別部隊から監視している。何かの作戦をやる想定らしいが、詳細は知らん〟
この司令官の男の言からは、今は矢面に立っているが、敵も一枚岩ではないことが浮き彫りとなるようだ。コッティは挑発を含ませ返す。
〝なるほど。わかったわ。やっぱりあなたはそこそこってわけね〟
〝くっ……組織がデカけりゃいろいろとあんだ……だがなんでそんなことを聞く?〟
〝それは目的を聞いてからね? っとその組織とやらも含めてね?〟
〝そう……目的だったな。人の些末な話だから、あんたらには関係ないと思うが、オレたちはソフィアという王女を連れ帰ることが目的だ。それが組織の悲願らしい〟
あまりにもあっさりとした目的の説明にマコトは呆気に取られる。
〝! …………え? それだけ?〟
〝あー、そうだが?〟
確かに質問に対しては簡潔な回答として成り立つようだ。なるべく詳細に触れたくないのか、必要以上に話さないつもりか、この男が気の回る説明ができない性格なのかはわからないが、そうならとマコトは話すように仕向ける質問に変えることにする。
〝では聞き方を変えよう。なぜ、そのソフィア王女を必要とするのか、と連れ帰るのになぜ害する必要があるのか、それを教えてくれ〟
〝なぜ、そんなことを知りたがる。怪しいな〟
〝おい。言葉の上では「教えてくれ」とは言ったが、洗いざらい話せと命令している。まだ立場がわかっていないようだが……足の1本でも捥いで見せればわかるのか? それに知りたがるわけは、おまえが話した後にわかることだ。さあ話せ!〟
のらりくらりと、返す男に苛立つマコトは語気を強める。
〝最初と違っておっかないが、そっちが素なのか?〟
〝おい、人間! 答えろと言ってるのだが?〟
すると、ようやく観念したのか、男はつらつらと語り始める。
〝わかったよ。ソフィアは王女だが、実は魔女だ。それもとびっきりの最高峰の魔女だと聞いている。詳しくは知らんが、その力が必要なんだと。さっき言ったよな? 神の一族だと。これは嘘じゃない。で、その神の王国再建に必要ってことらしい〟
〝らしい、とか、詳しくは知らん、とか、やっぱりおまえは小物じゃないか〟
〝ち、違う。オレにとってはどうでもいいことだから興味がないだけだ〟
〝ふーん。どうだか。じゃあ次はなぜ害するのかだが?〟
〝あー、さっきも言ったが、とびっきりの魔女だから、その力もバカでかく、一筋縄では捕獲は無理らしくて、なんとか弱らせる必要がある。殺す意図はない。死ななければ後から回復させられる段取りもちゃんと用意してあるから大丈夫だ。そんな力をどう振るったのか、オレたちの器材も半分はお釈迦にされちまったぐらいだ。しかも、どうやら今ではコッチの攻撃は防がれているように見える。銃撃も効かないようだし、ほんと厄介な相手だ。最高峰の魔女ってのはやはり得体がしれないな〟
人ではない妖精へ、人の些末な話として語ろうとしたせいもあるが、男の返す言葉には、ソフィアを人として見ていないと思われる節をマコトはひしひしと感じていた。特に今はまるで動物に対する人間の横暴な都合を押し付けるように、弱らせるが回復させるから大丈夫だと言ってのける男の言に、マコトは血管がブチ切れそうになる。
〝なっ、なにが大丈夫だ! それではまるで猛獣狩りではないか! それにおまえも同じ人間だろ? 受ける側の痛みはわかって言っているのか?〟
この男は鈍いのか、そんなマコトの怒る様子を意に介すことなく、話はエスカレートするように、男の舌は滑らかになっていくようだ。
〝猛獣か。確かにな。だが同じ人間じゃないぜ。歴史が物語っている。魔女は狩れ、ってな。近年その歴史的宗教団体が誤りを認める動きがある。あれは人間だった、無実の人間を迫害していた、ってな。つまり、裏を返せば魔女なら狩って良いってことだ……だが、オレたちは違うぜ? 今は少々手荒かもしれないが、迎え入れた後は、尊大に崇め奉って、その偉大な力を王国再建のために貸してもらうわけだ。今ちょっとだけ痛い思いをするだけで、後は薔薇色の暮らしが待っているわけだ。そう悪い話じゃないだろ?〟
今、約500m離れた位置からスコープでその姿を瞳に映し、オーラを介して男の声を拾って聞いているマコトだが、聞きながら、しだいにワナワナと身体を震わせながら、異常に握りしめた拳からは血の雫が滴り落ちる。
〝ふっ……ふっ……ふっ……ふざけるなーーーーーっ〟
堪りかねた言葉がマコトの口から噴出すると、同時に男を包むマコトのオーラが迸り、男の前で超高速で暴れまくる。へし折れた銃を超高速なオーラの刃の如き鋭さでバラバラにぶち切り、機内の方々に飛び散らせ、壁面に突き刺さる。




