ダークネス 〜 暗躍のうねり xlv
生命に関わる手当ては一段落し、レイラは今、静かな寝息を立てている。
レイラへのあらかたの治療は終わっている状態だが、突貫工事のような癒しだったため、身体のアチコチでチグハグした状態らしいこと、長年の戦場で負った筋肉組織の痛めた痕跡もチラホラ見受けられることから、レイラの身体の細かなチューニングのために、今ソフィアが全体的にゆっくり癒しを掛けている状況だ。
マコトはここから逆襲のターンに取り掛かるところだ。何をどうすべきかの案を振り返り、今の状況とを擦り合わせながら思案し始めたところに、イルから一報が差し込まれる。そういえばイルにオーダーしていたなと振り返るマコトは、新しく完成したらしきソレに、嬉しそうな表情で視線を向ける。
『はい! できたよ? ご注文の品……それと大きめのハンカチ? スカーフ? マコちゃんの髪……今、凄いことになってるから、必要かなーと思って……レイラさんに掛かっている隙間時間で、ちょっと作ってみたい衝動に駆られてね……実はこれに時間掛かっちゃってたみたい。ゴメンね?』
―― うゎ! このスカーフ? 艶消しのどこまでも真っ黒だ。格好良いかも?
―― 黒地の布に黒糸? えっとコレは猫の刺繍?
―― 暗闇に溶け込んだような……よく見ないとわからないけど可愛らしい黒猫?
イルは可愛らしいものが大好きな少女だ。そんなイルがマコトのためだけに仕立て上げた特別なスカーフ。それはマコトに秘める厨二病的な感性を擽り、どこまでも押し上げる一品だった。
愛らしさを象るモチーフとして黒猫をあしらったものだが、それ以外はイルらしさは感じられない、贈る相手を第一に考え、感じる印象を具現化したもののようだ。
『わー、サンキュー……なにこれ? 凄っ、格好良! 全然時間なんて掛かってないよ……』
どうやら、イルが知恵を絞り独自の感性を奮い立たせ苦心惨憺した甲斐はあったようだ。それを見たマコトの瞳にはキラキラが溢れかえる。
それはマコトの感性によく響き、嗜好のツボを刺激する。それはマコトの魔力にあらゆる方向への新たなベクトルを巻き起こす。
魔力の量や特性はただそこに在る静の状態でさまざまな力発揮へと結ぶが、マコトの内なる変化は、静かなる魔力の海にゆっくりと畝りを与える。そして魔力の畝りは、静の状態の力を数倍に押し上げる動の魔力へと錬成される。
イルがそれを意図していたかは不明だが、畝る変化はスカーフの黒猫の黒さを脈打つように変化させる。それは単に濃淡が変わるだけでなく、虹色のようなさまざまな色が微妙に加わるように怪しげに変化する。
―― いや違う! よく見ると刺繍に見えるエンボス感の魔力が塗られてる?
―― マコの魔力の強弱なのかな? そこだけ透過度が変化するみたい?
―― いや、もっと不思議で複雑な感じに色合いが移り変っていく?
―― これって、マコの力のバロメータみたいな? 不思議っ!
―― そういうところ、すっごい可愛いし、さりげなく格好良いし……
―― でもなんだろう? このダークネス感?
『って、コレ、真っ黒なのには、何かわけが?』
『あ! いや、フューヒューフュー……』
イルは途端に視線を明後日の方向に飛ばしながら、音にもならない口笛を吹く素振りを見せる。
―― やや? 怪しげ満点! もしやこれは何かを誤魔化そうとしてる?
『ははーん。やっぱりそうか。さてはマコがドス黒いってことなんでしょ?』
『あはははは……違っ、いや違わないか? 半分当たり! いつもは可愛らしさが引き立つように……って思いながらコーディネートしちゃうけど、今のマコちゃん、とっても凜々しいの……』
イルはマコトに黒いイメージを持ったことは確かなようで、それを認めたうえで、それとは別に、今のマコトの佇まいに対する思いを吐露する。
『え? 凜々しい? そんな風に言われたの初めてかも……あんまりピンと来ないなぁ』
―― マコの悪しき顔? よっぽど顔に出てたのかなぁ?
マコトは言われ慣れない言葉が、自身を誉めてくれていることは理解するが、なぜそう言われたかはわからずにいた。黒いと言われたこととの関連性なども疑うがやはりわからなかったようだ。
『うん。とってもカッコ良い』
―― でも……うゎぁ、イルが妙に持ち上げてくるなぁ。
―― ちとこそばゆい?
『え? そうなの? そうかぁ……カッコ良いかぁ……それなら、うん。ありがとうイル』
マコトの感謝の言葉に、イルは気恥ずかしそうに目を伏せながら小さく頷く。
マコトは、今の一人称はマコ呼びしてるが、その前はボクだった。そしてボーイッシュな格好を好み、多少の汚れも気にならない。アニメなどの物語もどちらかと言えば男の子寄り、ヒーロー系にワクワクする志向や性格だ。
それゆえか、可愛いと言われるよりも、カッコ良いの言葉に心は揺れるようだ。イルからカッコ良いなどと言われたら、実は心躍りそうなほどに嬉しいマコトだった。
そして今、マコトのカッコ良い語録に「凜々しい」の4文字が加わったことは言うまでもなかった。
さらに今、髪が凄いことになってる、と教えてくれたイル。そのために、頼んでもいないのに、大きめの格好良いスカーフまで準備してくれたこと、しかもそれはダークネス感溢れる格好良さで力を漲らせてくれるマコト専用の一品。これってすなわち心、いや愛? それが籠もった贈り物っていうんじゃない? っと捉えたマコトは、嬉しくて終始、頰が緩みっぱなしだ。
―― 本当に嬉しいなぁ、これ。イルありがとう。
―― なるほど、そっかぁ、そうだね。髪、束ねなきゃだ?
―― これだけ大きく広がってたら標的にされちゃうだけだもんね。
―― イルは本当に気が利くなぁ。
イルの思い掛けないプレゼントに心躍らせていたマコトはふと気付く。
―― ん、あれ? 今のマコの髪の毛、
―― マコのオーラをタップリ纏ってるのか
―― スッゴい柔らかなのにかなり堅牢そう。
―― ひょっとしてコレ、使えるかも?
どうやらオーラを纏うマコトの髪の毛は、柔らかいのだが、とても強いしなやかさがあるようだ。マコトはそれを使ったあるアイデアに気付く。
―― あ、針を飛ばすんじゃないよ?
―― って誰に説明してんだ、マコは?
―― ひとまず1本抜いとくか?
―― 痛っ! 髪の毛抜くのってこんなに痛いの?
―― 次からは切るようにしなきゃだ!
マコトは抜いた髪の毛をハムッと咥える。
―― ひとまず、まるで爆発してるような今の髪、
―― ポニーテール、少し上寄りの緩めでいいかな?
―― 魔力使うとき、ビッチリ縛ってたら、
―― 何かの変化で引っ張られて痛いと嫌だもんね?
イルから貰ったスカーフを、髪を結ぶために細長く畳んでいく。そんな最中もマコトの内なる脈動に連動するように黒猫が変化する様子にマコトは満足そうだった。
それを右手の親指と人差し指の間に掛け、頭の右上部に広げて当てる。続けて、左掌と指を器用に使い、広範囲にたなびく髪を集めて寄せていく。完成したポニーテールはひとまとまりになって後方にしなるようにたなびく。そこには戦に赴く女戦士を思わせる、その壮観な佇まいを醸していた。
すると、そんな姿を見ながら何かを感じたのか、イルは瞳を燻らせ、笑みを頰に浮かべながら、遅ればせながらの返事の言葉として、語り始める。
『うん。まるでジャンヌ・ダルク。今そうして髪を結ってる姿なんか、これから戦に向かう、精神集中のためのルーチン? 一つ寄せるごとに実際の一手を整え練り込んでいってるような、まさにそれ……強い意志を感じさせるような瞳……マコちゃんは今日入学したばかりの幼く可愛らしい純真無垢な女の子のはずなのに……歴戦の威厳や落ち着きを持った戦士のような痺れる瞳の動き、すべてが連動するような磨かれた所作……もう目が離せない……ドキドキが高鳴るのは仕方ないことよね?』
イルはまるで恋する乙女のように頰を赤らめながら思いの丈を話し切る。
「凜々しい」に続き、イルが並べ立てる格好良き表現に心が刺激され、それが自身に重ねられての称賛であることにマコトはむず痒さを感じる。そして、それまで浅い認識しかなかったジャンヌ・ダルクだったが、改めて、その人物への興味を唆られるマコト。
『あ、聞いたことがある……ジャンヌ・ダルクかぁ……んむぅ……』
唇に咥えた髪の毛が落ちそうになり、もう一度ハムッとマコトは咥え直す。イルは呼応するようにジャンヌ・ダルクへの説明を付け足す。
話しながらも、髪を束ね終えると、マコトの口以外は別の作業を開始する。ダイナビーもどきを取り出し、回転させ、その回転が外側に伝わるように加工したあと、ろくろのように何かを乗せて回し始める。
しゅぅぃーーん。
『そう……勝利の女神……百年戦争の最中に神の声を聞いてフランスを救った、歴史上の英雄ね』
『え? 凄っ! それカッコ良すぎじゃない? そんな凄い英雄に模してくれるなんて、マコにはもったいないよ』
イルが語ってくれたジャンヌ・ダルクの誉れ高いエピソードに、それが自身に向けられての言葉ならと気恥ずかしさを返すマコト。驚きに続けて照れが深まる。
キュィーン。
今度は、口に咥えたマコトの一本の髪の毛を手に取り、ろくろの回転面、その上に乗せたものに当て始める。
『ううん? そんなことない……もし今が時代の狭間なら、世界の窮地を救うのがマコちゃんだと思ってるもん』
『あれれ? イルの崇拝癖、マコもなの? あー、さてはよっぽど気持ち良かったのかな』
イルが確かにそう思っていることはわかるのだが、同じように感動し尊敬の念を浮かべるとき、かつてはジンやソフィアに対して、神がかるような思いで「様」を付けて呼びたくなる崇拝癖があり、今回もマコトに対して何か思う節があったのだろうとマコトは思ったようだ。その先にふと、魔力注入を熱心に願い出てたイルの姿を思い起こす。そういえばジンやソフィアのときも魔力絡みの力を垣間見た場面だったなと。
『違っ、いや違わないけど、あれ? さっきと似たフレーズね? って……キ、キスはそうだけど、今のマコちゃん、黒いことも今は置いといて、佇まいからして、風格漂う英雄、まんまだよ?』
慌て、顔を火照らせながら、イルはキスのことは素直に認めつつ、それらとは別の視点からそう思ったことであると訴える。
『そそ、そお? そう思ってくれてるのなら、正直嬉しいけど、今のマコはこんなにも小っちゃいから、威風堂々とした佇まいには見えない気がするけどね』
『まぁ、実際子どもなんだから、確かにそうなんだけど、ちっさいと思われない、比較対象物がない状態の絵面なら、英雄に見てくれるかも? あー、やっぱりだめか、マコちゃんやイルみたいな子どもって、身体に対して頭の割合が大きいから、子どもってバレちゃうけどね』
『そ、それだ!』
『え? な、何?』
イルの子ども体型に関する言に、マコトは声を上げる。
『あー、うん。マコも常々考えてはいたんだ。何か凄いことをしても、どんなにカッコを付けても、見てくれは子どもだから、温かい目で見られちゃって、こっちの本気度が全然伝わらない、って場面ない?』
どうやら、子ども体型は特に大人に対する説得力を欠くもののようだ。
シュュュュュュュュー。
今度は、髪の毛から、イルに作ってもらったガラスを磨く布に取り替えて、ろくろの上に乗せたものを磨き始める。
『あー、あるある。そうだよね?』
『そう。イルが言ってくれたように、問題は頭の大きさ、比率の問題なんだよね? というか、瞳? 顔の中でも子どもの目って特に大きいからバレバレ。そこで、そんな姿のビジュアルを見せるときは遠近法でごまかしてはどうかなーって』
『なるほど。それはいいアイデアかもね。だけどそれ、写真なんかの静止画限定になっちゃうね』
マコトは遠近法によるごまかしを上げるが、イルから苦言が返される。
『そ、そうなんだよー。さすがイルは気付いたかぁ。でもマコたちはオーラで写し身が作れるから、遠近法とは違うけど、遠近法を参考に写し身のパーツの大きさを変えるって方法もあるかなーってこと』
しかし、マコトにはそんな苦言も織り込み済みで、遠近法で見せるのではなく、遠近法による見え方を元に写し身に反映させるものらしい。
S国からの帰国便での、テロ組織の戦闘機急襲の際に、パイロットを緊急脱出させるときに、妖精の姿の写し身で可愛らしく振る舞ったことがある。そのときは、パイロットたちのその後の更生を願ってのもので、妖精の姿はそれに適したものだった。
しかし、今回のような悪辣な輩が相手の場合、もしも姿を見せることが在った場合に、妖精のような可愛らしさを振る舞う必要はまったくないわけだ。今回、それができるかは不明だが、マコトの頭の中では、もしもやるなら、ジンの言葉の通り、心胆寒からしめてやる必要があるとの考えを巡らせていたわけだ。
『あー、なるほどねー。確かに。でもそんなことできるのマコちゃんだけだけどね。あははは』
『あ、そーか。でも、イルもそのうち上手になるよ。最近いろいろパワーアップしてきてるしね。ってことで、できたー、レンズかんせーい』
どうやらマコトの作業の一部が完成をみたようだ。作成したものは大きめの2つの凸レンズと、眼鏡のレンズのような1つの凸凹レンズだった。
『イルもそのうちできるようになるのかな? イルは絵心がないから難しそうだけどね。っていうか、さっきから何か作ってるなーとは思ってたけど、レンズ? 今度は何作ったの? なんか「ろくろ」みたいなの回して、一本の髪の毛で形を整えてたように見えたけど……』
『ふふーん。細かいところは全体完成してからのお楽しみ! これでひと泡吹かせてあげられるかも。グフフ。楽しくなってきたぞ!』
『もー、マコちゃんってば、説明また面倒くさがってぇ……でも楽しみかも?』




