乙女の解釈無双 〜 暗躍のうねり xlij
マコトは今にも事切れそうなレイラに魔力注入し、なんとか引き戻しに成功する。レイラの意識が身体とともにみるみる回復した様子は一同に歓喜の声を巻き起こす。
『オー! やったわマコちゃ……え?』
『オー! やったね凄い、マコちゃん……って、あれ?』
次の瞬間、驚きの声が歓喜の感情を打ち消す。
『あらー、あらあらー、どうやら、レイラさんも仲間入りしちゃったみたい?』
『ふわゎゎ、ソフィー、これ良かったの?』
『え? イルもママもどうしたの?』
元々赤毛の混じった髪色で瞳も灰色に近い感じだったレイラ。それがなんと、今ではやや光を帯びた漆黒の髪、黒い瞳、そして、一回り小さく引き締まった身体に、顔もややこじんまりとした、美少女に変化していたのだ。
夢見心地のレイラは、赤ちゃんのように小さな身体を密着させるマコトを愛おしく思うのか、強く抱き締め、女性としても心を満たされたような表情で、その一方では、気持ちよさを求めるかのように、一心にキスを貪るレイラだった。
段々と力強く抱き締められるマコトは、苦しくなり、武道などでよく行われるストップの合図、肩や背中を叩いて停止させる方法でレイラに知らせる。
〈ストップストップ! おばちゃん、じゃなかったレイラのオネーサン? ストップストップ!〉
すると、何か小うるさいなぁ、と不機嫌そうに眉をひそめる。焦点はぼやけて、まだ夢見心地、すなわちレイラは寝ぼけていたわけだが、レイラにすれば、今その瞳に朧気に映す情景、今日見知ったばかりの顔がそこにある、が、それはあるはずのない情景、敵だからだ。
―― ん? この娘は……確か……マコ?
―― ははっ……オレは夢の途中か……だからこんな近くに……
―― 敵なのに……それほどオレは気に入ってたのか?
―― まぁ子どもは皆可愛らしいものだが……
―― ただこの娘の場合はなんだかキラキラしてるような……
―― 見てるとなんだかドキドキが止まらない……
―― これほどの愛らしさが反則級なのか? ……
さらに、味方ですら近付けたことのない、あり得ない距離間にあるという不思議。ならば、これは夢の続き……。
―― そうだ、このどこまでも愛らしいこの子ども、マコ。
―― オレも結婚していたらこのくらいの……
―― いやそんな相手もいなかったか。
―― 闘いに明け暮れたオレに恋愛はハードルが高すぎるが
―― きっと子どもは欲しかったんだなぁ……
などの、寝起きの覚束ない思考がゆっくりと巡っていくレイラだった。
〈ストップストップ! オネーサン? ストップ! 苦しいよぉ〉
しかし、そんな曖昧な感覚的思考も時間の経過とともに解像度は増していく。改めてストップの声は現実であることにハッと気付き、意識をしっかり引き戻す。
苦しがるマコトを抱き締める腕の力を抜くと、抗うことに疲れ果てた様子のマコトは、レイラの右肩に、その首に吐息が掛かる向きに目を瞑って頭を置く。マコトの頭の重さを心地よく感じながら、ようやく今、瞳に映る情景をはっきり現実と捉えられたレイラだった。
〈あれ? なんだこれは……え? おまえはマコか? なんでここにいる? まさか、さっきまでのは夢じゃなかった?〉
マコトの顔をやや離しマコトの疲れ果てた顔を覗き込むと、無意識に自身の唇を押さえながら、ようやくレイラは正気を取り戻したようだ。
そうして目の前、いや右肩に頭を預けるマコトの可愛らしい顔があり、その下に目を移すと裸のマコトがまるで赤ちゃんのように自分の胸に張り付いている。
ほんの一瞬だけ、自身の産んだ子がマコトで、それを慈しむように抱いている、と思い間違えそうなほどしっくりとした実感がそこにはあった。
―― オレはいつの間に子を産んで?
―― いやいや、そんなはずはない
―― なによりオレは処女だ
などと心の錯綜も始まったが、なにより顔は自身とは似ても似つかないことから明確に違うと結論付ける。
まだまだ頭はふわふわとしているようだが、それを認識すると、その張り付き具合から、自身の肌に直接密着しているのではとの思いに至る。それを確かめようと、マコトの両脇を掴んで浮かすと、その感覚は正しかったこと、そしてそれが示す別の事実を思い知る。それは自身の上半身が裸であることだ。と同時に、ようやく、その周りにいるソフィアとイルの存在にレイラは気付く。
〈あれ? ちょ、ちょっと、おまえら、オレに何を……いや、ちょっと待て……そういやオレは痛みで気を失って……今は? あれ? 何ともない……いや、むしろ前よりも力漲る感覚……でも、なんだ? それが今のこの状況とどう繋がるんだ?〉
レイラにとって、周囲の状況は困惑したままだが、立て続けに判明していく小さな事実を連ね、得ようとした自身に対する状況理解は、好過ぎる体調によって因果関係はまたも不成立。さらに困惑を深めるばかりのレイラだった。見かねたソフィアは説明を始める。
〈お、落ち着いてレイラさん。あなたは死にかけてたのよ?〉
〈オレが死にかけてた? このオレが? まさか……〉
瀕死となっていた事実を告げられ、武に長けたレイラは当たり前のように撥ねのける。しかし、ソフィアの言を疑う言葉を吐きながら、同時に記憶を辿りながら、周囲の状況を確認するレイラ。
後を追うように蘇る情景はソフィアの言の正しさを裏付ける。ふと思い直したように言葉を続ける。
〈いや、そうか……オレは確かに血反吐を吐いていた……そんな記憶が確かにある……ということはソフィアが助けてくれたということか?〉
それを受け止めれば、助けた誰か、それはイコール、ソフィアであるとの推測から、事実を確かめずにはいられないレイラだった。
〈ええ、まあ、そういうことになるけれど、肝心なところは、娘のマコちゃの力になるわね。ほんと、ギリギリのところだったわ。マコちゃの魔力注入でなんとか持ち直せた状態なの〉
すると、肝心要な助けとなったのは、目の前に抱える幼き少女だというソフィアの言に、今さらソフィアを疑う余地もないが、それでも幼き見目の少女のどこにそんな力が、とさらなる驚きをレイラは重ねる。
今話題に自身が登場したため、疲れた表情を揺り落としながら頭を起こし、ゆっくりと目を見開きながらレイラを見上げるマコトは、屈託のない笑顔を綻ばせる。
〈な、なに? この娘にはそんな力が?〉
〈おば……ううん、オネーサン、助けられて良かった〉
―― この娘、マコだったな。
―― なかなかどうして律儀で丁寧。
―― しかも見れば見るほど可愛ゆさが……
―― これはもう……刺さってきそうだな。
―― 流石はソフィアの血筋ということか?
マコトの眩しいほどの可愛らしさに絆されながら、レイラは今助けられた事実を受け止める。
〈そうか。敵なのになぜ助けてくれたのかはわからんが、感謝する〉
すると、意識がなかったから仕方なく、了承なしに身体に触れたことを思い出して、改めてマコトは謝る。
〈あ! ううん。それとね? 仕方なくだけど、オネーサンの唇と肌に触れちゃった。ゴメンね〉
そんなマコトの可愛らしい声に擽られていると、その中に聞き捨てならない言葉が混じっていることにレイラは気付く。だが、それよりも気になる感触が芽生えたようだ。
―― なな、なにぃ……。
―― どこに触れただと?
―― あー、まぁいい。そんな話をしていたら
―― お尻の穴がムズムズしてきたぞ?
気になり始めたら、余計に確認せずにはいられなくなるレイラは遠回しに問いかける。
〈あー。仕方なかったのだな? なら仕方ない……あー、なんか変なやり取りだが、まぁいい。それと、少し気になるのだが、今もこうしてオレの胸……裸が見られている。だが、お前らも女だし、おそらく必要だったのだろうから、恥ずかしくはあるが、まぁいい〉
と、ここまでのレイラはきっぷ良い物腰を見せてきた。しかし、ここからはソフィアに向けて、顔を寄せる意味の人差し指のジェスチャーのあと、ソフィアの耳に小声で囁く。
くいっ、くいっ。
〈だが、その、お、お尻がなんか気持ち悪い感触があるのだが、何か知らないか?〉
レイラの言に急浮上する「お尻」の話題。思い当たる節しかないソフィアは、反射的に声を漏らすと、ぎこちなく明後日の方向に視線を跳ばし、音の鳴らない空の口笛モーションをなぞる。
〈あ! ゲフンゲフン。フィー、フィーッ〉
その挙動を見逃さなかったレイラの目はフッと広がる反応を見せる。
―― ほぅ……何かを知っていると……
レイラは片目を細め、ソフィアの瞳を捉えて放さない。
ソフィアはしらばっくれようとも考えたが、もうこの場で取り繕うは困難と、ため息とともになかば観念し、コトの真相を詳らかにすることを決める。
〈あははは……ちょ、ちょっとね〉
何より乙女の究極の恥じらいに関わる事項ゆえに知らなければ誰も傷つかない。できることなら墓場まで持っていこうとまで考えていた。知らずに済めば平和なはずのものだからだ。
〈まぁ隠しても仕方ないか。隠す意味もないし、本当に命の危機に対する最終手段、もう間に合わないと思ったからちょっとね〉
また、この説明を行うには、かなり面倒な段取りの説明ともなりそうだったから避けたかった節もある。
〈お尻をホンのちょっとだけ刺激させてもらったの〉
―― は? おお、お尻に刺激?
―― ささ、触られたということか?
―― 上だけじゃなく下もか?
―― まさか前も? ……
〈え? なななな、なぜ? お尻?〉
―― まさかこの娘たちにも
―― オレのあられもない姿を?
―― それは恥ずかしすぎ……オレの威厳は?
〈もも、もしかして……〉
そう言いながら、レイラはマコトやイルをチラ見する。察したソフィアは被せ気味ににこやかに返す。
〈あぁ、そうね。安心して! 見てもいないし触れたのはわたしだけだから〉
―― ホッ、なら……いや、でももう
―― 胸を見られたなんて次元じゃあ……。
―― オレはもう嫁にすらいけない?
―― いや、もうそれは半分あきらめてはいるが……
―― ただオレもまだ一応、乙女のつもり……。
―― 一度くらいは恋愛をその……。
―― だが、何を……どうして……一体どんな理由で?
―― 考えるほどに熱く……は、恥ず……ひぃぁああ……。
〈あ、マコちゃの施術とはね、キス。唇を合わせて、舌を絡める必要があったのね……〉
―― 今ソフィアはなんと?
―― キキ、キス?
〈え! ききき、キス? オレのファーストキス!〉
レイラはハッと気付き慌てて両手で口を覆う。
―― ……は知らない間に奪われたと……。
強面のレイラだが、武を極めた分だけ、その実はとびっきりの純粋さを秘める乙女だった。
〈いや、今さらそんなことを気にする年でもないが、初めてはもっと、その……いや、忘れてくれ、この年にもなってキスの経験もないなど、かえって恥ずかしい話だな〉
―― いや? だが、ちょっと待て!
―― 相手はこの娘、マコ。
―― なら、男でもないし、
―― ましてやそれが赤ちゃんにもほど近い
―― 幼い女の子というのなら……
―― もしや対象外なのでは?
恋愛観に対して、限りなく純白に近いレイラだったが、ふとすべては解釈次第ということに気付くのだった。
それはただ、自身に対する言い訳が欲しかっただけなのかもしれないが。




