お仕置きの時間 〜 暗躍のうねり xxxix
レイラと敵発砲への対処は急ぐ必要があるが、ヘリの音響機器対処は、もう少し時間を要するまどろっこしい性質のもので対処には時間を要することがマコトの懸念事項だった。だからこその優先順位を尋ねたマコトだったが、ジンの状況判断は合理的かつマコトの懸念を見事に払拭するものだったから、マコトの表情は一気に明るくなる。ただ、そう判断せしめる妙案とは? とマコトは心を燻ぶらせる。
『わかった。せっかく作った回転構造体だけど解放するね?』
『あぁ、いいぞ。それにしてもかなり大掛かりなものを作ったんだな? まぁ、意味合いはわかるがな。それ解放できたら、マコトはいったん手が空くな』
『うん。あー、回転構造体ね。1個2個の対処なら直接向かうだけで良かったんだけど、多機数に対して、ヘリの下から対処する必要あるから、位置と速度のエネルギーを保持する必要があったんだよね。そうしないとヘロヘロになって、時間はかかるし見つかりやすいしだもん。パパならわかるよね? ……あ、そうそう、その妙案って何のこと?』
――<補足:空間のエネルギーについて>――
空間のエネルギー、あるいは力学エネルギーというものがある。これを知らないまま読み進めることは、大空の醍醐味すら伝わらないと思えるため、ここに簡単に補足する。
映画やアニメなどで、遥か上空に占位する敵戦闘機の絵面を見て何を思うだろうか? きっと、敵機が来たからただヤバいとは考えるだろう。だが、それは例えば低空で侵攻してくる敵機よりは、高さにより距離的に遠い感覚から、おそらく比較的に心穏やかな感じ方ではないだろうか?
しかし、これが地上、または下方に位置するパイロット目線なら、かなり劣勢なヤバい状況、殺られるかもしれない危機感に襲われる状況と言える。上空から超高速で狙いを定める鷹と、それに気付いて逃げ惑うがどうにもならずに狩られる鳩のような状況構造であるわけだ。
実際にパイロットとして空を飛び、特に曲技飛行や空中線などをやった経験でもない限り、理解は難しいことかもしれない。
特に近年のアニメを見ている子どもたちには、森羅万象・物理の理の基本すらも度外視した映像表現しか見せられていないから勘違いをしてしまうかもしれないが、空間にあるものが何かを為すためには物理的なエネルギーというものが必要ということだ。
そのエネルギーとは、すなわち高さと速度のことを指している。速度を失った飛行機は回避行動すら採れずに背後を取られて簡単に撃墜される。もちろんそこには推力も関わってくるが、速度を得た飛行機でなければ、ループはもちろん、旋回飛行すらもままならないわけだ。そして、高さがあれば、それを活かして速度を得られ、反対に速度をもって高さを得ることも可能だ。
遥か上空に位置する戦闘機は圧倒的な優勢を維持する。仮に低空で地上を攻撃する敵戦闘機が暴れまわっていたとしても、上空に護りの戦闘機が位置していたなら、これをいとも簡単に蹴散らせるというわけだ。反対に上空に護りの戦闘機がいる状況で、超高精度な対空兵器か、エネルギー差を跳ね返す超高出力な推力でもない限り、低空攻撃を仕掛ける愚かな敵戦闘機などいないとも言える。
しかし慣性の世界においては、ジェットエンジンなどの高推進力なエンジンがあっても、一瞬で高速度を得られることは絶対にない。速度はジワジワとしか得られないもの。推力が速度を生むにはそれ相応の時間、早くとも数十秒を必要とし、それが慣性の世界なら、ミリ秒単位で刻一刻と変化する一瞬一瞬の勝敗を分ける鍵とも言えるわけだ。
一番身近なところでは、水平旋回飛行で、水平直線飛行から機体を傾け何れかの方向に旋回していく場合、そのバンク角にもよるが、揚力を旋回方向への力成分に振り分けるため、高度を保持するには仰角を上げる必要が生じ、速度はどんどん失われていく。それを補うべく推力を追加していく、という寸法だ。
重力という壁はかなり大きい。あまり知られていないかも知れないが、宇宙ロケットのように垂直方向に推進していける飛行機はほとんど存在しない。一部、F−15のような戦闘機で、アフターバーナーをドバドバ使って上昇していける飛行機も存在するが、アフターバーナーを使えばアッという間に燃料も底をつく、短時間限定の推進力だ。つまり、それほど強大な重力を味方につける方法が高さを確保することで、適宜、速度に変換しながら高い機動力を維持しつつ大空を制するという構造が生まれるわけだ。
マコトは、その攻撃の対象がひとつやふたつなら、今回のような手の込んだ構造体構築は行っていない。もしも構造体なしで進めた場合、下方から近付き、真下付近から昇る必要があるが、その過程で速度をどんどん失っていき、そこに時間がかかるだけでなく、敵に見つかりやすい状況も生む。上昇のためには魔力を推力の糧にするしかないから、どんどん魔力も削られていく。さらに次の対象へと向かうときには速度0から始まる機動となるわけだ。そんな状況ではトータルの時間も大きく跳ね上がるだけでなく、速度を失ったノロノロの場面が多く生まれれば、敵の目にも晒されやすいことになる。
マコトはそれをなんとかしたいために、構造体を使って、常に回転運動の中に身を置いて、高さと速度を適宜交換しながら回転することで、少ない魔力消費で高速度を保持しつつ、また接点を少なめに隠密性を維持しながら、次から次へと素早く鮮やかにコトを成していったというわけだ。
裏を返せば、マコトのような力を有しない限り、広範囲に散らばる敵機への同時多数対処などは不可能なことで、誰もが匙を投げる状況であるとも言える。
――<補足:空間のエネルギーについて。終わり>――
『ああ、わかるさ。もうすっかりパイロット顔負けな空間の捉え方が身についてきたんだな。さすがマコトだな? ふふっ。あと妙案ね。だってあれ、マコトが解析してくれただろ? あのパラメトリックの高周波ビームはかなり高精細な制御の上で成り立ってるってわけだ。ということは?』
『ということは? ……あ! 少しズレれば当たらないってこと?』
『せいかぁ〜〜ぃ! ソフィアのいるところはゴンドラみたいに動かせるっぽいからな』
ジンの解説はマコトの心のモヤモヤをすっかり晴らす。いつもながら、ジンの判断は頼もしいなと、マコトは頬を緩ませる。
『なるほど! なら何の懸念もなく回転構造体はポイっだね』
『そういうこと。だからマコトは、レイラさんのほうに掛かってくれるか?』
『マコ了解! でもうまくやれるかな?』
やるべきことが定まっていくが、レイラへの対応もいざどうやるかを心に照らし合わせると、また少しだけ心配事項が湧き上がったため、ジンに尋ねるマコトだった。
『もしうまくいかなそうなら、呼んでくれ。だが、帰国便でのマコトがオレを蘇生したときの力は凄まじかった。今のオレがあるのはマコトの力のおかげなんだから、自信を持ってレイラさんを助けてこい!』
またも自信を漲らせるエールをくれるジンに、敬意を表したいのか、自然に浮かぶ返事は軍隊式だった。
『イエス、サー!』
さらに追加のアドバイスがジンから告げられる。
『フフッ。あー、あとな……真正面のヘリだが、おそらく単独、独断で発砲するあたり、敵のキーマンの一人が乗ってるのは間違いなさそうだ。オレも怒りが滾ってる。どう落とし前を着けてやろうかってな?』
『だよね。マコの大切な家族に粉掛けて来てるんだもん。パラメトリックなんちゃらまではグッと、ホントにグゥっと、なんとか我慢できた……』
マコトは俯きがちに一瞬の間を挟むと、漆黒の髪が質量を失ったかのようにゆらりと浮かび上がり、それに伴うようにマコトはゆっくり頭をもたげていく。同じくゆっくり起こしていく漆黒の瞳の奥の奥には炎を灯したような怪しい輝きがチラつく。
『でもね……銃口を向けたのなら話は別!』
漆黒の髪はそのまま天に向けてゆらりと逆立つようにマコトの身体全体の表面から空気が立ち昇り、髪を揺らめかせる。
そんなマコトの様子に目を見張り、瞬きもせずに両手で口を覆いながらイルは静かに見惚れていた。
―― ふぅゎぁ……なんて神々しいのかしら?
―― これが漆黒の真の力、顕現する瞬間なのね?
―― 尊いわぁ。
『もちろん命を奪ったり、大ケガさせたりをするつもりは毛頭ないよ?』
普段のマコトとは様相の異なるしたたかな瞳が見据えるものはすぐ目の前の空間だ。そこに何かを思い描くのか、視線をひた走らせながら、マコトの頬は愉悦に染まる。
『でもね、せめて同じ思い、いや、もっと怖い思いくらいはさせてやらなきゃ、この気持ちに全然収集が着かないよ! どうしてやろうか……グフッ』
マコトの顔の向きは、真っ直ぐ正面とその少しだけ右、そしてそのまま左へと動かした後は正面の少し上に止まり、言葉を続ける。その言葉は一句重ねるごとに重く、笑みとともに凄みを増していくのだった。
『お? 何かいいアイデアがありそうだな? そうなら、大ケガしない程度なら遠慮は要らない。是非とも心胆寒からしめてやってくれ』
怒りは気持ちを高ぶらせるが、マコトの芯は怒るほどに冷えていく。自身が大切に思うものを傷付けるものに鉄槌を、とまでは考えていないにせよ、タダで済ませるつもりは毛頭ないわけだ。怒る先を懲らしめる手数を想像すればするほど、気持ちだけを高ぶらせていては充分にコトを成せないと考えたこと、また何よりも如何に懲らしめてやるかの思考そのものがマコトの心を強く揺さぶるからだった。
それは思考をどこまでも深く研ぎ澄ますような変貌の様子だった。そんな心の内を後押しするようなジンの言葉を受け、高い声だがいつもよりも低く落ち着いたトーン、やや凄みを押し殺したような声質でマコトは返事する。
『アイ、サー! 逆襲のターンだね!』
―― お仕置きの時間……さぁ、行くよ!




