合理的な判断 〜 暗躍のうねり xxxviij
ドシュン……………………チッ…………ガシュッ……
飛行対流による暴風騒音ベースの静寂を打ち破る一撃が放たれる。
『ななな、何? 何が起こった?』
イルはちょうどその瞬間を目撃していた。それぞれ視界の端に捉えていた発射元と着弾点を見返しマコトに告げる。
『マ、マ、マコちゃん? 真正面のヘリから何か撃ってきたよ! たぶんソフィーのところに当たったような? ……』
イルの言葉を聞いたマコトは、即、ソフィアの方向を見て叫ぶ。イルも続く。
『え? ママ? ママーっ!』
『ソフィー! 聞こえる?』
しかし、呼べど叫べど応えなき状況に、マコトの血の気はしだいに引いていく。
『ママーっ、聞こえたら返事してーっ!』
幾度となく繰り返す言葉に返る言葉はなかった。マコトの表情はしだいに悲愴感を帯びていく。まさかとは思う状況が脳裏を掠め、マコトの瞳はしだいに潤み始める。とそのとき、ふと返って来た言葉が耳を擽る。
『ああ、マコちゃ? そしてイルちゃ?』
聞き慣れた優しい温色のトーンは、紛れもなくソフィアのものだった。
『え? ママ? ママなの?』
『ソフィーなのね? ……良かったぁ』
深まるだけ深まった悲愴感、喪失感はものの見事に打ち砕かれるが、思いにしたためられた顔の悲しみの表情に、嬉しさと涙が掛け合わさってなお歪む、既に見事なブス顔のマコトだが、感情はさらに綻び、いっそう顔を歪ませる。
『うぅぅ……ズズッ……』
―― 「良かったぁ」って言いたいだけなのに……
―― 胸の中から何かがこみ上げる。
―― 鼻も喉も涙がいっぱい溢れてきて言葉が出ていかない。
両極端な思いに立て続けに引っ張られて溢れたマコトの涙は簡単には引っ込まない。話そうと思ったものの鼻を啜ることしかできずマコトは押し黙る。
『ごめんごめん。マコちゃのその様子……どうやら相当心配掛けてたようね……ありがとう。何かがシールドに当たったみたいで、中で激しくこだまして暫く耳が聞こえてなかったの。びっくりしたわぁ……何だったのかしら? まさかの狙撃? されたってことなのよね? 私……。でもそうよね。そうなら後ろに飛んでったアレ……』
謝りながら事情の説明を始めたソフィア。
『グズッ……うぅ……よかったよぉ……本当によかったぁ……大丈夫だったの? 怪我は? シールド壊れてない?』
ようやく言葉が喉を通過させられたマコトは、さらに別の状況を話そうとするソフィアに被せるように思いをぶつける。
『ああ、うん。シールドは掠めたみたいだけど、たぶん大丈夫。でも狙撃ならその跳弾? っていうのかしら?』
『うん……そうじゃない? ススン』
ここまで話せて、ソフィアが無事な現在の状態に心を置けるマコトは、平常に近い会話ができるまでに立ち直ってきていた。それでもリアルの会話なら、瞳や喉はいつもの状態をまだ取り戻せていない。これが念話ならではの利点なのだろう。
しかし、そんなマコトの姿を直接瞳に映すイルは、ソフィアの無事に安堵したら、それ以降、マコトの泣きっ面を見ながら、静かに貰い泣きしていたのだった。
会話はソフィアが気にかけてたV国への影響へと移っていく。
『たまたま後ろ向いてたから、V国ヘリのお腹のポッドみたいなのに当たったみたいに見えたわ。機体揺れてるけど大丈夫かしら?』
『あ! ホントだ……でも今も揺れてるのは、もしかすると……中に例の動物がいてびっくりして暴れてるんじゃ? なんとかしてあげたいけど今は手が離せそうにないから……』
跳弾が当たったのはどうやらV国ヘリのポッドのようで、少し時間経過した今でも目に見える揺れが残っているのは、中にいると思しき動物が暴れているからだと推測するマコトだった。
『あ、動物かぁ……そういえば……そんな話もしてたわね。今の発砲は、音からもたぶんライフルみたいなもの? つまり弾は小さいと思うから、よほど当たり具合が悪くない限り、壊れたり落ちたりすることはなさそうね。きっと大丈夫。このシールドもね』
力強い言葉を放つソフィアに、それを心配していたマコトの心は徐々に癒される。ただ、警戒も次への備えも怠ってはいけないと、今の知りうる状況とともに注意を促すマコト。
『わかった。ママは注意してね。攻撃してきたの、正面のヘリっぽいから、できたらシールド重ねてみて!』
『なるほどね。わかったわ。そういえば、戦闘機の20mmの機銃、バルカン砲って言ったかしら? そんなものでも持ち出さない限り、このシールドは破られることはないから大丈夫よ? 念のために重ねてはみるけどね?』
娘に気遣われ、受けたアドバイスも実行するが、力強く大丈夫だとソフィアは強調して返す。ただ、もっと注意すべき事柄があるのだと、続けて今の最大の懸念事項をソフィアは話し始める。
『それより今はこのレイラさん。アチコチ、特に身体の末端側の治癒修復はうまくいってると思うのだけれど、心臓付近が深刻っぽいの。今はなんとか繋いでるけれど、後でジンかマコちゃの救援が必要かも? わたしの癒やしだけじゃ限界かもしれないのよ。ジンのあの、根幹を取り戻せる力が必要そうに感じるわ。最近のマコちゃにもその力が備わってきていると感じるから、急ぎの今、そっちを試してみたい気もするのよね?』
それはレイラの深刻な状態についての説明に始まり、本旨はジンかマコトへの救援要請だった。
『了解、マコでもいいなら直ぐに行けるよ? ……あとパパ? ついに撃ってきやがったよ? どうしたらいい? マコは怒り心頭、もう赦せないのだけれど。ああ、そうそう。今のマコは敵のヘリ腹部の音響機器無効化は大体半分くらいできたと思う。それとマコの魔力はまだ全然余裕だよ?』
すぐ近くにいるマコトだから、対応可能な旨を返す。伝えたいことはそれだけではなく、ひとまとめに、銃弾を放った相手への対応と、今のマコトの抱える状態をジンに伝え、何を優先すべきかの判断を仰ぐ。
敵に関することの対応上限だけは判断がつけにくいことから、ジンに総合判断を委ねてしまうが、できるならレイラの対応も敵への対処も、どちらもやらせて欲しい意気込みを込めるマコトだった。
『お! もう半分もいけたのか。凄いなマコト』
『そそ、そうかな。まぁ、そうだね。クルクル巡って回ってのアクロバット飛行みたいにやったからね。最初はイルもゼイゼイ言ってたくらいだから、けっこう速かったのかも?』
『おお! なるほどね。ああ。敵の威力が半分も削げたのなら脅威は激減だな。それにマコトのおかげで回避の妙案も見つけられたわけだしな? 警戒は引き続き必要でも、優先順位は下げても良いのかもな。そういうわけだから、マコトたちはヘリの音響機器対処はいったん放り投げていいよ』
レイラと敵発砲への対処は急ぐ必要があるが、ヘリの音響機器対処は、もう少し時間を要するまどろっこしい性質のもので対処には時間を要することが、それを抱えるマコトの懸念することだった。だからこその優先順位を尋ねたマコトだったが、ジンの状況判断は合理的かつマコトの懸念を見事に払拭するものだったから、マコトの表情は一気に明るくなる。ただ、そう判断せしめる妙案とは? とマコトは心を燻ぶらせる。
『わかった。せっかく作った回転構造体だけど解放するね?』
『あぁ、いいぞ。それにしてもかなり大掛かりなものを作ったんだな? まぁ、意味合いはわかるがな。それ解放できたら、マコトはいったん手が空くな』
『うん』




