負えぬ責と真の敵 〜 暗躍のうねり xxxij
マコトの有用な報告から、思考を重ねて高い解像度の憶測を導き出したジン。それはパラメトリックスピーカー、そして共振周波数というキーワードに収束され、身近な「音」に多数機導入という大掛かりな仕組みが介在することに違和感が生じるマコトだった。
ジンはそれらが示す可能性を続ける。
『そうだな。だがもう一つ、その効果を絶大に引き揚げる仕掛けがあるとしたら?』
『え? というのは音波をここまでのエゲツなさに変える仕組みってこと?』
ただの音という世界なのに、そこに秘められた悪しき可能性に顔をしかめるマコト。本来なら、そんなことは知らずとも、知っていてもそれ以上を気にすることない、ただ眼の前の他愛ないことに屈託なく笑顔を見せてくれればいい、マコトはそんな年頃の少女だ。巻き込んでしまったとはいえ、しかめる表情を浮かべるマコトを見れば、心に陰りを覚えるジン。ただ今は全部護りたい、正しく在りたい、そしてマコトの成長を見守りながら、それを親として正しく伝えたい。そんな思いとともに、ジンは一つ一つの事象を紐解いていく。
『そう。ここからも憶測に過ぎないけど……まず低周波の場合、波長がバカでかいから、そのまま全方位に拡散する性質があるんだ。だから近距離じゃないと効果も激減する。そこでパワーを強大にするとしたら、今度は自分も含めた広範囲に計り知れない影響が生まれてしまうから、大きな威力の低周波を発射するのは難しいかもだけどね』
『あ、なんとなくわかるかも。でもそれって、波長が長いは……えーっと、周波数が低いのか。なるほど!』
世の中広しといえども、波長や周波数から事象を読み解ける小学生(それも入学したて)はそうはいないが、ジンの説明に追従するマコトの姿は何度見ても嬉しさが伴うようだ。相好を崩すジンは解説の粒度をひとつ上げる。
『そう。人に聞こえる可聴周波数が20Hz~20kHzで音の速さを仮に340m/sとするなら、周波数で割ると、波長は17m~17mm。つまり音に聞こえない低周波は波長が17m以上ってことだ。だけど、反対にもしもコレが高周波なら、波長が小さくなってビームのように特定領域に当てることも可能になる。だけど高周波はただ速すぎる振動数として、身体に当たっても揺らすではなくて、細かく震える振動として身体を突き抜けてしまうんだ。』
『え? あー、高周波は短い波長だからビームみたいに発射できるのか。なるほど。そうなんだね。なんとなくだけど、低周波の何十mもの波長はビームにはならなそうなのはイメージできる。だけど高周波の場合は当たっても振動がブルブル抜けていくだけなんだね』
マコトは納得のほどを返す。
人が聞くことのできる周波数よりも低い、低周波の波長が最低でも17m以上と知って、目を丸めながら何となくな理屈で納得を得るマコトは、続くビームの単語にも目を光らせる。
人が聞くことのできる周波数よりも高い高周波、いわゆる超音波だが、1cm前後、マコトの親指幅前後くらいの短い波長なら、ぎっしりビームの中に詰め込まれる、これまた何となくな理屈だが妙な説得力があるようだ。
さらにその振動が抜ける感覚は、ダイナビーの高回転時に腕を伝わる振動が理解を後押しする。何より、ビームが醸す特別感はアニメ好きには堪らない。終始、興奮気味に聞き入るマコトだった。そしてそんな表情変化に心を擽られるジンだった。
『そうだな。だけど、その高周波にパラメトリックな仕組みが加わるとどうなるか。その場合はさっきマコトが言ったような複数の高周波が交わり、その差分で低周波が生み出せる。その交わる位置を制御できることになるから、指向性スピーカーはその応用ってわけだ。で、そこまではまあいい。ここからが肝心なんだが……』
パラメトリックとは、パラメータによって決まる、という意味だ。パソコンの表計算ソフトなどを使う人なら、関数を使ってその答を求めるために加える引数、といえば理解しやすいだろうか。または音響機器に興味があるなら、グラフィックイコライザーで音域調整する調整つまみを想像しても良いし、それこそパラメトリックイコライザーなどを知っているなら、ドンピシャに理解も整うのではないだろうか。
つまりパラメトリックスピーカーとは、「放つ高周波の条件」を巧みに変えることで、狙った空間にまったく別の新しい波(低周波)を作り上げるシステムだ。その条件をどうコントロールして、どこで「うなり」を生じさせるかが、パラメトリックという部分となる。
そうして、ジンは指向性スピーカーの理屈に簡単に触れたあと、さらに粒度を上げることを促すと、当然のように、マコトの興味アンテナが反応する。
『ほう。その先があるんだね?』
『だな。これが体内で結像するとしたら……身体の中に突如強大な「揺らす力」が顕現してしまうわけなんだ。通常、外部から衝撃を受けるときは、骨格と皮膚、脂肪に守られた内臓も身体と同調して一緒に揺れるから大抵は問題ない。だけど、その内臓だけを、皮膚とかの防御を素通りして内部から直接揺らされる事態が起こると、一体どうなる思う?』
同じ揺れの話だが、震える「振動」、とはやや異なる「揺らす力」、そしてそれが「顕現」する、という表現の後、それにより体内で起こることの違いにフォーカスして、ジンはその先に起こる状況をマコトに尋ねる。
『あ! 臓器の各部位がそれぞれでバラバラに揺らされる。そしたら、捩れたり擦れたりだ』
そこまでお膳立てされた状況に加わる「揺らす力」は、さながら大地震の激震だ。
地震は地盤に固定された建物を激しく揺らすが、その中にある家具や小物は固定されていない。そのため、外部からの揺れに対して一瞬遅れて動き出し、次の瞬間には、戻ってきた壁や床と激しく衝突し、擦れ合うことになる。激しい揺れの中で、部屋の中のものは元の位置に留まろうとしながらも、床との間で猛烈な摩擦を引き起こすのだ。
つまり、この「外部と内部のズレた狂振」を、人間の身体とその中の臓器に置き換えるとどうなるか。そんな激しい強制振動と摩擦に晒されて、柔らかな内臓が果たして無事で済むはずがない。
そこまで思考を巡らせたマコトは、事態の深刻さに血相を変える。そんな表情を見て、ジンは静かに言葉を続ける。
『そう……人間なんて脆いもんだ。内臓なんて簡単にズタズタにされてしまう、そうなると命なんてひとたまりもない。酷ければアッという間に命を落としてしまうわけだ。そうそう、大掛かりな多数機導入をしてまでの意味、だったな?』
ここまで起こっている事態に秘めるものへの理解を進めたところで、ジンは真剣味の俄然増したマコトが、投げた疑問に話を戻す。
『うん。今まさにママが影響を受けていてヤバい状況ではあるけど、なんとなくそんな規模であることに違和感があって……』
着眼点を再確認したところで、ジンは一つ一つを整理していく。
『なかなかいい着眼点だな? これにはいろんな思惑が交錯しているように思えるから、正解がどれかはわからない。だが、敵の狙いはソフィアであることは間違いないと思う』
『やっぱりそうだよね。もう蛇のようにしっつこい!』
まずは敵の狙いだ。それはもちろんソフィアとなるが、マコトは話に聞いた数々の出来事を思い浮かべると、そのしつこさに顔をしかめる。
『ああ。少し視点が変わるけど……まず、今、この場でソフィア自身、またはその生命が奪われることや素性が知れることを除いて、一番避けたいことは、国家間の戦争が起こること。戦争が起これば、必ずどこかの誰か、その多くの命が失われることに繋がるからな。大体オレたちのせいで戦争が起こったなんて嫌だろ?』
『うん。もちろん。責任重大過ぎる!』
次は、ソフィアのことはいったん置いて、重要なものが何かを再確認した。マコトの考えにはなかったものの確かに重要なことだと認識を改めるマコトだが、その責を負えないこともマコトは併せて認識する。
『そう。だから、この日本の領空内で、絶対にC国のヘリもV国のヘリも墜落させてはならない。S国からの帰国便のときとは理由が違うからな。あのときは対テロ組織だが、今回は対国家だ。マコト、間違えるなよ?』
『うぅ、うん。わかってるよ』
S国からの帰国便のテロ事件への対応で、最善策として、テロ組織のパイロットを緊急脱出させることを選択したが、もしもマコトがそれに近い認識でいた場合は、今回、大変な事態に陥ることが危惧される。ジンは、誤らないための釘を刺してみたという状況だ。
『そして戦争は、U国はもちろんだが、V国も、C国にしても、望まないことだと思う。今回C国の裏に武器商人と思われる組織が関与していると思っている。そいつらは戦争を望むかもしれないヤツラだが、自分たちが表立ってそれを行うとは思えない。暗躍はしても自らの手は汚さない、直接の介入はしないと推測するわけだ』
『うん。どの国も基本的にはそうだよね。え、でも武器商人ってさっき機内で話してたやつ?』
認識を新たにしたマコトが同じ方向性で判断を間違えないことを確認できたジンは、安堵するとともに改めて真の敵が誰かをマコトに再確認する。マコトの表情に迷いはなさそうだ。
『そう、それ。今の本当の敵はこの武器商人組織と思っているけど、その真の思惑は今のところわかってはいない。だけど、オレと出会うよりも前から、ソフィアに間接的に付き纏ってたやつららしい。そのことからも、今回のこのようなアプローチをしてきたわけはおそらくソフィアの奪取が目的だろうと思う』
ソフィア奪取が目的であると再度触れながら、憶測する敵の判断思考を続ける。
『今回はV国のソフィア絡みの情報が漏れ、これまでの状況、S国からの帰国便でのオレたちの動きや、特に今回はV国からレイラというサイキックな武闘家投入などの状況からも、機外で闘うことを予測していたのかもしれない。だが、仮にソフィアの所在が地上の大衆の中にあったとしても、ピンポイントで人として弱らせて、最後に掻っ攫うという戦法なら地上でも同じ方式が実行可能なわけだ』
ジンは一頻りの総括する言葉を続ける。
『つまりはコレ、軍用機ではなく民間ヘリで行えるということ。そして大掛かりでも、それに見合うソフィアという重要人物の奪取。そして外にいさえすれば同一の方法で実現可能で、それが魔女であってもその力を無力化できるという、ある意味とても柔軟な戦法。ソレがヘリの多数機導入することの意味と思ってる。まぁ憶測の域は出ないことだが』
『なるほど。街中でも空中でも、外に出ている状態なら、どんなシチュエーションだろうと、ママを弱らせ掻っ攫える実現性の高い方法として画策していたってことか。ぅぅぅぅ……怖いなぁ……パパやマコたちがいなかったら絶対ヤバかったよね? どうやったらこんなヤバいこと思いつけるんだろう?』
自然界の法則から、人工的に生み出されたパラメトリックスピーカーという画期的な技術を逆手に、人でありながら人を壊すための技術を産み出し、こともあろうか、母ソフィアを標的に緻密に奪取プランを練り上げ、今まさに実行している敵組織の悪辣さを思えば、その底しれない悪意に震えを寄せるマコトだった。




