パラメトリック 〜 暗躍のうねり xxxj
ソフィアの周囲を少しだけ離れて周回していき気付いた事象、ポンチョの表面に浮き立つ模様が表れる状況をジンに念話で伝えるマコト。食いつき気味のジンは続きを促す。
『ほぅ、それでそれで?』
『うん。それでわかったことなんだけど、まず高さ。縦の範囲? ママの立ってるところのだいたい膝下の高さから肩の高さくらいまでの範囲に限定されるみたい。上下にちょっとでも動いてしまうと途端に外れて当たらないみたいに思えるの』
立体的なものの説明は難しい。これが対面なら、図に書いての表現補完も可能だが、念話なら言葉だけで表現する必要がある。思い浮かべるイメージを共有するために、その基点や大きさの認識を一にする必要がある。ここを誤ると誤解は膨らむ一方だからマコトは懸命に言葉を選び並べる。
しかし、選りすぐった結果ではあるが、マコトはなかなかどうして、とても巧みに表現する。同世代の子どもたちへのコミュニケーションの機微には疎くても、各種DIYや魔力演練を重ねたマコトの空間構造への造詣は深いようだ。言葉少なめでも、ソフィアを基点に情景が思い描ける的確な説明を返す。
『なるほど。高さへの指向性が高いってことか』
ジンの反応から理解の共有度を確かめると、マコトはさらに説明の粒度を上げていく。
『もうひとつ。その高さの範囲はもう少し細分化されるみたい。たぶん方向かな? もしかしたらだけど、敵のヘリの16機、16方向のそれぞれで当たる角度が少しずつズレながら高さも下がっていってる? その1方向は10cm幅の高さもない感じ。横幅もね、たぶん1mもないかも?』
『ほぅ、それは……』
いきなり結論的諸元を並べてしまったマコトだが、その理由を補完すべきと気付き、ジンの反応に被せながら続ける。念話だから相手の表情までは見えないが、小気味良く被せるマコトの説明は、まるで目の前にいるかの絶妙なテンポ感を醸す。ジンは小刻みに頷き頬を綻ばせながら聞き入る。
『あー、そうそう、そう思ったのは、遠いときはその範囲が途切れることと、ママに近付くとその範囲の隙間が減っていくからより顕著になるんだけど……ママのところでは連続してる? そしてそれが螺旋階段みたいに時計回りに降りていってる? みたいな……でも、マコは静止して見てるわけじゃないから、精度はあやふやかもしれない、たぶん。だけど、ヘリの1機1機はかなり絞り込んだような狭い板のような平行領域みたいに思える……さっき言った高さと幅がそれね。こんな飛行中という流動的、不安定な大気の中なのになんか凄い精密に感じるの。こんなことができるもんなんだね? えっと伝わるかな?』
マコトが言い終わるのを待つかのように、ジンは即座に絶賛の言葉を放つ。
『マジか! でかしたぞ、マコト。惚れ惚れするような見事な報告だな。手に取るようによくわかったよ。ありがとう』
『でへっ、そうだった?』
今懸命に説明しきったばかりのマコトだから思考する余裕もなかったからか、驚きつつも素直に照れ返す。
『あぁ、抜群にな。それで……そんな精密さを保つには編隊飛行の技量も問われそうだな。まぁC国パイロットの技量がそんなにも高いかどうかはわからないけど、その精度はおそらく……その音波発射装置側で自立補正するハイテクな仕組みがあるんだろうな。だがかなり有用な情報だぞ! 謎が少し解けたかもだ』
どうやらジンは、いくつかのパターンである程度の想定は深めていたようで、そのうちの一つに当てはまったため、憶測はより絞り込まれたようだ。
マコトの示す精細な挙動を可能とするには、空中にあるからこそのかなり安定した制御系が必須であることから、戦闘機の編隊でいうところの疎開隊形の少し広めの位置関係で、パイロットの腕だけでは到底賄いきれるものではない。
『え? ってことは、その情報でなんかわかったの?』
それだけではない。この時代において、既に後述するパラメトリックスピーカーの技術は存在するが、音響の世界は中々に複雑なため、音の歪みという技術的課題から実用化には至っていない。用途が特殊なため個人利用は進まないかもしれないが、商用化や普及はこれよりずっと先の話となる。
ただし、軍事利用を含む研究機関がさまざまな開発を試み、実証試験を進める場合は別だ。武器商人組織が独自に研究開発を進めていたならば、光信号などによる近距離の機械間相互通信で、常に照射方向を制御する仕組みは検証途上の段階として実現されたもの、すなわち今この場において、機械間での緻密通信下による自動制御の仕組みがあるのだとジンは判断していた。
もちろん今のマコトには、そんな予備知識などないため、知り得た事象を、できる限り忠実に伝えたに過ぎないわけだが、それでいきなり正解が知れるとは思ってもいなかったから、驚きながら内容を尋ねた形だ。それに対して、ジンは指向性スピーカーの話を切り出す。
『あー、もちろん憶測の域は出ないが……うーんと、マコトはパラメトリックスピーカーって知ってる?』
『え? あれ? それ前にパパから聞いたことがあるよね? 確か、指向性スピーカーだったかな?』
『あ、そういえばそんな話をしたこともあったかな? でもよく覚えてるなぁ』
マコトの脅威の記憶力は、さまざまなことをイメージとして記憶に保持できるようだ。その反面、言葉の記憶はやや曖昧になるが、言葉もイメージの一部だから、補って余りある、マコトという天才少女を形成する秀逸な能力だ。
『うん。仕組みを伴って教えてくれた話なんかは大体覚えてるよ? そのネーミングは忘れちゃうかもだけどね、あははは。でもそれがどうしたの?』
『そ、そうだったな。騒がしい空間の場合でさらに距離が遠ければ、大声で叫んでもなかなか届くことはないのはわかるよね? だけど、その指向性スピーカーなら、そんな騒がしい空間でも、特定の誰かに向けて声や音を届けることができる技術なんだ』
ただ、言葉と言葉の連なりや、言葉の示す事象判断、自らが出会っていない考え方や感じ方などについてはまだまだ難しいところがあり、これから学んでいくところだが、アニメやドラマなどさまざまなコンテンツを数多く記憶に呑み込んでいるため、記憶のインデックスさえヒットしたなら、さまざまな絵面からスルスルと引き出せ、今出会った事象と併せて、知識としてどんどん成長していくのだった。
『うん。そうそう。とても不思議だったけど、あー、思い出してきた。その音自体を鳴らすのじゃなくて、もっと高周波の耳には聴こえない複数の超音波を重ね合わせて、その波形のズレた部分が差分として形成された音になる、というやつだ! あー、それと、その重なる部分にだけ音を結ぶから、周りの他の人には聴こえなくても、目的の人にはちゃんと音声が届くってやつだよね?』
『その通り! さすがマコトだな。今ソフィアの周りに起こっていることはその応用みたいな話かもってことなんだ。音を届けるんじゃなくて、共振周波数をいきなり生み出す方式じゃないかと思うんだ』
今、ジンの口から飛び出した「共振周波数」がマコトの脳裏の「指向性を持った音」を拡張理解する。単なる音としての低周波から、破壊的な印象を持つ共振周波数に変わるのであれば、少々意味合いが異なってくるわけだ。そして、今ソフィアを苦しめている低周波という存在へと、意識のフォーカスも定まっていく。同時に、身近な「音」に、これほど大掛かりな仕組みが介在することへ違和感が生じ始める。
『……うゎぁ、そーゆーこと? ちょっとエグいね。でも、そうまでして届ける低周波にそれほどの……こんな大掛かりな多数機導入をしてまでの意味って? あー、でもママの苦しみようは半端じゃなかったからなぁ……うーん』




