いいのかしら 〜 暗躍のうねり xxix
見事な手捌きで布を織り上げるイルだが、不意にふと顔色をやや曇らせる。
『あ! まだ一層めの半分くらいだけど、魔力がそろそろ……どうしよう』
開始間もないのに、既に魔力が枯渇に近づいていることと、その対策として力を蓄えるためのスィーツを落としたことなど、とても重要な場面であるにもかかわらず、情けなさ、申し訳なさから、今にも泣きそうな表情で状況を訴える。
『あはは。大丈夫大丈夫。そのためにマコがサポート役なんだから、じゃあいくよ?』
すると、あっけらかーんとした態度で、マコトは今から行うアクションを告げながら、イルに顔を近付けていく。
『え? なになに? マコちゃん? え? まさか……あ、あぁぁぁ……んぐっ!』
迫ってくるマコトの顔にイルはたじろぎ、マコトの唇が自身の唇に向かう状況にドギマギしながら目で追い、そして今! 触れた。
―― はわゎゎゎ、ひゃっ!
びっくりしてイルは瞳を見開く。
―― ななな、何がぁ……って、あれ?
が、流入してくる何かに気付くと、瞳は微睡み、やがて閉じていく。
―― なんだか温かいものが……すぅーっと流れ込んでくゅ……
それと同時に再びイルの全身は少し厚めにオーラを纏い、こころなしかチラチラと輝きを見せる。その一つ一つは輝いた刹那、吸い込まれるように消える。無数に煌めいては一瞬で消えるその様は、どこか儚くも美しい。そんな自身の状態変化に気付かないイルだが、何よりもマコトの取った行動に激しく動揺するイルだった。
―― 一体どうしたの? ……嬉しすぎるけど……
そもそもイルは魔力補充のサポート役の意味をよくわかっていなかったようだ。重ねた唇からそぉーっと舌を絡ませ、マコトはイルへ魔力を注ぎ込む。
―― あ! (ビクン)大好きなマコちゃんだから嬉しいに決まってるけど……
―― 気持ちいいっ……のが……うわゎゎ……いっぱい……いっ……ぱ……ぃ……
多感なイルは、キスによる衝撃と気持ちよさからか、目をトロ~ンとさせながら夢心地の表情だ。イルの身体に纏われるオーラは吸い込むように一層輝き出す。
―― ぁぁぁ……マコちゃん……
―― 身体がポカポカァ……
効果を確認したい意味でマコトは唇を離し確認する。
『ぷはぁっ、ど、どう? 補充できてる?』
―― たぶんうまく注げてる気はするけど大丈夫かなぁ……
―― イル、手は動いてるけど……なんかうわの空にも見えるなぁ……
『(トロ~ン)……え? あ? は! ほ、補充?』
以前、S国にいたときにジンからイルへキスによる魔力補充を行ったことがあるが、マコトからの補充は初めてだったため、自分でもそれができているのか、その効果があるのかどうか、マコトの胸中は心配でドキドキしながら尋ねたようだ。
しかし、すっかり夢心地にあったイルは、突然唇が離されても、暫くは見事に惚けていた。
『……久しぶりでとても気持ちよかった……』
顔を火照らせ、微睡む瞳でなんとも言えない熱気を薫らせる。
―― は! やだ。私ったら、何言ってんの?
遅れて我に返るイルは思わず素っ頓狂な言葉を返していたことに驚く。
発育が良いのか、感受性が敏感なのか、まだまだ幼いはずのイルだが、S国にいたときから興味を抱き、キスしてもらえることに至上の喜びを感じ、その気持ちよさも計り知れないものがあるようだ。
そんな姿をS国で見てきたマコトだから、そんな惚けたイルの反応も想定内で、反対に羨ましくもあるようだ。だが、今の目的までどこかへ跳んでしまっているように見え、敢えて釘を刺す。
―― いいなぁ。なんか羨ましい……。
『あはは、マコにはわかんないけど、どんだけ気持ちいいの? いいなぁ……って、じゃなくて、イルは補充しながら魔力発動できるんじゃなかったっけ? そのためのサポート役だと思ったんだけど……』
どうやら、マコトの見立ては当たっていたようだ。我に返ったイルだが、マコトとの初めてのキスがジンやソフィアにも劣らない、いやそれとはまた異なる新しい、めくるめく快感だったことに驚きを隠せなかったようだ。
『え? あ・あ・あ、初めてってそういうこと? わかった。忘れてた。ゴメン。ボソボソッ(……そうか! これは必要な作業! 必要な作業! 何も憚ることなくこんなにも素敵なキスをしてもらえるなんて……ひょわぁぁ……なんて素敵過ぎる大義名分なの? ジンさまたちと違って、マコちゃんの唇と舌、ちっちゃかった。なんて愛らしいのかしら。それなのに、流れてくるエネルギー? 濃密で純粋で甘く切ない感じ? どこまでも……そう、どこまでも無垢な煌めき? ほろほろと……何か後を引くような……なんて甘美な……そう、まるで宇宙の扉がまたひとつ拓かれたような……至高の気持ちよさ……いいのかしら? いいのかしら? ……)』
思いがけず知り得た、心を震わせるとびっきりの快感。これからそれを公然と十二分に満喫できてしまうことに背徳感のようなものが超高速に心に溢れ言葉に漏れ出てしまう。念話だが、ハッと気付いて慌てて口を噤み両手で押さえる。
―― え? やだ、声に出てた? あ! 糸、糸……
『え? なに? なにか言った?』
イルの呟きは超早口と不明瞭だったせいか、幸い内容は知れなかったようで安堵の息を漏らす。しかし、余計な差し口で眼の前のご褒美的な何かを失いたくはない。据え膳食わぬはなんとやら……と、数日前にたまたま日本で見たアニメかドラマの何かのセリフを脳裏によぎらせながら、背徳感は押し殺して続きを促す。気持ちは既に、続く情景予測で瞳をとっぷり微睡ませながら……。まるで恋する乙女のように。
『は! う、ううん。大丈夫……じゃあ続きお願い』
―― イル、なんか嬉しそう……。
―― マコは、前にママにせがんでしてもらったキスを
―― 真似てるだけなんだけど、
―― マコにも上手くできてるのかな?
続きを促されたマコトは、すぅーっと息を吸い込み、
『ん。わかった。じゃあ始めるね。んくっ』
再び唇を重ね、今度は初っ端から舌を絡めて魔力注入を開始する。
と、注がれる魔力にピクンと反応を見せ、イルはマコトの瞳に一度だけ視線を合わせて微笑むと、後は両手を忙しなく動かし始める。
―― 来たー! コレコレ! フュュュゥ……。
―― 今にもトロケちゃいそう……。
―― い、いけないいけない。
―― 仕事し……なきゃ……。
―― でも、コレ、ひょわゎゎ。
―― 癖になりそう。
イルはこれ以上ないくらいに瞳を輝かせ、ときに思いっきりうつつを抜かしながらも、我に戻っては脅威の集中力をもって真剣にコトを進める。そんなこんなを細かく刻んだような繰り返しをひたすら重ねるが、その練度は平常時よりも遥かに高い仕事振りだった。そしてそれは重ねるごとに、その切れ味は増していく。
マコトの高純度、かつ潤沢なリアルタイム魔力供給により、イルの魔力発動は途切れるどころか、さらに数段、いや速度にすれば数十倍だろうか。高いクォリティを保ちながら、途轍もない速さまで加速する。時折うつつを抜かしながらも。
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遙か遠い昔のお話。北欧の魔女と、日出ずる東の果てのとある武人が導かれるように出会い交わる。血脈の抱擁、血が血を高め合い、太古の昔に眠る力を呼び起こすその結晶たる赤子を授かり、漆黒の魔女の伝説が幕を開ける。
それから幾星霜もの時を経た現代、途絶えたとされる武人の血統は時代の片隅で脈々と受け継がれていた。遥か南方の彼の地にて、その末裔であるジンと、漆黒の魔女の直系子孫であるソフィアが運命の邂逅を果たす。経た年月だけ薄まる漆黒の血筋だが、鼓動が重なり共鳴し、互いに求め結ばれたとき、血は血を精錬しどこまでも透き通る。力の源は研ぎ澄まされ、かつての力さえ遥かに凌駕するその結晶たる赤子がジンとソフィアの間に授かったマコトだ。
まだまだその多くを眠らせる幼きマコトの魔力は、溢れ出すほどの膨大な魔力量にもかかわらず、清らか、かつ純度の高さゆえか、その小さな肢体に静かに凝縮しながら、飛躍するその時を待つように今は静かに佇むばかりだった。
そんな精錬された濃密な魔力が、素養充分な受け皿に注がれたなら、漲る力は例えようのない極上の快感を伴いながら、受け止めるものの力を強力に押し上げる。
それほどのハイパーエネルギーが今、イルにたっぷりと注ぎ込まれたのだから、夢見心地に陥るのは無理もないことだった。そうしてそんな力が取り込まれていくと、それまでの自身の魔力行使にかかっていた負荷は重さを失ったように軽やかに、瞳に映るよりも速く滑らかに遠く伸びやかに力を発揮する。もちろんそれを操る思考までが加速するのは言うまでもない。
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マコトの魔力が注がれることで、さながらジェット戦闘機のアフターバーナーのような圧倒的なブースト効果が身体に働きかける。当初予定の3層を遙かに超える高密度布幕10層をあっと言う間に作り上げられたことは当然の結果とも言えるのだった。




