イル紡ぎ織る 〜 暗躍のうねり xxviij
CH−47のテイルハッチから後方下方に向け前進の勢いをつけて、イルを抱える形で、マコトは颯爽と空中に飛び込む。が、その少し離れたところにはヘリの吹き下ろし風が強く渦巻いていた。巻き込まれるマコトたちは、少し吹き降ろされると、後は風にもみくちゃにぐるぐる回転させられる。
『うわゎゎゎ。ヘリの吹き下ろし風に巻き込まれたぁ……』
―― こんなときは確かこうだ!
―― えっと、膝と腰を柔らかく、止めたい側の方向にしならせる。
―― こうか? そんで、ボード下に高出力の噴射器があるイメージでフルパワー。
―― 充分に踏み留まれたら、すぐに戻りの余波に備えて反対方向にしなり、
―― 少しずつ安定するように打ち消していく。
マコトはS国にいた頃、ジンからスケボースタイルの場合の重心位置が高く不安定な特性を逆手に取ったアドバイスとその練習を思い出す。
最初のフルパワーで踏み止まる部分は、まるでスノーボードのハーフパイプの高い位置で切り返す動きのようだ。噴射器出力(踵の裏に上向きベクトルのオーラエネルギー)が圧し返す壁の役割を果たす。ただし、一番最初の状態だけは天も地もないメチャクチャな姿勢と挙動だから、初動を受け止めた後は、まずは前方と天地を正すようにきめ細かい姿勢と方向の調整が必要で下半身をしなやかに捻ってなんとか整える。
その後は、チヌークの進行方向を基準に、イル発案のハンドル付きスケボーの穂先を左右から食い込むような角度と内側に倒れ込むような傾きで交互に大胆に切り込んでいく。
―― よっ、っと、おっとっと。
そして、少しずつ安定していく様子も、ハーフパイプの低いところを次第に小さいターンの繰り返しに収束していく状況に似ている。
『くっ、ふんぬ、ふんぬ……よいしょっと……』
なんとか、チヌークと平行飛行の安定状態へと持っていけたマコト。
―― ききき、決まったぁ?
―― 実戦で初めてやったけど、このしなりながらの当て舵。
―― ふゎゎゎ……我ながらお見事ぉ〜〜。カッコ良〜〜。
想像以上にうまくいった感覚に、なんとも言えない感動の震えが疾走り、マコトはやや興奮気味の様子だ。
『ふぅーっ、となんとか落ち着いた』
―― どうよ! イル、見てた? 見てた?
『ぃゃ〜〜〜、待ってぇ〜〜……あーーーっ!』
『ふぇ?』
―― って、あれ? 見てないし。なんなら、下向いてるし。
―― 何かを追いかけるように、不意に見上げた顔は今にも泣き出しそうだし……。
『グスン……』
瞳をうるうるさせながら、時折タッパーの動向に視線を飛ばしながら、イルは悲しそうに訴える。
『ゴメン、マコちゃん。スィーツのタッパ……吹き飛んでヘリのローターに巻き込まれて……あー、下に落っこってったぁ。アレないと、イルの魔力が持つかなぁ……ゴメン、マコちゃん』
―― あー、あー。そういうことか。
―― イル、必死過ぎて可愛い……あ! 悪いのはマコか。
―― 強引な姿勢制御だったから、あんだけ暴れれば、そりゃ落としちゃうよね。
―― イルにとっては預かりものだし、任務遂行に欠かせない重要アイテムだし
―― 気にしいのイルだから、そりゃ沈むのも当たり前か。
『あー、うん。大丈夫。それはなんとかなるよ。マコが大胆に動きすぎたからだし……気にしないで』
『う、うん』
―― うーん。イルはまだ引きずってるっぽいけど、まぁ今は急ぐから放置かな。
―― それより今はママだ。早くしないと……。
『それより……えっと、ママは? いた! お、支柱もちゃんとできてる。さすがママ。えぃ!』
マコトはオーラを触手状に伸ばし、支柱の天辺を掴んでぐるぐる周回しながらソフィアに声を掛ける。
『お待たせ〜。始めるね〜』
どこからともなく聴こえてくるマコトの声にソフィアは反応するが、姿が視えないため、オーラ感知に集中する。
『え? マコちゃ?』
すると周囲をやや高速に巡る存在に気付き、目測をもって辿った先にチラチラと微妙な光の変化が見て取れることから、オーラと重ねてマコトであることをソフィアは認識する。
『あら?』
一度認識すると、ステルスポンチョのフードから時折覗かせる顔の部分や、よく観ると方向によっては微妙に隠し切れていない手足の先っぽ、などとともに輪郭として捉えることで、意識して視えてきたようだ。
『まぁ!』
マコトの纏うそれは、従来のステルスシールドよりも遥かに隠蔽度が高いことに驚きつつ、それが娘の力によるものだから嬉しくもあるが、またも創り出してしまった、その工作癖に呆れ笑いを零しながら返す。
『どうやら、来てたみたいね……あははは……うまく隠れてるじゃない。声聞くまで気付かなかったわ。この隠蔽度……今までのステルスシールドじゃないわね。ふぅーっ。さてはマコちゃ、またなんか良さげの作ったのかしら?』
返ってきた絶賛する言葉への照れとは別に、いつものことではあるが、マコトは微妙な温度感が言葉に混じることに引っかかりを覚える。もしや、やり過ぎと捉えられたかも、とマコトはソフィアの顔色を伺いながら恐る恐る返してみる。
『あはは、わかる?』
『わかるわよー。くはーっ、マコちゃ、あなたホントに器用ね? というか思い立ったらすぐ作らないと気が済まない気性? きっとパパに似たのね〜。後で私にも使わせてもらわなくっちゃね』
まさにソフィアの言の通り、良くも悪くも、思いついたままコトを進めてしまうのがマコトの気質でもあり、よくある日常だ。しかし、それとは裏腹に、進めたことの是非がソフィアやジンの瞳にどう映ったのか、間違っていないのか、余計なことではないのか、など、いつもやってしまった後にドキドキしながら反応を伺う、意外に気にしいな性格もマコトは併せ持つ。
どこか見透かされている感はあるが、ひとまず地雷は踏んではいなさそうなことにマコトは安堵する。しかし、そんな気性だと言葉にして返されたことに、照れ隠しなのか、はぐらかすように笑いで返す。ついでに予備のステルスシートも投げ込んだ。
『あははは……はい! そう思って準備しといた』
『おー。パチパチパチ。ありがとう。もしかしたら早速使わせてもらうかもね。で、さっきの作戦でシールド。なんとか持ち堪えているけど、ヤツらも躍起になって仕掛けてきてるわ。気をつけるのよ?』
『りょっかーい。じゃあまずは底面ね』
話が次に進んだことを受け止め、マコトはこれからのやるべきことに集中する。周囲の側面の対応の前に、それを安定的に繋ぎ止めるためのベースとなる底面を形作る必要があることから、底面の回転軸を結ぶオーラのラインを物質化しながら回転し、底面構造を円形に仕立て上げる。
その作業間も、マコトたちに低周波・高周波の音波は容赦なく浴びせ続けるが、特定の高さ範囲に影響が限定されること、回転により位置や向きを変えながら高速で移動していることと、何よりも纏うステルスポンチョの柔らかな表面が振動を吸収したり逸らしたりと、うまい具合に影響を躱せている状況のようだ。
『できた。じゃあ次は側面仮組み』
続いて、その底面円の縁部分で、ソフィアが形成したシールドの内側部分に垂直な壁として、外部からの空気抵抗をいなすような、外側に丸みを帯びた流線型となるような、固く透明な物質化の壁を回転しながら作り上げる。作業しながらも外側のソフィア形成のシールドが時折破壊されていくが、今浴びせられる超音波の振動数はマコトの形成する壁面を震わせる状況を感じるものの、今のところ共鳴周波数はマッチしないようで、破壊されることなくマコトのシールド形成は完了する。
ここまでできたなら、ようやくイルの出番だ。マコトは作業対象と今やることをかんたんに説明し、作業開始を促す。
『できた。じゃあイル? 側面の内側に糸? 布? うまく貼っていってね』
『うん。じゃあやるね』
『OK!』
イルは、向かい合うマコトの顔の右側から覗かせる側面内側を見据えながら、マコトを抱きしめた先の両手を少し開き、右手は手のひら、左手は手の甲となる向きで構える。すぅーっと、目を閉じて一頻り息を吸い込み、目を見開く。それが合図であるかのように、イルの髪はすぅーっと漆黒に、瞳は黒く。その漆黒を印象付けるように、全身に纏うオーラが一瞬、チラつくような艶消しな輝きを放つと、渦を巻きながら体全体に吸い込まれるようにそっと消えていく。
すぐさま、右手は上下に動かしながら後方に流れる糸が縦に無数に並ぶ状態に紡ぎ出し、左手は左から右へ動かしながら後方に流れる糸の前後上下に交互に隙間なく差し込み、次々と布が織られていく。
イルは自らの指を超高速で動かすほかに、見えない触手なのか、イルの目線の先には別の糸が同時多数に蠢くように布として整えていく。
素人目線のマコトには何がなんだかわからず、その工程の機能的な美しさをほぉぉっとため息を漏らしながら眺めるばかりだった。
『うぁー、流石イル。器用だね〜。糸がみるみる紡がれて布になっていく』
『ううん。マコちゃんに較べたらこんなの……』
『いやいや、凄いよ。マコなんて雑だからこんな精緻な作業は絶対無理だもん』
『くすっ。そんなことないけど……誉められると嬉しい。続けるね』
見事な手捌きで布を織り上げるイルだが、不意にふと顔色をやや曇らせる。
『あ! まだ一層めの半分くらいだけど、魔力がそろそろ……どうしよう』
元々魔力には余裕のないイルで、それを補うべく、スィーツにより僅かでも補充しなければならないところだ。しかし、自分のミスでスィーツのタッパを飛ばしてしまったと思っている節もあるからか、とても重要な場面であるにもかかわらず、魔力枯渇となる情けなさ、申し訳なさから、今にも泣きそうな表情で状況を訴える。




