イルが主役 〜 暗躍のうねり xxvij
主役である、その内容の説明を受けたイル。理解はしても自身の役割として成すこれからのことに実感が伴わないイルだった。
ソフィアから、レイラの今の状況と、今やるべきことが告げられる。
『このレイラさんだけど、どうやら内臓のアチコチが断裂しかけていてかなり危険な状態みたいなの。本来なら器材と医師が整った地上の病院、それが無理でもヘリの機内に移送してじっくり取り掛かりたいところなのだけど、今動かすこと自体が命に関わりそうなことと、本当に急ぐ必要がありそうだから、この場でこのまま施術を続けるわ。その間、シールド張ることすら憚られるの。なんとかできそうかしら?』
『わかった。イルがなんとかしてくれそうだし、ママ、大丈夫だよ』
『へ? せ、責任重大そうだけど……ホントにイルなんかで大丈夫なのかな?』
イルはその性格からも、人の役に立てることやいろんなお手伝いなどを自ら率先してやってきた。しかし、マコトと出会ってからの日々では、魔女の力に目覚め、その不思議な力が使えることが何より嬉しいことだが、経験はもちろん、まだ魔力の総量が少ないために、ソフィアやマコトのような大規模な力を揮うことはできなかった。それゆえに特に誰かの命がかかるような大きな役目を背負うことはなかった。
しかし、これまで、自身の能力の向上もあって、少しずつ、力が増している実感を感じ始めているイルだが、今のような身近な存在が危機にあり、それを救うためのキーマンとして、自身が抜擢されたことは初めてだった。だから今、マコトたちを差し置いての活躍など、本当に自分でできるのかが不安で仕方ないイルだった。
そんな不安そうなイルに対してあっけらかーんとした態度のマコトが元気よく声を掛ける。
『大丈夫、大丈夫、さっきの打ち合わせ通り、さぁ行くよ! イル』
『う、うん』
―― マコちゃん、励ましてくれるのは嬉しいんだけど……
―― いつも大丈夫、しか言わないなぁ。
―― それって何が大丈夫ってこと?
―― いい加減に言ってない?
割と何でも緻密な段取りを自分でも準備するイル。そうしないと不安を掻き消せないらしく、徹底的に準備して何度もおさらいをするほどだ。だからこそ、一般的に、人より多くのことができてしまう優秀性を身に着けてきたイルだった。
しかし、そんな習慣もマコトたちとの生活の流れでは、ほぼ発揮されることは無くなっていた。というのは事前に何かの予兆を知ることがない、突然の本番がやってくるからだった。マコトたちが元という場面もあるが、何故かいろいろな厄介事が突然勝手にやって来るのだ。
すっかりそんな生活パターンにも慣れてはきたものの、今回のような大事な場面を任されるなど、もうイルには不安しか浮かばない。マコトの、一切根拠のなさそうな「大丈夫」の言葉はそんなイルの不安をとてつもなく煽ってくれるようだ。
『わかった。じゃあイルちゃ、マコちゃ。命預けるわね』
『は、はひぃ!』
―― ふぇぇ、い、い、命? 本当に今? アクチュアルな場面なんだよね? ……
―― 返事が震えて、少しひっくり返っちゃったよぉ。
―― でもでも、イルがメインらしいけど、一人でやるんじゃないのが救いかも……
―― 神さま、マコトさま、困っても助けてね……お願いよぉ……
『大丈夫、大丈夫! ママは大船に乗ったつもりでレイラのおばちゃん助けてあげて。それと最初に作業の軸になる支柱が欲しいから、悪いけど、それだけ作っといてもらえる?』
『ほほう……回転しながら作業するってわけね。それなら素早く効率的にいけるか……なるほどね』
『そんなわけで、少し準備するから、ちょっとだけ凌いでて、ママ』
『OK、わかったわ』
―― またマコちゃん、大丈夫を連呼してる。
―― 二人ともほとんど打ち合わせもしてないのに何故か堂々としてる。
―― 凄いなぁ。
―― ソフィーもマコちゃんも、どこからそんな自信が生まれてくるのよぉ……。
『じゃあ、イル? 急ぐけど、今から沢山力を使うから、はいコレ。時間ないからお口に詰め込んで』
『え? こ、これはスィーツ? 持ってきたの?』
『うん。ママが準備してたみたい。時間ないよ、早く早く!』
そう言いながら、マコトはタッパから大粒のイチゴを2、3粒、イルの口に強引に突っ込む。
『ンゴ。モグモグ……スッァーィ……』
冷たくも甘酸っぱいイチゴがイルの口の中いっぱいに詰め込まれ、本来は一粒一粒じっくり味わうところだが、急がなければならない使命感からまとめて必死に噛みしだき、甘さよりも冷たさ・酸っぱさが口内に広がる。
『ぁぁくぇおいひぃけど……モグモグ……スェタスッァーィ……モグモグ……』
垣間見える甘さを口にできた幸せ半分と、冷たい酸っぱさから口をへの字に涙を滲ませながら咀嚼速度を上げる。
『られぇ。しゃくしゃくしゃくしゃく……もっろ、あぃぁっれぁいけろ……しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃく……ごくん、ぷはぁ』
マコトはリンゴを頬張り、同じように喋るが何を言っているのかさっぱりのしゃかりきに食べ続ける変顔がイルのツボを捉え、またマコトの食べきった瞬間の屈託のない満足そうな笑顔が可笑しくて、イルは釣られ唐突に口から手へイチゴを噴き出してしまう。
『ブォフッ! ゲホゲホ……も、もぉ~、マコちゃんてば笑わせないでよ、噴き出しちゃったよ〜、食べるか喋るかどっちかにしないと〜〜あー、勿体ないから飲み込んじゃえ』
『だねー、ごめんごめん。お口は食べながらでいいから、はい、これ』
『え? モグモグ……コクン……透明な厚手のシート……もしかして認識阻害、じゃなかった見えにくくするシールド? あ、ステルスシールドだったっけ?』
『当ったりー』
―― これは凄い!
―― こんな秘密兵器を作り出せる、そのDIYパワー?
―― がマコちゃんの自身の源なの?
―― 確かにコレがあれば、敵に見つかりにくいから……やりやすいのかな?
―― いや、イルの役目は隠れることじゃないから、あんまり関係なさそう?
―― でも、コレが一枚あったって、どうなるんだろ?
―― だけど、コレ、凄いなぁ……こんなものがあるなんて……。
―― いや、マコちゃんが作ったのか……もうホント天才肌過ぎる……。
『固形じゃなく、どうしたらこんなビニールのような状態にできるの?』
『うん。だってほら。今日のような場合は2人でやるから多分スケボー? になるのかなって』
―― え? 意味わかんない。
―― マコちゃん、また説明がどこか跳んでるんじゃない?
『え? イルはまだスケボーうまく使えないよ? しかもこんな実戦だったら余計だよ』
『うん。わかってる。だから2人で一緒に乗るんだ。そうだとしたら邪魔にならず自由に身体の取り回しが利かないとね? ってわけで、こんな日が来るかと思って作ってたんだ』
―― あー・・・・なるほどね……今繋がったよ……もぉ天才めぇ。
『あー、なんか最近忙しそうにしてたのってコレ作ってたんだ?!』
『あはは、そう。でもマコにはシート状にするのが精一杯で、けど……コレならポンチョみたいにできないかなぁと思ってるんだけどどうかな?』
―― ほぉぉぉ……なるほど……そんな考えかぁ。
『わー、凄い凄い。今までの固形じゃなくてシート状なんて……こんなの作れるものなの? というかマコちゃんなら作れてしまうんだね。たぶん屈折率を変化させてあたかも透明かのように見せてるんだと思うけど、まぁ理屈は後からでいいや。で、コレ、ポンチョみたいにしてそのまま被るつもりなの?』
―― あー……なるほどぉ……マコちゃんはイルに仕立ててほしいんだね?
―― 頼られるは嬉しいな。それと面白そうだしね。
『うん。そのつもり。でも、コレ、なんとかできそうならやって欲しいかな〜』
『やっぱり〜。わかった。うーん。ちょっと待ってて、すぐできるから……ハムッ、ムシャムシャ……』
『マコはこっちを準備しなきゃ……はむっ、もぎゅもぎゅ……』
マコトは、スィーツを口にかき込み急いで咀嚼しながら何かを組み立て始める。
その脇で、イルは手際よく急速裁縫でポンチョを仕立てていく。今は時間が勝負なところもあるから、本当に簡易的な裁縫に留めて、見た目よりはそこそこ丈夫で機能的、をテーマにシャキシャキ、ペタっと、あっという間に完成したようだ。
『できたー。時間無いから仮縫いみたく、でも少しだけ頑丈にしてみた……少し大きめでゆったりフード付き、あとポッケも2つだよ? ちょっと着てみて!』
『はやっ! っていいじゃんコレ。サイコー』
『でしょ?』
―― ふふっ、嬉しいな。
『じゃあ、イル発案のハンドル付きスケボーだよ? 半透明で薄っすらしか視えないけど、イル乗ってみて! ハンドルの軸に背中を付けてマコの前に後ろ向きでね、少し斜めにマコに抱きつくようにすればたぶん怖くないよ』
マコトの乗車要領の説明は短いが的確で比較的ポイントを絞った良い説明だったが、それでもイルにしてみれば、ぶっつけ本番の初めての挙動説明にはやや心許ない感覚のようだ。
恐る恐る足を載せて向きを合わせて、と不安は尽きないが、最後の指示、抱きつくようには、なんとも心強く響いたようだ。そうでよいことを確かめる言葉を出しながら、イルはマコトの背中に手を回す。
『わ、わかった。マコちゃんにくっつくんだね?』
『うん。OK。念のため、ベルト巻いとくから手は離しても大丈夫だけど、怖かったらもう少し強く抱きしめていいからね? あとスィーツのタッパ、はい。持っててね。いつでも食べて良いよ?』
―― れれ? こ、これってなんかすっごく安心!
―― マコちゃん、こんなにちっちゃくて細いのに……。
―― この揺るぎなさ。もしや、これが体幹ってやつ?
『う、うん。わかった。なるほど〜。マコちゃんが操縦して、イルが糸を織っていく感じなんだね。なるほど、うんうん。あーあと、なんか凄い安定感、どうしてだろ?』
『あー、それね。腰を固定するように下のボード面からオーラで支えてるんだ』
―― あー、そういうこと? なるほど。この安定感の正体はそれかぁ!
『あー、なるほど、それでかぁ……でも、それでもマコちゃんが抱き締めやすい。ムギューってできるから安心だし気持ちいい。クンクン……大好きなマコちゃんの匂いだぁ……この密着度合い……なんかドキドキするね』
『あははは! さっすがイルは理解が早いけど……ちょっとその息くすぐったい。汗臭いんだからあんまり嗅いじゃダメだよ? それと準備はいい?』
『いいよ! オッケー』
『じゃあ、行くよ! ゴー! ひゃっほー……あれ?』
チヌークのテールハッチから勢いよく飛び出すと、ソコはヘリの吹き下ろし風が強く渦巻くところだった。マコトたちは少し吹き降ろされると、後は風にもみくちゃにぐるぐる回転させられたのだった。
『うわゎゎゎ。ヘリの吹き下ろし風に巻き込まれたぁ……』




