危機重なる 〜 暗躍のうねり xxv
レイラとソフィアの、接近しながら攻撃し、それを近付けないよう払いながら防御する、少し変わった中距離バトルは熱を帯びながら、一進一退とともに繰り返される。
二人のボルテージはどんどん高揚していく。二人とも目は爛々とさせながら、ひたすら闘いに没頭していった。レイラはもちろんだが、ソフィアは事前に捉えた戦況から、周囲に配っていた警戒心もしだいに薄れていき、すっかり意識の外に追いやられていたのだった。
ジジ……
そんなところへ突然、横槍のように目に視えない何かが全方位から一斉に襲いかかる。
グワ……ヮヮ……ン……
それは打突のような衝撃ではない。
それはひたすら揺さぶるような得体の知れない何か。
『これはなに? 震え? 振動? 音?』
その正体は全くわからないが、ソフィアの体の外も内も、水平のあらゆる方向に揺らされ始める。
『うぅ……気持ち悪い……い、痛い? あれ?』
『ママ? どうしたの』
『わからない……はっ! マコちゃ! そっちの状況は? はぁはぁ』
ソフィアは事前に捉えた周囲の状況を思い出し、マコトに念話で尋ねる。
『え? ゆっくり取り囲んで少し輪が縮まったけど、まだ遠いよ? 何か発射するなら対処するつもりだけどまだ何も……って、まさか今何か攻撃受けてるの?』
ソフィアは直前のヘリ機内で見た周囲の航跡の配置を思い浮かべ、推定C国の展開航跡の一つの方向を見やる。すると、視えていなかったはずがギリギリ視認可能な大きさまで接近していたこと、何より、詳細は不明だが何かがこちらに向けられていることに悪寒が走る。
すると、対峙するレイラの向こう側、水平線のやや下側に微かな光が一瞬点いて消える。今自身を苦しめている元がそれである確信に結ばれる怖さ。脳裏ではそれが何かの究明が急務。そうなると当然気になるのは他のヘリだ。
疑念は的中したようだ。瞳にはそんな状況が左右に流れる様子が飛び込んでくる。まるでオーディオ機器の流れる光のインジケータだ。さらにソフィアは慌てて左右を見渡し、背後も振り返る。理由がわからないまでも、ソフィアは本能的に周囲にシールドを展開する。
しゅっ! {……シールド生成配置の擬態語}
『わ、わからないの……いつの間にか全周取り囲まれてるみたい……それで何かわからないけれど、……でも何か空気の波のような……身体に影響を及ぼす何か……いったん全周にシールド張ったら少し楽になった感じ。空気抵抗になるから流線型の感じで張ってみたわ』
それまで視えていなかったヘリと思われる機影が四方八方、いやソフィアの前方象限に真横を含めて9つ、振り返ると、後方にも同様な機影が7つ、ほぼ一定間隔で合わせて16方向。そして光った点の辺りの空気が何故か陽炎のように僅かに揺れて視えた。
『ヘリの下に何か付いていて、一瞬光った後に遅れて陽炎のような……はぁはぁ、今から自分に癒やし掛けるけど、闘いの最中だからなかなか難しそうかも?』
(ぽぉぉぉぉぉ) {……癒やし状態擬態語}
『まだ軽いからかな? 胸とお腹の辺りが少し落ち着いてきたわ。でも何なのコレ?』
〈ほう……よそ見ができるほど、オレの攻撃は温いということか?〉
なにやら他に気を取られるソフィアの様子にレイラはカチンときたようだ。
〈ち、ちが……あ、あなたは大丈夫なの?〉
今は闘いの最中、自身に巻き起こる異常状態と、そうではないレイラの状態との差異に混乱しながらも、ソフィアは言い訳のような呟きを零すが、レイラはお構いなしに激情のギアを一つ上げる。
〈何の心配だ? いずれにしても舐められたものだな……ならば〉
レイラの手数は増加し、さらに外側から抉るようなワイヤーが放たれる。自身のケアに気を取られるソフィアは、自身に降りかかる攻撃を躱すのが精一杯で、その他の足掛かり構造へ向かったワイヤーには対処できずにいた。
『ジン、まずいわ! 私自身に癒しを掛けて身体を復帰させないとレイラと闘えない……でもそうしている分、レイラの接近を許してしまってる……レイラが疾すぎて追いつかない……詰みよね、コレ……いったいどうすれば……』
『ソフィア、もう少しだけ凌いでくれ……最悪の場面なら、全面シールドで護れるはずだ……』
飛行する対流関係の下流で、下方位置にあるレイラはコレをチャンスと距離を詰めていく。徐々に近付き、レイラはあと少しでソフィアの立つ床の高さに手が届こうとしていた。
『わかったわ、ジン……最悪はソレね……もう少し踏ん張ってみるわ』
『すまん……なんとか対策も進めてる。本当の最悪の場面なら、U国対処は置いて、オレが出張るから大丈夫だ……それまでなんとか持ちこたえてくれ』
『そうよね。大丈夫よ。頑張ってみるわ』
レイラはあと少しだと、興奮気味の表情でさらに距離・高さを詰めていく。
ついに今、足掛かり構造の床に手が届くのだと、レイラは大きく目を見開き、右手を伸ばして、その床のとっかかりを掴む。そのまま、その勢いに任せて身体を引き上げる。やっとソフィアと拳を交える闘いのフィールドに到達したのだと、身体は闘いの傷と疲労で満身創痍のはずだが、内から漲る精神エネルギーなのか、滾る昂揚感が雄叫びを上げながら、身体を震わせソフィアに投げつける。
〈うぉーりゃぁぁぁぁぁぁぁ……届いたぞソフィア……さぁ……闘ろうかぁぁぁ!〉
〈来てしまったのね……いよいよヤバいわね〉
ソフィアは、そんなレイラの雄叫びを耳にしながら、望まなかった接近戦となることに対抗すべく、癒しに全振りして体調立て直しを図る。もしも全面シールドをかけるとしても、それはもうひとタイミング後だと、気持ちを高め練り上げる……が、何やらレイラの状況に異変を感じ取る。
レイラがその雄叫びを発した直後のことだった。今度はレイラも同じく外部からの何かの影響を受け始めたのか、ようやく掴んだ格闘への狼煙の言葉とは裏腹に、レイラの口からは、激変する身体の変化に心が追いつかず、驚きと戸惑いがそのまま言葉の奔流となって溢れ出していく。
〈あ? れ? なんだ……これは?! おかしい! 身体の中から……がはっ! やっと到達……これからなのに……何が……起こって……立ってられな……ごほっ〉
それとともに、前のめりの姿勢を保てないレイラは、吐血しながら、立ったはずの床から対向流とともに滑り落ち、咄嗟に掴もうとした床も空振り、足掛かり構造にかかったワイヤーに引っ張られる状況となる。その前の攻撃の最中にあったワイヤーは、そのすべてが力なく海面に向けて垂れ下がる。
突如、攻撃している場合ではなくなったようだ。レイラは堪らずソフィアから視線を外し、自身の身体に目を向け、理由もわからず体内で蠢くような臓器の揺れ具合に翻弄される。異常をきたす身体の内側に、ひたすら混乱する挙動と表情を見せる。
咄嗟にシールドで我が身を護ったソフィアと違い、ほんの数秒間ではあるが、レイラは彼我不明の攻撃をその身にまともに食らったのだ。レイラの鍛えに鍛え上げた鋼のような肉体をもってしても、この攻撃にはどうやら無力だったようだ。
それは、始めは緩い微振動のようなものだった。
しかし徐々に徐々にその揺れはゆっくりと強さを重ねていく。
レイラの顔は次第に苦痛に歪ませながらも抗うが、汗を噴き出しながら、吐血もまじり、藻掻く身体もその動きを鈍化させていく。




