揺るがすもの 〜 暗躍のうねり xxiv
CH−47の胴体部分から後輪部分までを斜めに回り込ませた状態固定用のオーラベルト、その下部に設けた回転軸を介して、CH−47の4時方向約100フィート位置の下方50フィートくらいの空間に、よくあるコンサートの手すり付きの小さな移動ステージのような、美しくも強固に設えた、オーラを透過状態のまま物質化した足掛かり構造を整え、レイラの攻撃を皮切りに、ソフィアはレイラとのバトルを開始する。
ちなみにこの足掛かり構造は、物質化する以上、空気抵抗も生じるし、機体と相互に力学的影響を与え合う。このため、各部位は進行方向に対する流線型の形状と、左右対称となるように機体左側、9時方向にも同様の構造を作成したのは言うまでもない。また、もちろん機長にも、細かい理由はさておき、航行負荷が増えることは連携し、長時間でなければ大丈夫な旨、了承済みではあるらしい。CH−47はかなり重たいものを運搬可能だが、燃料消費量が跳ね上がるのだとか。
シュッ、シュッ……。
カン、カキーン……。
圧倒的な体術の強さを誇る強面レイラだが、そんな素性を知らないまでも、単に武に秀でるなどではない、直感的に何か狂気のような危うさを感じ取り、近接戦闘は避けたいと思うソフィアだ。
ソフィアは格闘家ではない。そもそもケンカすらもしたことがない。ただ運動は得意な方で素早さには自信を持っている。
しかし今、相対するレイラはどこからどう見ても格闘技のプロフェッショナル。服に覆われ外からは見えないが、ソフィアの瞳に映るのは、オーラから覗える鍛え抜かれた筋肉、今にも襲いかからんとする前のめりな重心の構え、何より真の格闘を求める異様なまでの意気込みが瞳から溢れかえるほどの好戦的表情。
そのどれもが放つ飛び抜けた眩しさに、明らかに見劣りする自身が今立ち向かおうとする無謀さ、まさに蛮勇とはこのこと、と思わずソフィアは目を覆いたくなるようだ。
レイラのそんな姿を目の当たりにするソフィアの心は怯みはしないものの、身体はどれほどの圧を感じ取ったのか、自然と冷や汗が額を伝う。おそらく瞳に捉えた圧倒的な武のオーラの視覚情報が脳に届くときに戦慄が疾走るのだろう。自律神経が自然に警告を促した結果だが、同時にワナワナと身体を震わせる。心が負けていないソフィアのこんな状態を武者震いというのかもしれない。
ソフィア自身の格闘技の経験は、護身術としてのレクチャーと軽い実技指導を受けただけの、本当に素人に毛が生えた程度のものだ。
その代わりか学んだ知見の分、全くの素人よりは、見方や振る舞いもマシではあるようだ。接近戦なら素手で勝てるはずはない、ビシビシと伝わる闘気のようなものに戦慄さえ覚える圧倒的な実力差がそこにあることを、ソフィアは重々承知する。
しかし今、そんな強面に負ける前提で対峙するつもりは微塵もないソフィアだ。
ソフィアに残るアドバンテージ。それは魔力、そしてそれを高度に行使し得るセンスと経験だ。人智を超越するその力の前には武の達人であろうとも捩じ伏せることが可能というわけだ。
ただし、それは相手の力が及ぶ範囲の外側であることが必須条件。如何に強力な魔力でも、電光石火の技が至近距離で繰り出されたなら、自身の攻撃は当てられないばかりか、最悪すべてを躱され、相手の技だけを受け続けてしまう。もしも相手の攻撃をまともに喰らえば、敗北一直線は必至のシナリオ完成ということになる。
それゆえに、距離を詰めさせず、オーラのシールドや触手のようなものを駆使し、最後にはオーラの縄で捉えるか、諦めて帰ってもらうか、のいずれかの決着をイメージしている。
実際のバトルが始まると、腕っぷしは心細くとも、ソフィアの反射神経や動体視力はかなり良いようで、操るオーラの実体化した盾や矛のようなものも思いの外、レイラを圧倒する。
相手を切り伏せる、即ち身体の部位を切断する剣のような武器は、使える技量があったとしてもソフィアは選択しない。それゆえの矛だが、本物の槍や薙刀とも違い、先端には相手を傷付ける鋭利な刃などはない、練習用の木製槍のような、ただの棒きれ同然で、いなしては打突を繰り返すだけだ。
その長い柄の長さを活かせば、相手を近付けにくくする効果が見込めるが、オーラで拵えたそれはさらに自在に伸縮する。マコトたちがよく使う、いわゆる如意棒に近いものだ。曲げたり伸ばしたりと、変幻自在な棒だから、さすがのレイラも手を焼いているようだ。
さらに、地上でもなく、手の届く間合いでもなく、時速200km近い速さで飛行する上空におけるバトルで、進行方向の後方に位置するレイラには途轍もない向かい風がその接近や攻撃を阻む。このレイラの僅かな劣勢が闘いのバランスを保っているのかもしれない。
しかし、無数のワイヤーを身体のアチコチに仕込み、ソフィアの構築する足掛かり構造のあちこちに絡ませたワイヤーを駆使して、空間を縦横無尽に移動しながらも、別の攻撃用のワイヤーを巧みに操り、向かい風をものともせず、レイラは自身の最大武力を発揮可能な間合いへと距離を詰めていく。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
カン、カン、カン、カキーン……。
ところが、レイラの無数のワイヤー攻撃は、ソフィアの繰り出す無数のシールドの盾に弾かれる。機を読んで周囲の足掛かりへ放ったワイヤーで距離を詰めるが、詰めた直後にソフィアのシールドの矛がこれを切り離し、レイラは詰めては突き放されるを繰り返す。
さらにソフィアは、オーラで設えた可動式ミニステージを操作して、レイラの攻撃を上下左右に巧みに躱す。
〈へへっ、ソフィア、やるじゃねーか……〉
レイラもまたソフィアのオーラの足掛かり構造をワイヤーで手繰りながら、絶え間なくワイヤー攻撃を重ねるが絶妙なソフィアの手練手管に翻弄され、自ら得意とする間合いに近づけない。
対するソフィアも決して余裕があるわけではない。間合いを詰められては、戦闘として即詰みとなるわけで、レイラの怒濤の詰め寄りのターンでは、冷や冷やしながら怖いものを近付けたくない必死の思いで、息を止めながら、それを薙ぎ払うわけだ。
〈あなたもね……〉
ソフィアもなんとかレイラの攻撃を封じながら捕縛へと持っていきたいところだが、レイラの高速大量の手数に圧倒されて、その一歩先へ進められない。
レイラをいったん退けることに成功するとやっと一呼吸をつける。しかしそれも束の間で、新たな方向・角度から複数の攻撃用ワイヤーが飛んでくるから、レイラの視線や姿勢、筋肉の動き等、どんな細かな変化も見逃せない。まさに息もつかせぬ攻防だ。
また、レイラも捕獲が目的で殺傷は回避するための事細かな攻撃パターンを繰り返すわけだが、無用な争いは回避したいソフィア自身は、相手を傷付ける意図はなく防戦一方となる。
結果的に、相手を斬り伏せるほどの殺傷能力の武力や魔力を互いに有しながら、高度な駆け引きと技の調整により、ハイエンドな技と技の応酬となっていた。
例えば、銃や刀で相手を殺傷する場合、例えそれで勝利を掴んだとしても、それは一瞬で勝敗、ときに人生の終焉かを分ける、無情でなんとも儚いものだ。しかしそこに相手を生かしたまま勝利するという枷が加わるなら、求められる技の難易度は桁違いに跳ね上がる。だがこれはスポーツではない。互いに相手の意図は知らないから、負ければ命を落とすかも知れない、まさに真剣勝負の立会なのだ。
ただ、そんな攻防一体のせめぎ合いを繰り返せば、必殺の一手でも、そこに無情な殺意などないことは自然と心の奥では理解する。それでも互いに負けられない闘いは続き、まさに死力を尽くして、相手の息遣い、立ち位置から次の一手の予測など、駆け引き、読み合いとともに、短時間ながらもその戦術的思考はどんどん高まっていく。
相手が何を考えているかの、心理戦的思考も最高潮に達し、なんとも言えぬ相手への一種の信頼感とともに一体感を伴う喜びと充実感まで感じるほどだった。
そのように、娘マコトとのバトルに続き、ソフィアとの重ねる手数にまたまた楽しくなってくるレイラだった。
そんな熱に水を差すように、バトルを後方から見守る部下、カイからの言葉が不意に差し込まれる。
「レイ、カイ、何やら白熱してるっすね? 手助け要りますか?」チッ
滾る昂揚感を邪魔されたくないレイラは却下で返す。
「カイ、レイ、不要だ。今がいいところだ。くれぐれも手は出すなよ?」チッ
「レイ、カイ、承知っす」チッ
邪魔な差し口であることは、カイ自身もわかっていた。ただ、白熱しすぎないように、なにかあっても後方でスタンバっていることをわかってもらうためにも含めて、定期報告のようなノリでカイは連絡を入れたのだった。
そんな状況が続き、お互いに疲労は重なり、息も段々乱れていくが、闘争心は俄然満たされ、ボルテージはどんどん高揚していく。二人とも目は爛々とさせながら、ひたすら闘いに没頭していった。レイラはもちろんだが、ソフィアは事前に捉えた戦況から周囲に配っていた警戒心もしだいに薄れていく。
ジジ……
そんなところへ突然、横槍のように目に視えない何かが全方位から一斉に襲いかかる。
グワ……ヮヮ……ン……
それは打突のような衝撃ではない。
それはひたすら揺さぶるような得体の知れない何か。
『これはなに? 震え? 振動? 音?』
その正体は全くわからないが、ソフィアの体の外も内も、水平のあらゆる方向に揺らされ始める。




