護りの布石 〜 暗躍のうねり xxiij
成り切りソフィアとして、強敵レイラをあの手この手で封じ込め、退けた一幕。飽和する想いの滴がマコトの口から自然に溢れ出る。
〈バイバイ。おばちゃん。マコはとっても楽しかった。またね〉
〈……レイラだ!! まぁいい。あー、そうだな。この力を駆使した騙し合い、息を呑むせめぎ合い。久々に楽しかっ……〉
短い時間だったが、自らの武を発揮する間もなく、頭脳で押し切られたレイラ。どこか清々しい余韻に浸りながら、その一瞬一瞬の記憶を振り返る。と、突如、すべてをひっくり返すほどの違和感に気付いてしまう。
〈って、え? マコ? おお、お前、ソフィアじゃなかったのか?〉
〈あ! ちちち、違う。私はソフィアよ。ゲフンゲフン……〉
慌てて失言を漏らしたことを取り繕うマコトだったが、動揺は咄嗟に隠しきれない。
マコトとレイラの力を駆使した騙し合い、息を呑むせめぎ合いに、そんなふとした綻びが生じた頃、会話とオーラの変化をつぶさに捉えていたソフィアが頃合いとばかりに労りとバトンタッチの意を差し込む。
〈もういいわ。マコちゃ。よく頑張ってくれたわ。ここからは私が……〉
ソフィアは、テールハッチに歩み寄り、ヘルメットを脱いで眼鏡を外しながら、マコトの隣にしゃがむ。そして、たなびく美しいブロンドヘアーとともにテールハッチから顔を覗かせる。
〈ママ!? 大丈夫なの?〉
拉致のターゲットであるソフィアの身を案じるマコトだが、ソフィアは優しく微笑み返す。
〈大丈夫よ! どーんと任せなさい! それよりマコちゃには頼みたいことがあるから、中で話を聞いてくれるかしら?〉
〈はなし? うん、わかった〉
上手くことを運べていたのにと、ソフィアへの心配も併せて、後ろ髪を引かれる思いで、何度も振り返りながら機内に入っていくマコト。
一方、マコトとの駆け引きに敗れ、後方に離れながら、瞳に飛び込んできた本物のソフィアの登場と、その顔立ちに驚くレイラ。オーラで強化されるのか、戦場でも遠くの相手を見誤らないレイラの驚異的な視力は、ソフィアの顔立ちをきめ細かに刻み込む。眼前の目まぐるしい変化、ソフィアと見做したものがソフィアではなく、その母がソフィアだがとても母には見えない、時系列や関係性や魔法の介在などのあれやこれやが入り混じり、絶賛混乱中のレイラだった。
〈え? ママって? コッチが本物? 確かに写真と全く同じ顔! え? いや7年前だぞ? むしろ写真よりも若い? 姉ではなく? こんな若すぎる母親っているのか? ソフィアは確かオレと同世代のはず? だが話しっぷりだけは母親のそれか……いやまさか本当に若返りの魔法があるとでも?〉
そうして、なんとか心を落ち着けながら、本物のソフィアの顔を直接視認するレイラは、確かに顔が完全に合致することを、事前に確認資料を見た記憶から照合する。美しく煌めく碧眼と何故かキラキラと輝くようなブロンドの髪が印象付ける整った小顔のソフィアの見目は、かつて世界中のお茶の間の視線を釘付けにした16歳当時のあの輝けるポートレート。紛うことなき正真正銘のソフィアのただならぬ存在感を醸していた。
さらにマコトの見てくれの年齢を子どもとするなら、確かにレイラ自身の世代に同じような母親が多くいる、そんな仲間の記憶映像が次々とフラッシュバックし、リアリティはどこまでも跳ね上がる。さまざまな辻褄一致が疑いようのない本物認定をレイラの心に刻むのだ。
しかし、だからこそ、その写真から7年を経過しているのにもかかわらず、まったく年をとっていない若々しさに驚きを禁じ得ない。
〈あらあら〜。姉だなんて、それに他にも……初めましてなのに、そんなにも褒めちぎられるなんて……嬉しいわぁ。お近づきになりたいところだけれど、連れ去られるのはちょっとね〉
〈くっ、確かに言ったか……どれも間違ってはないが……だが、なんか無性にムカつく……なんだこの沸き起こる腹立たしさは……〉
仮に若返りの魔法があったとして、一度はマコトの在り得ないほどの変化を呑み込んだレイラだった。しかし、そうではなかったことがわかり、考えを改めたばかりのこと。
〈なんか忌々しいが、まあいい。今はやるべきことを成すだけだ〉
この否定を再び否定することへ慎重を期そうとする心と、現実とのギャップにより混乱をきたす心との葛藤の最中にあるレイラは、それ以上の思考追従を諦め放棄する。
〈まぁまぁ……でもおもしろいわね。マコちゃに倣ってやってみたらできたけど、こんな通話方法があったなんてね。声をオーラでコーティングする感じなのかしら?〉
気持ちの方向転換に成功したばかりのレイラだが、また妙な切り口で差し込んでくるソフィアに苛立ちを覚えながら、言葉に含まれるオーラへの否定を返す。
〈なんだそりゃ? オレはオーラなんて知らんぞ。そんな胡散臭い……〉
興味の湧いたものなら、話したくなる元々の性格もあるが、ソフィアは息を吸うくらい自然な流れで、敵対するレイラに会話のキャッチボールを開始していた。
今バチバチと臨戦態勢へと高めようとするレイラの気を削ぐようなソフィアの問い掛けは、時間稼ぎが目的だった。マコトのように奇をてらうやり方はおそらく既に身構えるレイラには通用しない。クルーや機体へ影響が直結する今のテイルハッチ周りのバトルはなんとしても避けなければならない。
コレを回避すべく、ソフィアは、チヌークの胴体を基点に、ローター回転面よりもずっと外側、機体の右後ろの少し下側に伸ばしたオーラ構造の足掛かり構築を気付かれないように猛ピッチで進めていた。これは皆を護るために欠かせない重要な布石だった。
〈あら? もしかして無自覚? 今のこの時速200kmあまりの猛スピード……つまり猛烈な台風に等しい暴風の中でこんなにも明瞭に会話できることを不思議に思ったことはないのかしら?〉
〈あー、知らん。オレの声がデカい証拠だろ? まぁ、オレの声はどんな前線でもよく届くことで有名らしいがな〉
〈あら? まぁ! わたしが台風って言ったから、気象用語で返してくれたのね? どんな前線でも……それは即ち温暖前線でも寒冷前線でも、前線の気団境界を突き抜けるくらい声が大きいって言いたいのね? でもでも、わたしも娘のマコちゃも声大きくないけど、ちゃんと届いてるでしょ?〉
〈はぁ? 何をわけわからんことウダウダと……軍人が前線と言えば戦場の最前線に決まってるだろ? ……あー、あの天気図の赤と青の線のことか。知らんわ。それの何が面白いんだ? だが……確かに声は届いてるか……それが……オーラ? ふん。まぁいい! 考えるのが面倒だ……〉
オーラという存在、その概念を突きつけられ、僅かに思考を寄せるが、やたらと面倒臭さがつきまといそうで、今考えることではないとレイラは心の奥に放り込む。それより今はソフィアだと、意識を差し替える。
何より、自身の悲惨なまでの生い立ちとは正反対に映る、眼の前のソフィアの、自らが美しく、可愛らしい娘までこさえてなお若々しい出で立ち、全ての幸せを手中に収めて温々と暮らしてきたように見えることが何より腹立たしく思えるレイラだった。そして、さっきから抱いている腹立たしさの正体はこれなのか、との気付きも得るのだった。
〈なんかいろいろと腹立たしさが巻き起こるが……それも、まぁいい。ともかくお前がソフィアなんだな? もしもお前が7年前に拉致されていたら、同世代の拉致仲間として仲良くなれていたかもだが……〉
〈え? あら? あなたは拉致被害者だったの? それならなぜ今こんな……〉
〈は! それを今聞いてどうする。ソフィア、おまえが付いて来るなら、帰りの道すがら、じっくり語ってやってもいいんだが、そーじゃねーんだろ? 意に沿わないというなら、今は敵だ。拳で語りたいってことだろ? それにさっきからコソコソと……終わったのか?〉
〈あら? バレてた? ふふっ、見かけによらず優しいのね〉
〈フン! アホか! 要はヘリから離れたところでやりたいってことだろ? 罠張ってるわけでもなさそうだし、オレもそのほうがやりやすいからな。だが……良かったのか? オレが力を発揮できる……ということは、おまえはもしかしたら勝てたかも知れない芽を自分で摘んだことに気付いてるのか?〉
痛いところを突いてくる。確かにレイラの言う通りだと、マコトの闘い方のほうが勝機があったかもしれないと。だが、周囲に護りたいものがある以上、この選択は止むを得ないのだと、言い聞かせるソフィア。
〈あら! そうね……あなた、まるで野獣……いや、まるで鬼神? といっても言い過ぎじゃないわ。直視するだけでも震えがきそうだもの……(ブルッ)あら、本当に震えたみたいね……まぁ……でも大丈夫でしょ〉
それと同時に、それは接近戦、すなわちレイラの桁違いの武に晒される可能性の浮上を示唆するわけで、武の固体として捉えたレイラを意識すると、その凄まじさに沸き起こる恐怖心も極上のものがあるようだ。寄せる震えに思わず両腕を固く抱きしめるソフィアだった。
〈ほぉ。大丈夫か……娘といいおまえといい。太々しさだけは買ってやるよ。だがせいぜい後悔するんだな。その言葉、誰に向かって吐いたのかをな……〉
その言葉尻を合図に凄まじいオーラを纏うワイヤーが猛スピードで飛び出す。
〈あちゃぁ……火を点けちゃったかしら?〉
実はソフィアの仕込みを見ながら、レイラは身体を休め、気を整え、装備の確認と手直しを進めていたのだった。気力満タンのレイラから無数のワイヤーが今、ソフィアを急襲する。そんなレイラの飛び道具だが、ソフィアもテールハッチを飛び出しながら、オーラの触手のようなものでこれに呼応する。
シュッシュッ、シュッ……。
カカン、カキーン……。




