オバちゃん 〜 暗躍のうねり xxij
マコトがソフィアを騙り対峙する場面に戻る。
〈ち……ううん。そうよ? 私がソフィアよ?〉
〈いやそんなわけな……え? そうなのか? 北欧魔女は底知れぬと聞いたが……もしや若返りの魔法、実在するのか?〉
勝手に勘違いに陥りそうなレイラの様子を見て、咄嗟の機転で成り切りソフィアを演じることにしたマコト。
ソフィアは眼の前の対応に集中しながらも、愛娘の応対に対する状況把握は継続中だ。あれもこれも考えなければならない状況だが、ひとまずマコトへの制止の言葉が口を突いて出る。
『マコちゃ? ダメよ。危ないわ』
『まぁまぁ任せて』
自信ありげなマコトの言葉と、今今の機を逃すべきでない他の航跡案件へのタイミングを秤にかけ、ソフィアは、マコト側は状況を見守りながらもいったんマコトの意に任せてみることを告げる。
『……ん……ジン? ちょっと考えてみるわね。マコちゃ? ちょっとコチラも今手が放せないそうにないわ……けれどマコちゃ、何か策があるのね? でも絶対無理はしないのよ?』
『はーい。大丈夫だよ。ママはそっちに専念してて』
なんとも頼もしい愛娘の言葉に、ソフィアは心配そうな表情を押し込めながら、ある種の信頼のこもる笑みを返し、再びコンソール画面に集中する。
それを見届けたマコトは、心置きなくレイラへの対応に取り掛かる。
〈そ、そーよ。それで何のご用かしら? 不躾にも程がある登場っぷりだけど……って腰周りの紐……もしかしてワイヤーアクションでやってきたの?〉
〈見かけにそぐわぬ話しっぷり……その容貌にうっかり騙されそうになるが、類稀な魔力の持ち主だとも聞いている……なら見てくれだけを変えることも可能なのか? 北欧の魔女にはやはり別格の凄さがあるのか? まぁいい。そうか。お前なんだな? オレはソフィアに来てもらいたいだけだ。同意してくれるなら何も危害は加えるつもりはない。まぁ抵抗するなら強引に連れ去るだけだがな〉
マコトは拉致目的であることを確定付けながら、レイラの纏う姿から複数のワイヤーが繋がっていることに注目していた。
レイラはそれに気付くが、見かけの幼く可愛らしい容貌から、うっかり説明を加えたい衝動に駆られ、照れ混じりの言葉を高めのトーンで零す。
〈……お、おう。これか? 察しがいいな。その通り。オレは足掛かりがあるなら空も自由自在……〉
〈そう。カッコイー! スパイダーマンみたい〉
マコトの思惑の第一弾は、まずは撤退させることだが、勝手に空間を移動してきた敵を突き落としても死んでしまったりしないかが気がかりだった。が、どうやら懸念はすっかり晴れ渡り、準備万端の心で思いっきりの笑顔で被せ気味に褒め称える。
〈そ、そーだろ。ふふん。だが、あんなもんじゃないさ〉
〈それなら、落ちる心配は不要ってこと? よかった……〉
子どもの姿から放たれる称賛の言葉は、レイラの心をどこまでも擽り、すっかり警戒心が解かれる。マコトにすっかり絆されたそんな心の移ろいを裏切るかのように、マコトは、レイラが話し終わる前に言葉を被せ決行に移る。
〈もっとすご……〉
〈じゃあ、おばちゃんに遠慮は要らないってことでいいよね?〉
〈な、なに? おば……違うだろ、ってウワッ〉
どんっ、ぎゅぃぃぃん……。
マコトは瞬間発動の如意棒の先を、レイラの腹部に顕現、押し当て、体ごと弾き出すように延伸させる。
〈な、何しやがる! その棒どこから? 子どもの力でここまで吹き飛ぶものか? いや、それは見てくれだったか……まあいい。こんのー……ふんっ!……ふんっ!〉
シュン! シュン! シュシュン!
そのまま機外に放り出されるレイラだが、落ちながらもすぐさま次の一手、二手と、間髪入れず次々と繰り出す反応速度が凄まじい。落下速度を遥かに上回るワイヤーがCH−47へと向かっていく。異能だけでなく高い戦闘力を買われてのその実力が惜しみなく発揮される。
落とした行く末と、次の反応行動が気になるマコトは、テールハッチの縁から顔を出し、レイラとその行動を目の当たりにして驚きを返す。
〈あんれー、凄いなこのおばちゃん〉
〈……いい加減、そのおばちゃんはやめろ……そう言えば名乗ってなかったか。オレはレイラだ。覚えてお……いや、これから連れ帰るから否が応でも覚えるか〉
〈うゎぁ、カッコいい名前。おばちゃんカッコよ!〉
〈おば?! ……まぁいい。ソフィア。可愛らしい顔してお前、やることえげつねーのな。だがますます気に入ったぜ。お前はぜってー連れ帰……〉
シュバッ……ボンッ
マコトは直ぐに如意棒の先の半分の形を変化させた。次の瞬間、それは傘のように開き、マコトは薄膜を伴うその大きな円形部分を切り離す。
すると傘状の円幕はヘリを護るように大きく拡がり、ヘリの吹き下ろし風を受けて下方に押し出される。
シュパン、シュパン、パパン
そんな一面の膜は、レイラの起死回生のあの手この手を無情にも弾き返す。そのままレイラに届くと絡み合うように包み込む。が、そのままでは危険と判断したマコトはここでオーラの物質化状態を解いて霧散させる。
〈くッ、お前、よくも……うわぁ、絡まる……ん? 消えた? なんだこれは? まぁいい……(ん? あれは? ふっ、そうか、ふふっ)……だが、まだまだだ〉
いともあっさりと返された悔しさを顔一面に滲ませるレイラだが、まだ初手で繋いだワイヤーが繋がっていることに気付く。テールハッチからは見えづらい位置に突き刺さっているソレは強靭だが一際細く見つけづらいことから、ソフィア(実はマコト)には気付かれていないと推測するレイラは静かにほくそ笑む。
〈……あー、惜しかったねー、おばちゃん。凄かったけど、でも残念。落下速度とヘリの吹き下ろし風の分だけちょっぴり鈍いからなんとかできちゃったみたい……ん? あれ?〉
V国ヘリとCH−47を繋いだワイヤーが実はまだ残っている。しかし、レイラは気付かれぬよう自然に、最大限に伸ばすようにワイヤーロールを緩めていく。
すると、本来はその2点で吊るされるように落下していくところを、見た目にはV国ヘリだけに繋がっているかの、チヌークからは離れ落ちていくような反放物線の軌跡がマコトたちの瞳に映るように仕向ける。
それを見届けたマコトは、安心したように下方から目を放し、チヌーク内に関心を向け、テールハッチからも顔を引っ込めた……のを確認したレイラは、目を見開き、これ以上ない嬉しそうな笑みを携えて、チヌークに繋がったワイヤーロールの急速巻取りに取り掛かる。超高速でみるみるチヌークへの最接近を果たすレイラ。
あと少しでテールハッチ上に到着する直前のこと。
着いてしまえば、子どもの風貌とはいえ、完全に敵と見做したなら、もう決して侮りはしない……と絶対的な自信に包まれるレイラ。
そして、限りなく100%に近づいた、勝利にも似た感情とともに満心の笑みで、テールハッチ上に今姿を現し着地する……。
その僅か手前のこと……不意にレイラ視線前面の至近距離にマコトの顔が現れる。
〈ばぁ〉
〈な! うわっ〉
そんなマコトの顔面を至近距離で捉えたレイラは、あまりの驚きにテールハッチを掴み損ねたばかりか、驚きで仰け反って後退方向に再び離れ落ちる。
〈なーんてね。気付いてないとでも思ったぁ? 細ーいワイヤー。眼がいいんだもん。コレを取りに行ってたんだよー〉
ジャキン……ジャキジャキーン。
マコトはおもむろにケーブルカッターを見せつけると、魔力で包み、CH−47の腹部方向、テールハッチの外側に突き刺さったワイヤーを容赦なく切断する。
〈こっち側のワイヤー、ジャキン!〉
出し尽くしたうえで全て跳ね返されたレイラだが、予想をことごとく裏切られる顛末に、何故か清々しい表情を見せていた。
〈ぼそっ(ふっ、このターンはしてやられたようだ……うっ)〉
レイラは今度こそ自国ヘリ側のワイヤーへ吊り下がる方向に、一瞬驚きはしたものの、藻掻くことなく落ちていく。それを見送るマコトは、その攻防の充実感をお別れの言葉に添える。さらにはまるでゲーム仲間のように次を期待する言葉を付け加える。
〈バイバイ。おばちゃん。マコはとっても楽しかった。またね〉
マコトにとっては、これほどの機を読み策を講じる体験は初めてで例えようのない高揚感で心が埋め尽くされる心地よさと、終わってしまったと思う寂しさが自然に口を突いて出た言葉のようだった。
レイラにとっても、これまで格闘術でも並ぶ敵はそうそう見当たらないが、異能や頭脳を駆使しての、レイラと勝負できる逸材はなかなかお目にかかれない状況から、短い時間とはいえ、これほどの興奮を伴うバトルは久々だった。心中ではいったんピリオドを打ったこの駆け引きの余韻、その心地よさに浸っているようだ。
〈……レイラだ!! まぁいい。あー、そうだな。この力を駆使した騙し合い、息を呑むせめぎ合い。久々に楽しかっ……〉
そんな浸りながらの言葉のフラッシュバックに混じる違和感、まるで名前ような言葉に気付き、レイラは慌てて問い質す。
〈って、え? マコ? おお、お前、ソフィアじゃなかったのか?〉
勝負結果は冷静に受け止められても、バトった相手を見誤っていたことにひどく意表を突かれてしまうレイラだった。
〈あ! ちちち、違う。私はソフィアよ。ゲフンゲフン……〉
慌てて失言を漏らしたことを取り繕うマコトだったが、動揺は咄嗟に隠しきれない。




