コンプライアンス 〜 暗躍のうねり xxj
シエラが気付き、洗いざらいを拾い出して整理した情報画面をヴィルジールがジンとソフィアに提言する。ただ、武器商人という存在が今、ソフィアたちの妨げとして降り掛かっていることを伝えたかったヴィルジールだったが、思いもよらぬソフィアたちの動揺振りと、一連の情報から浮かび上がる別の事実に当然気がつく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、もしかしてソフィア殿は……もしかして……N国王女のソフィア姫なのか?」チッ
「え? あのソフィア王女? ……だからこんなにもお綺麗なの? そういえばあのお写真……ほぅゎぁ……わたしもあの事件……」チッ
思わぬ言動が二人から飛び出たことで、ソフィアは慌てて被せるように謝る。
「二人ともゴメン。今は時間がないからそれはまた今度。それよりも……」チッ
「承知した」チッ「はい」チッ
ソフィアは今の緊急対応の必要性を理由に明言を避けるが、ヴィルジールたちにとっては、肯定したも同義であることを瞬時に悟る。途端に悲願成就への道筋が開けてきたことにヴィルジールは目を見開き、嬉しそうな表情で先送りの言にすんなり同意を返す。シエラもそれを汲み取ってか同時に素直で爽やかな返事を返した。
「ソフィア? 大丈夫か?」チッ
あまりに衝撃的な事実を知ることになったソフィアを慮るジン。
「そう……あの事件は巻き込まれたと思っていたけれど、どうやら違ってたみたい。わたしがメインターゲットで、他の人たちがその巻き添えで亡くなってたように見えるのよ……ということは……そ、そんなぁ。わたしのせいで多くの人が……」チッ
自身を責め立てるソフィア。ふと思い出したことをジンが返す。
「そういえば、聞いたことがある。あの事件のテロ組織自体はあまり大きくなくて、そんな組織の持つ武器で、あの高度の航空機を撃墜できるはずはないって話」チッ
それによるなら、ソフィアの影響で事件が起こったことの確度が抜群に跳ね上がることになる。しかし、ジンはそう思わせるために言ったわけではなかった。
「じゃあ、本来なら失敗に終わっていたはずがこの武器商人の武器供与で撃墜成功したってこと? やっぱりわたしのせいか……ぅぅ……」チッ
「いや、違うだろ、ソフィア。悪いのはこの武器商人ってことだろ?」チッ
自身により起こった事件という責任感のようなものから、今のソフィアは自分を攻めるだけで、冷静さを欠き、適切な判断が難しい状況にあった。
「そ、そうなんだけど、そうなんだけど、わたしがあのとき、急遽便を変更しなかったら……」チッ
「そしたら、日本直行便だから、日本で墜落炎上することになったのではないか? 気に病むな、ソフィア。もしも何かをしなきゃと思うなら、この元凶たる組織、その根源をなんとかしないことには誰も浮かばれないぞ」チッ
ジンは、一つ一つ、丁寧に紐解いて説明する。便を変更しなかった場合に降りかかるもの。憎むべきは何か、これからどうすべきかを問い、今立ち止まるべきではないことを伝える。
「それに、こういってはなんだが、そのテロ組織の目的は国賓級VIP一行の集団であって、奴らの目的は多かれ少なかれ達成された。そこで達成されなければ、別の場面で多くの命とともに奴らはまた犯行を繰り返したはずだ。けれども、あのとき巻き添えを食らうはずだった多くの乗客の命を救えたのはソフィア、君の頑張りがあったからだろ? そしてその元凶は、あのときも、これからも、君と関係なく、不幸と悲しみを産み出し続けている。さらに今、最も肝心なことだが、君が狙われている」チッ
『ちょっと聞かれたくないから念話に切り替えるよ。もっと言えば、なぜ狙われるのか? 想像でしかないが、1.君を強制的に戦力に組み込む、2.君の血を一族に取り込む、3.君の力、血や体組成を研究材料にする。ざっくりこの3つのどれか。つまりは、ヤツラは強大な力を手に入れ、世界の多くの人が悲しみのどん底に突き落とされる。君がクヨクヨするのは敵の思うツボ。それに君だけじゃない。うちの家族はマコトもイルも、今はいないケインだって、力を知られたなら同じく狙われるのは必至……オレは皆を守りたい……』
「あとは言わなくてもわかるだろ?」チッ
誰かが亡くなった事実は変わらないこと。少なくとも救える命だけは救ってみせたこと、などをジンは細やかに懸命に説く。その甲斐があってか、ソフィアの沈みがちな表情もしだいに和らぎを見せる。
「ジン……そうね。今悔やんでも何も変えられないわね。それに今、このC国の動向も、すなわちわたしがターゲットってことでいいのよね? それとわたしも、わたしの家族も、全部わたしが守ってみせる」チッ
ようやく冷静さを取り戻せたことに安堵するジンだった。ソフィアは今一度見解を確認する。自身がターゲットであることについて。これは、次の行動を考えるにあたってのまずは基準を確認するいつものソフィアの思考回路だと。
ジンは別の視点の不明瞭な点を返す。
「あー、おそらくな。だが16機ものヘリを動員して何をしたいのかはさっぱりだな」チッ
そこへヴィルジールが不意に名乗りを上げる。元々そのための状況提言でもあったわけで、今は別の意味の付加価値にも期待を込めて、必死の懇願だ。
「ジン殿、ソフィア殿、この武器商人に何かをしたいなら、我々も協力させて欲しい」チッ
報告をくれたことには感謝しつつも、知り得た巨悪過ぎる情報から、関わるとなると話は別だと、危険と諦めを促す言葉を返す。
「え? わたしたちもどうするかはこれからだから、何もわかっていないけど、相手はドス黒い危険極まる、途轍もなく巨大な存在かもしれないのよ? おそらく命がいくつあっても足りないくらいの危険を孕んでるわ」チッ
しかし、ヴィルジールが怯むことはなかった。
「それは重々承知の上だ。我々、いや我の悲願なのだ。この武器商人に一族の未来を奪われたのだ。我はずっと追っていた。だがどうしても近付くことすら叶わなかった。それが今、まさかこんなところでその尻尾を拝めるとは思いもしなかった。それと我では力不足なことは重々承知している。しかし、今、ソフィア殿、ジン殿が同じ目的を持っているのなら、我はそれに縋りたい。本心からそう思っている」チッ
むしろヴィルジールのほうが事態を熟知し、悲願である理由と千載一遇の機会であることを告げ、助力を仰ぎたい本心を告げる。
「そう……事情はわかったわ。でも何を期待されているかはわからないけれど、わたしたちだってただの個人なのよ。何かはしたいけれど、できるかどうかもわからないわ。だから、あまり期待されても何もできないかもしれない……それでも良いのなら……今は目的が重なるということで共闘でいいかしら?」チッ
ソフィアは自分たちの事情に、危険を承知で他者を巻き込むことは良しとはしない。だが、覚悟や関連知識もあり、目的も重なることから、共闘を提言した形だ。
もちろんヴィルジールは完全同意する。シエラはヴィルジールと目的や行動を共にすることもあるが、今はソフィアへの助力の意向が先に立つようだ。
「あぁ、それで充分だ。是非お願いしたい」チッ
「わたしもわたしも! ソフィア王女のお力になりたいです」チッ
「……ありがとう。けれどお二人とも、もう充分に力をいただいているわ。特にシエラさんのこのスキルは素晴らしすぎるわね。いったいどこでこんな……こんな簡単に情報を拾い出すのはとても難しいことだと認識しているわ。とても優秀なのね。でも困ったわね。その王女はやめてくれないかしら。今まで通りの呼び方でお願いしたいのだけれど。今もこのインターフォン。英語でわかりにくいとはいえ、ほかのクルーの皆さんも聞いていらっしゃるのだから、これ、ところによっては、情報漏洩としてけっこうなコンプライアンス違反でもあるのよ?」チッ
自ら王女を名乗ったに等しいソフィア。情報確定にヴィルジールはほくそ笑みながら返す。シエラはただただ気付いていないだけだったから平謝りだ。
「それは失礼」チッ
「もももも、申し訳ありません」チッ
ただ、秘したいだけの意向からソフィアはコンプライアンス違反と言ったが、公人といえど、その名を借りたり騙って何かを得るなどの行為がない限り、それには該当しない。プライバシー権への侵害には該当するだろうが、ソフィアは強めの意志を表したかったことと、最近流行り始めたこの言葉を使いたかっただけかもしれない。〝ところによっては〟と、それに該当する話として発言しているのだから、確かに嘘は言ってはいない。ジンもヴィルジールもそれをわかってか、敢えて突っ込むことはなかった。シエラだけは真に受けたようだが。
「ううん。これから気をつけていただければいいわ。まだいろいろよくはわかっていないけれど、できればこの巨悪を白日のもとに晒したいところね」チッ
「そうだな」チッ
「御意」チッ
「は、はいっ! 力を尽くします」チッ




