臨場感を醸す声 〜 暗躍のうねりⅹⅶ
マコトを中心とする念話が弾む頃、索敵に専念していたシエラからの報告が差し込まれる。
「ジンさん、ヴィルさま。先ほどのヘリが後方に近付きつつありますが、ヘリのお腹に何かが吊るされていることと、ハッチが開いて人影のようなものが見えます。何か仕掛けてくるのでしょうか?」チッ
後方象限にある飛行体をCH−47の客室の窓から目視で視認・識別することはかなり困難を極める。CH−47の客室の窓は一部を除いてフラットな小さく丸い窓だからだ。
その一部と言っているものは外側に半球状に出っぱったバブルウィンドウと呼ばれるもので最後尾に両側一つずつ付いている。このやや特殊な窓なら、機体の壁面よりも外側に顔を突き出せる。このため、捜索や監視の際、前方や真後ろ、真下といった、通常は機体に隠れる部分も両側からオーバーラップすることで、死角ない視界が得られるものだ。
しかし、それ以外の通常の窓はフラットだ。真横方向、すなわち窓面に垂直の方向だが、その中心に近い角度の領域は充分視認できる。ただし、人の目の位置は窓面より内側となるため、真横方向から上下左右に大体70度以上離れた角度になると、途端に視認は困難となる。目の位置を窓面にかなり近付け、真下や真後ろに特化した視界範囲としても、物理的に90度に達することはない。さらに機体そのものの影となることから、せいぜい80度程度が関の山であるうえ、目視のやりづらさ、視界の見えづらさはともに跳ね上がる。ちなみに燃料タンクの膨らみで真下寄りの視界はほとんど遮られる。また真後ろ方向の視界も最後尾のバブルウィンドウの膨らみが地味に邪魔をする。民間の旅客機も丸ではないとしても、比較的小さなフラットな窓だから想像しやすいかもしれない。
そんな中で専属クルーではないシエラたちは通常のフラットな窓からの索敵となる。では、報告に上げた後方象限のヘリをどのように視認できたのか。
実はシエラはハッキングのプロ、それも若くして、世界に名だたる超一流と言っても過言ではないスキル保有者であり、最小限のモバイルツールをバッグに常備している。そこから望遠可能な超小型高性能カメラを取り出して、窓面の後ろ向きにテープで固定し、最初は携帯端末でそれを見ていたのだった。
もしも目視で後方象限を直接見ようとしたなら、窓の前側いっぱいギリギリに頬ごと密着させた瞳から、ほぼ窓面に沿った方向を見るしかない。このとき両目で見ようとすると、左右の目からの合成視界はおかしな状況となってしまうため、片目で見るしかなかった。人の両目は顔の正面方向に向いてこそ補完されたステレオ映像が構成されるわけだ。
途中、動物かもしれないとマコトたちが判断していた外部からの異様なオーラ侵入時点から、不審に思い、ラップトップPCを取り出して、なにやら打ち込み始めていた。そうして、携帯端末からPCへ、カメラも繋ぎ変える。
そんなツール機能が映し出す望遠カメラ映像は、大きく明瞭にPC画面に表示され、そこからヘリの動向を詳細にウォッチしていたというわけだ。
機体の反対側に座るヴィルジールの窓にも同様にカメラを設置し、フラットゆえに、後部視界の妨げとなるバブルウィンドウの出っ張りも含めて、どうしても死角は生まれるが、蛇行飛行と相まって、左右同時の補完映像でかなりの死角ロスを補っていた。
「シエラでかした。よく見ていたな。ジン殿、後方のヘリに動きがあるようだ」チッ
「いいい、いえ」チッ
いち早く敵情変化を察知するシエラをヴィルジールは讃える。
シエラのような活動は、そこにどんな工夫を凝らしていても、情報を受け取る側はそんな努力にも気付けず、ただの報告として捉えるのが通常だ。ヴィルジールのように、隠れた努力に評価をくれることは実は何よりも嬉しかった。
そして今、シエラがセッティングしている望遠カメラのPC映像をキチンと見るためにヴィルジールは自席を離れてシエラのすぐ脇から覗き込む状況となっていた。
瞳を輝かせながら、ヴィルジールは童心爛漫に映像の変化を追いかける。肩が密着、寄せ合いながら、そんな横顔が10cmほどの位置に……画面と横顔……シエラは交互に何度も何度も見返す。こんなに近い距離感はSR−71に同乗したとき以来だと、記憶に鮮やかなその時の情景がシエラの胸に去来する。思い出したシエラは顔を赤らめる。
―― ひゃわゎゎ……ヴィルさま……顔……ちちち、近い近い……。
―― か、肩がぐいぐい……この人はいったいぃぃ……。
シエラの視線と紅潮した頬に気付いたヴィルジールは、心配そうな顔で「ねつでもあるのか?」の口パクとともに、息つく暇もなく流れるような所作でヘルメットの隙間から額に右掌を差し込む。シエラの小さな頭にはやや大きいヘルメットだから、ヴィルジールの大きな手もスッポリと入る。
―― うひゃぁぁ……ヴィルさまの手がぁ……胸の鼓動、バレてないかしら……。
―― この人、わたしをいつまで子ども扱いするのかしら……。
―― あれ? 今わたし汗かいてない?
すると、サムズアップしながら、「もんだいない」の口パクとともに、屈託のない笑顔を放り込む。
―― そ、そういえば、そうだった……。
―― この人、気配りもあってあんなに凄い人なのに……。
―― なぜかコッチ方面は、筋金入りのポンコツだったっけ……。
そして握りしめた右手に違和感……湿り気に気付いたヴィルジールは、なんだろう? な顔付きでクンクン嗅ぎ始め……。
―― か・か・嗅ぐなあ〜〜〜。
その瞬間、ヴィルジールの左脇腹を、ポコポコポコっと、力は弱いが激しく連打するシエラ。
―― わたしは乙女だぞ〜〜〜。
少々半泣き顔のシエラの表情と右掌を交互に見て察したのか、はたまた、全く気付いていないのか、なぜか半怒に見えるシエラにジェスチャーで必死に弁明を始める。SR−71への同乗以降、乙女の、シエラの扱い方の難しさを知ってしまったこと、また既に家族以上の大切な思いにも気付いていたからこそ必死だったようだ。
―― ……え? 手は洗ったから汚くないよ? って……。
―― プッ……アハハハ……ダメだこの人、どこまでもトンチンカンだ。
―― なんでこんな人をわたし……
ヴィルジールはやはり気付いてはいなかった。シエラの表情に笑顔が戻ったことで、機嫌が治ったのかと、ホッとため息を漏らしながら自席へと帰っていく。そんな残念さを、ただただ再確認できたシエラだった。
ヴィルジールと入れ替わりでPC画面で状況を確認するジン。
「了解。ありがとう。助かるよ。パイロットさん? 聞いての通りです。何をどう仕掛けてくるかはわからないので、|索敵《Look Around》強化願います」チッ
「機長了解。また動きに変化があればレポート願います」チッ
チチッ
ジンは告げられた状況変化を念話で繋ぐ。
『敵に動きありだ。マコトとイルはそのままでいいが、心構えだけはしておいてくれ』
『もう来ちゃうのかぁ……あっちのヘリ、速いのかな? マコ了解』
『イルも了解です。マコちゃん? せっかく開いたマコちゃんの大切な話題だし、もしかしたらイルが力になれるかもだから、あとちょっとだけ話しよ? あ、そうだ! マコちゃん、早口もイケたよね?』
マコトのトラウマに関わる重要な話の途中、あと少しで核心に触れられるかもしれないと、イルは会話継続を促す。やや緊迫しつつある状況ゆえの早口話術でだ。
『え? あー、うん。ママもたまにマシンガントークやるから、聞くだけなら多分大丈夫だと思うけど、マコ自身は速くは喋れないかも』
『あー、ならイルだけでもいいや。たぶん1.5〜3倍速くらいかな? 時間も勿体ないからイルは超早口でいくね?』
『あ、うん。大丈夫。もしわかんなかったら聞き返すよ』
『うん。それで大丈夫、それじゃいくよ?』
『わかった。でも、うーん。たぶんそういうことなのかな? 周りから見ると、何か変なこと言ってるって思われてるんだろうね。やっぱりマコが話すことって難解なのかな?』
ここから、イルの超早口が始まる。
『あ! マコちゃん。それわかったかも』
『え? ホント?』
マコトもそれに釣られて早口になりそうにはなるが、呼吸の拍子とでもいうのか、どうしても自分のリズムに引き戻されるようだ。
『うん。たぶん。まだイルは日本語を話すことがおぼつかないから、大体は底辺の会話で済んでるけど、マコちゃん達と一緒に暮らしてるせいで、日本語も聞くだけなら、実はけっこういけるんだよね』
『ほう。確かに』
『だから自然と耳に入ってくる内容から察すると、日本は文化が進んでるから子どもたちも皆けっこう大人かと思ってたのね……でも実際は反対だった』
『反対?』
『うん。社会に守られてるからかなぁ。考えが幼く感じるの。教育環境が不十分で、逆に幼いと思ってたS国の子たちの方が貧しくて明日の生き方を考えてる分、筋がしっかりしてるように感じるんだよね』
『あー、あー、うん。それ、ちょっとわかるかも』
イルはS国の現地育ちだが、マコトとともに、あるきっかけから、現地の男の子たちと触れ合う機会があった。その子たちは素朴で特にお馬鹿な行動ばかりしていた輩だった。しかし、時折見せる押すタイミング、引くタイミングなどをわきまえるような素振りをマコトもともに見てきたから、礼節とは言えないまでも、どこか好感は持てているようだ。
『そう。でもね、見方を変えると、そんな幼さこそが、子どもの在るべきな姿なんじゃないかなって思ったの。そして、そんな幼い相手に対して、話す内容ももちろん大事だけど、ひとまずは一歩引いて接すれば良いのかなって』
イルの言葉から、マコトは親に連れられる幼い子どもの家族の姿を思い浮かべる。すべては親がお膳立てするのだが、家族で遠出し、自然に触れ、野原を駆け回り、疲れたらそのまま寝付いてしまう、そんな家族の幸せな光景だ。
『あー、子どもは何も考えずに遊んで食べて寝て……みたいなやつ? あ! 確か……食う寝る遊ぶ、って何かのCMあったなぁ』
『そうそれ。大体そんな感じ。生きる心配しなきゃなんないS国はそういう意味で大人たちがしっかりしなきゃだけど、貧しさがついて回るから何かと難しいとは思うけどね。そういう意味で日本の子どもたちは無邪気で幸福な環境なんだから、幼いのが当たり前なのよね』
イルの話は、いつも何かのインスピレーションをくれる。直接そのことは言っていないのに、何故か連想させられる不思議な話術。そう思いながら、マコトの中ではいろいろなイメージで満たされていく。凄いなぁと思いながらマコトは納得の頷きを返す。
『なるほど……そうだよね』
『イルやマコちゃんみたいにいろいろ見えてると気にもなるかもで、でもそんなのたいていは考えすぎじゃないかなーって思うんだ。自分だけが先に走っちゃってる感じ? だから、そんなときは一息二息くらい待って、慌てずいったん呑み込むみたいな?』
イルの語りの巧さもあるのだろうが、その声がなんとも言えない魅力を放つ。何かのイメージを思い浮かべやすいのは、その柔らかく奥行きのある声のせいかもしれない。と思いながら、その声に引っ張られたのか、呑み込むと聞いて、うっかり大口を開いて周りのものをハムっと頬張るイメージを思い浮かべ、マコトは慌ててしまう。
『のの、のみこむ?』
『そう。あ! あははは。怪獣みたいに飲み込むわけじゃないよ?』
この臨場感を醸す声質め! 恐るべし! と思いながらマコトは濁し笑いだ。
『ほっ。だだだ、だよね~……あははは……』
『だからほら、例えば、相手が初めての人なら、マコちゃんもひとまず相づち打って、暫く離れず近付き過ぎないでいるの。自分からあんまり喋らないってことね?』
『あいづち……ふぅーん』
『するとね。そのうちいろいろわかってきて、その人の心根が真っ直ぐそうと思えたなら、わかってなさそうなところは導くようにゆっくり解してあげるといいよ』
『導く? ……解す? ……ムズそう……』
『うん。そだね。でもマコちゃんならきっとできるよ』
『……ぅ……うん……』
『それでマコちゃんの少し深いところもゆっくり伝えていくの』
『うーん……できるかなぁ……マコなんかに』




