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Jet Black Witches  作者: AZO
4−3.萠動編 − 暗躍のうねり
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時分割の意識 〜 暗躍のうねりⅸ

 この極東の困難極まるプレート裂け目の滞在に拘る理由とミッションの重要度を認識できたクルーたち。艦長からの説明を受け、皆、迷いない真剣な表情に染まる。


 クルーたちの目標を見据えた頼もしい表情を満足げに見回す艦長は、ふと伝え忘れていることに気付いて、散開しようとしている面々へ付け足す言葉を放つ。


「因みに、さっきは……」


 既にやる気に満ちていた一同だが、更なる情報提示にも貪欲なのか、その言葉の続きに潜む予感めいた何かにハッと気づかされたのか、一斉に(きびす)を返し、艦長に向けて視線と耳を傾けながら、そそくさと元いた場所に戻り始める。


「一歩誤ればプレートの裂け目に飲み込まれる危険な状況を無事回避できて皆が私を誉め称えてくれたわけだが、それは少し間違っている」

「え? というと?」


 出だしからの間違い宣言に意表を突かれたのか、相互に見合わせながら、続く言葉を固唾を呑んで待つクルーたち。艦長はその様子を認め、やや低いトーンでつらつらと語り出した。


「わたしは諸官らの力をただ借りたに過ぎない。凄いのはそれを的確に操ってみせた諸官らだ。もしも皆が練度の低い者たちならば、いくらわたしの思い描く操艦をしたくとも、良くて3割程度しか為せなかっただろう。その場合は、さっきのあの場でアンコントロールに陥り、あるいは、土砂の7割以上を喰らって今頃はプレートに呑み込まれていたかもしれない。だいたい操艦達成度の9割を切った時点で、おそらく似たような結末になっていただろう。まぁ、それ以前にそんな状況なら、そもそもこのミッションに踏み切ることはなかっただろうし、U国としては、何の関わりも見出だせず、立場上の敗北を甘んじて受け入れるしかなかった」


 沈むような言葉をつらつらと並べると、一転、艦長は瞳を漲らせ、語気を強めた口調に変わる。


「しかしそうはならなかった。わたしの最大の功績は諸官らを()り優れたことに尽きると言える。わたしは諸官らなら、見事に体現してくれることを知っているから、そのように動いてもらっただけに過ぎない。だから危険なミッションであることは承知でも、すべてはわたしと諸官らとのタッグですべて完璧に成し遂げられる。そういう人選でもあり、僅かな危険をも排除可能なマージンとして、僅かではあるが充分な間隙として取っているから、皆が真剣に取り組み、他からの予測不可能な攻撃でも受けない限り、すべては安全の中にあると思ってくれていい」


 クルーは皆、暗黙の了解として、厳し目のミッションであることを理解し、既に体感もしたからこそ、他人事ではない自身の状況としてそれぞれが静かに聞き入る。そして、正当かそれ以上の評価で称えられたことが何よりも嬉しかったのだろう。皆どこか誇らしげに笑みを潜ませ胸を張る。艦長は凛々しさを纏いどこかキラキラと自信の宿る皆の瞳を一巡すると、一呼吸入れて、話を続ける。


「このミッションの危険性はともかく、その在るべき状態のほとんどは、静的な状態維持。つまり(とど)まることで、深度、向きはもちろん、位置を変えず、当然本艦左右の間隙も変化させない、ということだ。そのために、関わる計器や計測器の値を一瞬たりとて目を離さない、ということも重要だ。しかし、諸官らほどの技量をそこだけに集中させてしまうことも大変勿体ない話だ。ダイナミックな動きを伴う機動ならば、一瞬一瞬が目を離せない戦場に等しいが、今はそうではないということ。1、2秒、目を離したところで危険に真っしぐらとはなりようもない。むしろ物理の世界に身を置く以上、何かの変化は数秒から数分程度の時間を経過することでしか、結果を判断することはできない」


 言葉にすれば当たり前の内容に受け取れるかも知れないが、実戦の中で時間間隔を正確に捉えられるものはそう多くない。特に焦りがちとなるアクチュアルな場面ほど、その感覚は変動してしまうからだ。


 その練度に達している者は納得しつつ、自身の思考と擦り合わせながら瞳を和らげる。練度は高くともその域にない者は、言葉は理解するが、今は実感まで伴うことはない。その意味への真の気付きはおそらく遅れてやってくる。近しい実体験とともに数時間後か数日後か。それでも、あの興奮冷めやらぬ操艦をやってのけた艦長ならではの響きようなのか、クルーは漏れ無く皆、聞き入るようにやや前のめりの姿勢だ。


「なら、その数秒間を目を離さず待つのか、というところだ。わたしが言わんとするところを既に察した者もいるかもしれないが、待ちの時間が多いからこそ、時分割(タイムシェアリング)の取り組みをやってはどうかとの提案だ。いわゆる計器等のクロスチェックの手順に一瞬ずつだが他のことを組み込む、というわけだ。船や特に潜水艦の場合は、多くの人員が分担するからイメージしにくいかもしれない。しかし、例えば航空機の場合、時間に対する挙動の振れ幅が大きいから、一瞬を誤れば、数秒後には極端な話、墜落しているかもしれないわけだ。だからこそ、それを正確に操りたいから、姿勢指示器を中心に進路、高度、速度と小刻みなタイミングで絶えずチェックしていくし、その動作をクロスチェックと呼んでいる。それぞれが安定していれば、極端に危ない未来はやってこない。クロスチェックで小さな変化を捉えたら、それに見合った小さな修正を施し、チェックは次の項目に移る。時間が経過して初めて変化の結果がわかるから、待っている時間は僅かとは言え別のチェックができる、ということだ」


 どうやら、今の静的なミッションならではのより良き提案のようだ。先程と同様、一見当たり前とも思える内容だが、皆が皆、その粒度まで開いて細かな確認をしているとは限らない。そこに待ちの時間の概念を、ただ結果を待つ、その停止した状態を継続する流れではなく、クロスチェックという時間間隔で分けて捉えること、区切った時間で次の時機までは放置して別のチェックに当てるというものだ。


 もっと大きなスパンの時間なら、明らかに空いている時間として、別のことに費やすことや、複数の人をアサインする場面なら手の空いたものをそこに放り込むような、殆どの者が理解し実践も勧めるごくふつうのことでもある。ここでは、言ってしまえばそれを秒かそれ以下の単位に適用してみては、という話だ。


 だが、それでなくとも緊迫する状況、テキパキと正確・確実な手順でコトを為す教育訓練を受けた者たちだ。練度は上がっても、理由(わけ)もなく、ただ静止し続ける、そんな理不尽な訓練だってやらされてきた。目を離すなと言われたら、瞬きも堪えて涙を滲ませ見続ける。それをしなかった先には任務失敗や死の局面を迎えるからと。皆が一丸となって勝利を得るために、それらは重要な教えであることに違いはない。そんな経験を経て、各々が要職を任されるほどに技術・経験を積み重ね、さまざまなシチュエーションを流れるように捌けるほどに技量は磨かれた今もなお、心の奥底に佇む揺るぐことのない基礎的概念だ。


 臨機応変という言葉やそれを為す経験は、ほとんどの者が有しているだろう。しかし、それを秒未満のアクチュアルな場面でも発揮する、そのようなことを言葉に置き換えた説明を受けた者はほとんどおらず、特に若い隊員ほど、真新しいと捉えて瞳を煌めかせる者も多いようだ。それぞれは細かな頷きとともに説明を聞き漏らすまいと前のめりで聞き入る体勢だ。


「そんな視点を潜水艦にも当てはめてみてはどうかという話だ。別のチェックと言ったが、それは自身の担当業務以外も含めたものとしての意味だ。自身の担当するチェック作業に他の確認すべき項目があれば、そちらへのチェックを同時並行に行ったり、自身の作業前後の他者との連携があるなら、そちらとの連携情報を隙間を埋めるようにやり取りするなどだ。決して他の職域に口を出せとか、職域変更しろ、というわけではない。あくまで他の領域は本職に任せるで良いが、他の職域について、少しだけでも理解を深めておくと、相互に補い合うことができたり、連携重要な場面では円滑に素早くやり取りできることで、全体の精度や速度が上がることも期待できる。何を組み込むかは、自分の眼の前や周りを見て、必要と思えることを組み込んでみては? という提案でもある。たとえばわたしは艦長だが、ソナー員ではない。その詳細諸元を言われてもわからないから、ソナー長がいちいち解かる言葉に変換する、という場合は時間もかかるし、場合によっては重要な状況を見落としたりしかねない。しかし少しずつでも理解を深めた艦長なら、場合によってはディテールな諸元から状態の深刻さをいち早く判断でき、早期に解決したり、作戦成功に大きく寄与する結果をもたらすかもしれない。とまあ、そういうことだ。どこに目をつけるかはその人次第だが、ただ待っていることに、安易に時間を溶かすよりは、自分のできる幅や深さを広げる、ということに繋げれば、より良い未来が待っていることだってある、ということだ。まぁ、安全第一だが、成長したいなら応援するぞ。みんな頑張れ」

「はい!」


 一頻り、艦長からのエールにも近いアドバイスを伝えきると、クルーは意気揚々とした表情で、担当配置へと戻っていく。


 ソナー長ほか、声の届く面々への情報共有を終えたあとは、皆一様に口角が僅かに上がり、それぞれ瞳の奥に、抱いた心意気の炎を静かに(くゆ)らせる。


 潜水艦内の任務にもさまざまな職種・役割分担があるが、平時の、その中でも変化が少ない場面では、静寂かつ状態一定の状況がひたすら続くことが多い。そこに別のチェックを挟むのも良し。短時間ずつとはいえ、関連他職域への理解を深めるアプローチも良いし、そのような取り組みこそ、有事で真価を発揮するものなのかもしれない。


 各員は、漠然と無変化を見守るのではなく、自身の目の前にある職務に再集中しつつ、今とこれからを見据えて自分は何をすべきか、自分に何ができるのか、無変化の度合いに応じて、時分割した意識で取り組むようだ。


 そんなクルーの小さな変化を艦長は何となく感じ取り、よしよし、と頬を緩める。が、ふと思い出す。それは艦長席の後ろの囚人のことだ。艦長は囚人に語りかける。


「さっきのアレ、お前にはわかったんだな?」

「なんのことだ?」


「とぼけなくてもいいさ。意外に優しいじゃないか。すぐに理解できなくて申し訳なかったが、また何かわかったなら懲りずにまた教えてくれよ」

「……まぁ……気が……向いたら……な……」


「ああ、それでいい。それに調書は読んだよ。悲しいこともいっぱいあったのだろうし、同情もするよ。深いところは本人しかわからないことだろうが、お前はいい奴だ。わたしの()()()直感がそう告げている! ふふっ、それに今回もいい感じで力を発揮してくれたなら、恩赦だってあるそうだぞ? よく働いてくれたならわたしは強力にプッシュするからな! というか、お前が一番の被害者だし、だいたい、罪も実は証拠不十分で起訴もできないはずなんだが、お前の力がどうしても……」

「いい! それ以上は……別に何も望んでいない……だが、いい操艦だった……」


「そうか。お前にも届いたのなら、わたしは嬉しいぞ」

「……いや、暑苦しいからいいよ……そういうの……」


「まぁそう言うな、わははは」


 何かを秘めたこの囚人の男は多くを語りたがらない。しかし、どうやらマイペース気味の艦長にやや圧され気味に、ゆっくりとだが絆され始める様子が伺えたようだ。


----


 そうして、数日が過ぎた現在、館山の南海上沖を臨時運行のフェリーから、スクリュー音に紛れるように海中に向けて超小型ポッドが放たれる。


 コポコポコポ……コツン……カチッ。


 この超小型ポッドは、自立型姿勢制御と微小出力のソナーでゆっくりと沈み、潜水艦の専用ハッチに吸い込まれるように静かに装着する。


「艦長、臨時の緊急情報が入電したようです」

「なに? 日本の関東圏内、いやこれは……もうこの辺りの洋上付近だな。そこでV国が動き出した。衛星写真の解析結果によると、別のヘリに対する追尾行動を行っているとのこと……」


「……遂に来たな……諸官、気を引き締めろよ! ……こほん……よ〜〜し浮上するぞ。偽装ヘリを準備だ。忙しくなるぞ! あと衛星リンク構築も進めてくれ。本艦からの電波発信は最小限でだ。頼むぞ皆」

「イエッサー」


----


 再び、マコトとイルの会話に戻る。


 『あー、うん……さっきさぁ……マコちゃん、相手のオーラ? 投げ飛ばしてたふうに聞こえたけど、アレ、こっちから仕掛けたことになってない?』


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