コトの発端 〜 暗躍のうねりⅲ
かつてないほどの絶賛の言葉をソフィアから浴びせられたマコトは、どう振る舞ってよいか要領を得ず、ただただ照れ返すことしかできない。
『へへへへ……照れるなぁ、もぉ』
一頻り照れを零し、ほんの少しの間だけ余韻に浸ると、ようやくそれ以外の思考に気が回るようになっていく。そうして僅かに落ち着きを取り戻すと、今度はソフィアの言との不整合に意識が向かうマコト。
―― あ、そういえばこんなときは大抵……。
『……でも、また質問と違う答えなのは、やっぱりマコ、何かしちゃった?』
こういうやりとりを交わすときは大概何かをしでかしている。そんな思いでややヒヤヒヤしながらマコトはもじもじと上目遣いで尋ねた。
『フフ。そうね。最近勘が良くなってきたわ……フフフッ』
―― や、やっぱりかぁ。マコは何をしでかしたぁ?
―― 言葉は……うん。絶賛してくれたばかりだし、
―― 躓いてもいないし、ぶつかってもいない。
マコトはしでかしたらしい何かを記憶から探り始める。
―― うーん。あとは……ま、魔力?
―― いやいや、そんなの使う場面なんかなかったしね。
―― うーん。じゃあなんだろ?
ソフィアにとっては、実はこれからする説明に欠かせない前提でもあった。面々に向けて瞳を転がすように見回したあと、笑みを含ませながらソフィアは続ける。
『あのね。マコちゃのトークが乗ってきた頃に、会場の皆まで巻き込んで、けっこうイケイケな雰囲気で盛り上がってたでしょ? そのときかな? マコちゃから力が漏れ出てたみたいなの』
『え? ……そそそ、そなの?』
―― おっとぉ、使ってたかー。
自分が原因で今の大事に繋がっていることを知ったマコトは、しでかした感に一瞬で怯み顔だ。そんな愛娘の表情変化を楽しみつつ、ソフィアは続ける。
『ついこの間、帰国時の空港ね。標的はママなんだけど例のV国から狙われたことがあったでしょ?』
『あ、うん……マコがうっかり死にかけたやつだ……』
―― パパ助けられた嬉しさは半端ないけど、
―― あれは痛いってもんじゃなかったなぁ。
『うぇ〜、あんな痛い思いはもう懲り懲りだよ』
―― いやぁー。他はどうなってもいいって、
―― 心のブレーキ? タガが外れるっていうの?
―― そう決めて、力を全部ぶっこんだっけ?
成長著しいマコトにとって、記憶のインデックスに触れてしまったが最後、次から次へと連鎖する記憶がスルスルと驚速で脳裏をかすめていく。
―― そしたら下半身に激痛感じて……
―― 次の瞬間、眼の前、続いて頭の中が……真っ暗になったっけ……
―― そんな途中の瞬間瞬間も、足締め付けなきゃと思っても後の祭りだったし、
―― 足のアチコチでブチブチ血管が切れる感触が……
マコトはG−LOCの手前の壮絶な激痛を思い出す。
―― いやー、考えちゃだめ。痛さが悍ましすぎる
―― あの時かすかに視えたパパの横顔だけでいいのに……。
―― それだけが心の救いで、何かにぶつかって。
―― あぁ……意識絶え絶えに、あ、コレ、死んだなって……。
―― でも、パパだけでも助けられたのなら良かったって……。
―― けど、結局マコも助けてもらえたわけだけど、でもでも痛さの記憶がぁ。
背筋の凍るような感触が蘇るのか、身震いしながら両手を胸の前で交差させ、ひたすら苦い顔つきで舌を出す。まるで一人百面相のように表に露わにするマコト。
ソフィアにもそのときの想いが蘇り、それを乗り越えた今の幸せを噛み締めつつ、目の前の娘の表情変化にフフッと笑みをこぼしながら続ける。
『そう……それで、アチラさん、実はまだ諦めてなかったみたいね。なんとなくそんな気がしていたから、もしもそんな力をまたキャッチされたりしたらヤバいかなーって思っていたのよ。そしたら今日、案の定、網を張っていたかのようにヤツラの動きが感じられるのよ』
『そ、そうなんだ……全然気が付かなかった……』
―― マコが気付けなかったなんて……。
『そりゃそうでしょう。マコちゃは突然の無茶振りに応えて見せるのに手一杯だったはずだもの。でも、前からジンとはこのこと、もしものことがあったらどう対処しようかって話をしていたんだ』
『そ……そうなんだ……』
―― そういえば……でも、そっかぁ……。
確かに思いのほかいっぱいいっぱいになっていた心境が蘇るマコト。同時にそんな手薄な心の隙をお願いすることもなく自然に補ってくれる両親のフォローが小気味よく頼もしい。そう感じるマコトは嬉しさが込み上げ、目頭の熱さを目で追い鼻下に収束すると、自然に瞳と頬を緩ませる。
『うん。そうなの……それで、そんなときに私たちだけではどうにもできなそうだからジンがお兄さまに相談を持ちかけてみたの』
『え? あぁ、お……じさん?』
―― だ、だれ? あー、あのときの……
日本を離れる前は、とある事情から一ノ瀬一族と絶縁状態にあり、離れる直前に復縁となるが、直ぐにとある出来事からS国に移住していたため、ソフィアですら親族との面識はほとんどない状態だった。当時はまだ、物心もつくかつかぬかの幼すぎたマコトにとっては、親族を誰一人知らないことは当然とも言える状況だ。
そんな中、日本に帰ることになって、次々と対面する人物の整理すら着いていないマコトの心中では、まずは顔を思い浮かべ、ジンの兄という関係位置から、伯父という続柄を今導き出し、叔父ではなく伯父だ、などと日本語の再認識を兼ねる状況でもあった。
『そう……どうやらジンのお兄さま、マコちゃの伯父さまね。なんとこのようなヘリまで準備してくださってたみたいで、今はその流れに乗っかってる感じ?』
『それがコレ? なんか凄いね? 自衛隊のヘリだなんて……』
ジンは、その父や兄などに洗いざらいを話すわけにはいかない状況だったが、事情として、N国王女であるソフィア、その拉致を目論むV国の企図、それだけでも起こり得る事象、事態の深刻さを鑑み、万一に備えて緊急離脱を可能とする、日本国内での機動力を確保するためにヘリが用意されたようだ。
また詳細は不明でも、S国からの旅客機で数々の困難を退けたジンたちの秘めた力を検証する必要があると、内調主導で国の上層部が判断したのだろう。あらぬ情報漏洩を防ぎ、有事には各種防衛施設への移動や連結が容易となるよう、CH−47がアサインされたのは言うまでもない。
ジンとソフィアは、なんとなくの推測はしているようだが、そんな国の思惑は露ほども知らないマコトは、事態の大事さに驚きを見せるも、それ以上にミリタリーのなんとも言えない魅力には抗えず興奮が先走る。
『そうなのよー。驚きだけど、それは置いといて、いろいろちょっかい出されて生活しづらくなるのは避けたいから、なんとか私たちのプライベート空間から切り離したところで解決できないかなぁって思ってるのだけど、どうしたものかなぁ。まだどうするのかの案は出せずじまいで、今日の本番になった感じ? まぁ、相手の出方次第かしらね』
『あちゃぁ……いつもにも増して、今回はかなりスケールがでかすぎる気がするけど、またマコはしでかしてたってことかぁ。またまたママたちに迷惑かけちゃうね……』
―― 何にせよ、マコが発端なんだよね……
マコトは、事態の大きさが自身の行動によるものと認識したため、怯みがちに目を伏せ、自分だけではない広範囲への影響が、ジンやソフィアにあらぬ迷惑をかけることに、申し訳なさそうに眉をしかめる。
『まぁ直接的にはそうなんだけど、遅かれ早かれ、誰かが元で起こってしまうことだと思うから気にしなくて大丈夫よ? それにイルちゃもマコちゃも優秀すぎるからかしら? 大人と同じように接してしまってうっかり忘れてしまうけれど、特にマコちゃは今日入学したばかりの小学生。誰もが認める幼い年頃なの。マコちゃも今日言ってたじゃない。今のうちに沢山失敗しちゃいましょうって。それで何かあっても後ろにパパやママが付いているのだから大丈夫。それにそういうのは迷惑って言わないのよ? OK?』
『う、うん……』
ソフィアが説明を尽くし、マコト自身に非があるとの考えは持たなくてよいことは理解したマコト。
『っていうか、元はといえば、私の事情に巻き込んだだけなのよ。私だって被害者みたいなものだけど、申し訳なかったわね』
今度は被害者立ち位置にあるソフィアが謝ってくれることに、マコトは少し悲しそうな表情を浮かべながら否定の言葉を返す。
『ううん、ママだって……何も悪くないのに』
マコトのそんな口添えを仄かに嬉しく思うソフィアは、口調を改めて話を切り返す。
『まぁ、そういうわけで、また皆を巻き込んで悪いのだけれど、今はいったんここを離脱して、後は流れかなぁ。まぁ直接的には今日の力の大元はマコちゃだけど、イルちゃだって何かの弾みでその力が見つかっては困るから、二人とも一緒に連れ出したってわけね』
『な、なるほど……でもどうにかできるものなの? さっぱり想像つかないけど……』
『まぁなんとかなるでしょ』
一番の被害当事者であるソフィアが頼もしく振る舞い、大小さまざまな疑問も解けたところで、マコトもマコトらしく振る舞って良いものと捉え、今一番関心の高いヘリに対する興味を満たそうとマコトは心を切り替える。
『ふーん。まぁいいや。ヘリ、しかも軍用ヘリ。搭乗できる機会なんて、そうそうなさそうだから、今、イルと一緒にウッキウキだしね?』
『ねー! ワクワクしちゃう』
瞳を輝かせるマコトとイルだが、一頻りの説明を終えたソフィアも童心に返ったかの同調を見せる。
『そうね。期せずしてだけど、いよいよね。東京遊覧飛行。ふふ。楽しみだわ』
『こらこら。遊びじゃないからな』
やや困り顔で不意に差し込むジン。コレは何度か繰り返されたジンとソフィアのやり取り。冗談とはわかっていても、そうは思えない意気揚々とした素振りのソフィアだから、ジンは懲りずにツッコミをいれた状況だ。
『ふふ。わかってるわよ。でも遊びじゃなくても景色は勝手に目に飛び込んで来るじゃない? それなら隙間時間だけでも目の保養ってことよ。ちゃんと索敵はやるし、ここぞというときは気合い入れるわよ』
『……』
どちらも物事に真剣に取り組むのは同じなのだが、ジンは堅め、ソフィアは反対方向に同じ程度の柔和でやや奔放。それぞれの性格の違いが浮き彫りとなるようだ。
そしてそれは互いに認め合い、慈しみを感じる性格でもあり、よい塩梅の夫婦関係を形成していたのだった。
『空に上がればもっとはっきりするのかもだけど、うーん……まだなんとなくとしか言えない程度だけれど怪しい力は確かに感じられるわね』
マコトの新入生代表挨拶で感情の高ぶりに合わせて漏れ出た力に呼応するような、おそらくV国のモノと思われる異質な力を感じ取るソフィア。
その呟きを聞いて、ジンは頷きを返し、行動開始を告げる。両手の平を口に添えて、腹の底から絞り出すように、ゆっくりハキハキと大きな肉声で放つ。
「わかった。よし! 行動開始だ……それぞれの座席から……周囲に異変がないか……をよく見て欲しい……些細なことでも……何か気付いたら……直ぐに教えて欲しい」
「「「了解!」」」
ソフィアとシエラとヴィルジールが了承の意を頷きとともに返す。
そんな肉声で懸命に意思疎通を図ろうとするジンの姿をみた搭乗員のチーフらしき隊員は慌ててゴソゴソと探し始める。どうやら予備のヘルメットがあることを思い出したようだ。
マコトとイルは、物言いたげな視線をジンに送ると、斜め上の窓を見上げ、またジンに戻す動作を繰り返し、少し困ったような表情を見せる。
それを察したジンは、確かに背丈が足りないか、と独り言を呟いたあと、子ども2人は索敵除外の指示を出す。
『あーっ、マコトとイルは背丈で無理があるか。立っても危険だし、入学式で疲れてるだろうから、いいや。休んでて!』
背丈の問題もあるが、マコトには別の思惑もあるようで、少しホッとした表情で返す。
そうしているところに、探し出したヘルメットを3つ、チーフ搭乗員の隊員がジンに手渡し、ジェスチャーで配る旨を伝える。
ジンはありがとうのジェスチャーで返すと、別の思考で、誰に渡すかを考え、面子を目で追いながら念話を続ける。
『わかった。マコはちょっとやりたいことがあるから座ってるね』
『うん。イルも外は見たいけど、続けては難しそうかな? でもたまに見るね』
イルにとっては、日本の景色は興味津々だ。ただやはり軍用機のしかも索敵任務は荷が重そうと感じていた。
それゆえに、任が課せられないことに安堵しつつも、見れるときに見たいことの意思表示だけはしたようだ。
普通に考えれば、子どもに大役を背負わせるのは気が引けるジンだったから、この成り行きは都合も良かったようだ。
ついでに先ほど受け取ったヘルメットについても触れておき、念話で話しながら、大人組にインターフォンの使い方などのジェスチャーしながら配っていく。
『うん。それでいいよ。あ、でもちょうどいいか。インターフォン付きのヘルメットを3つ借りれたから、マコトとイル以外に渡して見張りをやってもらうとするか。どのみち大人サイズだから子どもには大きすぎるしな。でも、2人とも何か気付いたら遠慮なく言ってくれ』
『『了解!』』
また、マコトたちには聞くことのできないインターフォンの会話だが、状況変化の共有ができていないと後々不都合が生まれかねないことから、念話で共有していく旨を伝える。
『ソフィアとオレは、インターフォンで喋ることも念話に乗せるようにしよう!』
『そうね。それがいいわ』
内部の意志疎通が図れたところで、ジンはパイロットに向けて発進の意図を告げる。
「それではパイロットさん? まずはこの付近から離れる方向で、離陸お願いします」チッ
「了解、トラフィックを避けるため、いったん|南方離脱《south break》するよ?」チッ
「はい。それでお願いします」チッ
「了解、離陸する」チッ
今は、相手方のそんな怪しい行動が見受けられる状況であることから、これ以降、呼応してくる相手を見定め、場合によっては何かしらの手を尽くす必要性と、小学校の存在そのものから引き離したい意図を孕みつつ、ヘリは今離陸する。
バラバラバラバラ……




