暗黙の悲願 〜 暗躍のうねりⅱ
マコトたちは、日常とはかけ離れた装備の見た目や機能性に目を瞠り、心を擽られながら、CH−47内の一つ一つを満喫していた。
それらの重なりやそもそも取り巻くすべてが、同じ航空機でも旅客機などとは全く異なるただただ無骨な空間で、駆動系の配管など何もかもが剥き出しの内部装飾だ。
パイロットの操作で何かが行われるたびに、その駆動を伝えるように天井付近の管のようなものが動き、その機械的な作動音を鳴らす。まるでシースルーの機械仕掛けの時計を見ているかのように、何かはわからない機械の動きにマコトたちは目を瞠り、心を踊らせる。
『あ、あそこの管? なんかギギィィって動いた!』
『うんうん。わからないけど凄いね、マコちゃん。機械仕掛けが徹底してる感じ?』
『そうそう。何かわかんないけど、ずぅーっと見てられそう……』
『だねーっ』
そんな機械仕掛けや作動音やエンジン騒音もその一つの特色と言えるが、備わる座席もただの頑丈な布が張られたもので、はっきり言えば座り心地も劣悪に尽きる。
ただ、ミリタリーというレンズを通すことで無骨さは格好良さに変換されるのか、マコトもイルも、見るもの見るものが初めてだらけで楽しくて仕方ないようだ。
まだ飽きてはいないようだが、一頻り触りまくった後で、ようやく好奇心も落ち着いたのか、ジンとソフィアに念話を繋ぐ。
『ねえねえ、ママ? パパ? 聞こえる?』
『…………あ、念話を繋いでくれたのね? やっぱり便利よね、コレ……』
ソフィアの目を見ながら繋がったことを確認すると、ひとまずマコトは気になる今の状況を尋ねてみた。
『これは一体なんの騒ぎなの? マコの入学式。終わったには終わったけど、まだ解散もしていないのに抜けて大丈夫だったの?』
それはイルも同じで、式の中でマコトの応援を手伝ってくれた友達へのお礼が言えてないことや、合唱隊の後始末も残っていたことを思い出す。今のヘリ搭乗自体も、常軌を逸した状況変化に驚きすぎて、頭の整理が全く追い付いていないのだった。
『そうそう。イルも突然連れ出されてびっくりだよ。おまけにこんなおっきな、しかも自衛隊? の迷彩塗装のヘリコプター? 日本は戦争でもするの?』
尋ねられたソフィア自身も初めての軍用ヘリ搭乗に心躍らせていたところ、差し込まれた問いに我を取り戻す。
『あ……そうね。フフっ、戦争なんかは無いわよ。あー、でもそうよね。わたしもヘリはびっくりしたわ……あ、イルちゃ? 驚いたわよ。薄々、資質や才能が十二分にあることはわかっているつもりだったけど、講師の方も慧眼よね。イルちゃの醸すハーモニー。とても滲みてくるような感動。圧巻だったわ』
『ホントホント。イル凄かったなぁ、惚れ惚れしちゃったぁ』
『え? 惚れ? そんなぁ。それに圧巻だなんて。は、恥ず……』
イルは自身の持つ能力や特性のことをよくわかっていて、声量、声質、声域、音程、伸ばし方、震わせ方など、自分の器官をどのように動かし、どう振る舞えば相手にどのように伝わるのかを客観視できる資質も備えている。
ところが、それが相手に伝わっただけならまだしも、それが日本に来る前までなら想像もできないような、一流の講師陣の目に止まり、評価され、瞬く間に波及していく怒涛の渦に飲み込まれ、息つく暇もないうちに、合唱団の中核に据えられる。
そして、噂が噂を呼び、マスコミに取り上げられるまでの、予想を遥かに超えた急展開に、当の本人が驚きを隠せず、時折狼狽える表情を垣間見せたほどだ。
ただ、それでも、そんな機会を与えてくれたマコトたち一家の面々への感謝と、それ以前に、歌だけではない、人に備わるさまざまな資質、いや人以上の特殊な力として、あり得ないほどの高みを体現しているマコトたち一家に対して、イルは一目を置くどころか、崇拝したいほどの敬愛心を心に秘めている。
そんな存在の一人であり、日頃から羨望の眼差しを向けるソフィアが放つ賛辞や、年下でも心の奥で自身の目標と崇めるマコトの好意の言葉を受けたなら、何物にも代えがたい、天にも昇るような気持ちにさせられるわけだ。
イルは赤面を深めながら、言葉にならない何かを零しながら、増していく恥ずかしさに次第にモジモジと黙り込む。
そんなイルの可愛らしい表情変化を愉しみつつ、今度はマコトに向き直り、ソフィアは言葉を改める。
『と、そういえば説明がまだだったわね。マコちゃ?』
『ん?』
―― あ、そうだった。マコが尋ねたんだったね。
今度はマコトに向けて、慈しむ表情で言葉を投げかけるソフィア。次は自分の番だと、説明が返るものと思いながらマコトは目を軽く見開き身構える。
『今日の新入生挨拶、とても素敵だったわよ?』
『へ?』
しかし不意に返されたのは新入生挨拶への賛辞。虚を突かれ、マコトはやや慌てる。
―― ななな、なに?
『突然の無茶振りだったけど、さすがはマコちゃね。……繋がり……うん。そうだよね。心を尽くし、言葉を尽くす……素敵ね。教えてもいないのに、いつの間に備わっちゃったのかしら? ……王女の風格? ……』
『ひょゎぁぁぁ……』
―― わ、忘れてたけど、そういえばマコも王女になるんだっけ?
―― で、でもなにぃ〜? 不意打ち過ぎる〜。
脈絡なく振り込んでくるソフィアも大概無茶振りが過ぎるだろうこと、その一瞬の思考に続けて……。
―― そういえば、そんな言葉、頭に思い浮かんだまま、確かに言っちゃってたぁ。
―― そっか、そうだよね。
―― マコの思いついた言葉、皆が皆、聞いてたってことだよね。
つい先ほどの入学式での挨拶の情景が急速に鮮やかにフラッシュバックするマコトの顔は、ぽふっと唐突に紅く染めあがる。
―― うわゎぁ、マコなんかの取り留めのない言葉なんだよ?
―― 事前にわかってたらもっとマシな言葉があったんじゃ? 恥っずぅ……。
急激に火照る顔。落ち着き無く泳ぐ潤んだ両目。扇ぐ両手の平も忙しない。
『我が娘ながら惚れ惚れしちゃったわ』
―― ひゃぁぁ。追い打ちかぁ。
『あ、そ、そぉお?』
―― あ、でも、そう……。
―― あの、合いの手を入れてくれたお兄さんに……
―― 呟きや声掛けで盛り上げてくれたあのおばさんやお姉さん。
―― 静粛な場所かもだけど……なんか皆ノリノリで瞳キラキラだったような……
ただ、新入生挨拶そのものの内容は、初っ端に躓きかけたことや、ノリの良い父兄に助けられて、一見、絶讃されたように見えても、いろんな層への投げかけに終始する内容だったと、マコトは自身を少し辛めに評価していた。
―― 皆に助けられたんだっけ?
―― 嬉しかったなぁ……ホント感謝しかないよね。
それを思い出したことで、マコトはやや落ち着きを取り戻す。
―― それでもやっぱり。
しかし、内容はどうあれ、そんな一大イベントをやり遂げたことを、誰よりも見届けて欲しいのは、やはり肉親に他ならない。子どもとしての暗黙の悲願とも言えるが、そこはマコトも同じだ。
―― マコの考えたことがこんな形でこんなにも褒められたのは初めて。
―― 嬉しいなぁ、もう! くふふふ。
それを絶讃で返され、我を取り戻しつつも嬉しくて仕方ないマコトは、しどろもどろに照れ返す。
『へへへへ……照れるなぁ、もぉ』




