最高の玩具 〜 暗躍のうねりⅰ
時はマコトたちが帰国から数週間経過した頃に行われた入学式当日、その式終了直後にヘリで緊急離脱しようとしていた場面に戻る。
言われるがままに入学式終了後の退場途中から抜け出すこととなったマコトとイル。
すると、そこに待ち受けていたのは自衛隊の前後2重回転翼式の大型輸送ヘリコプター、CH−47だった。始動した双発のターボシャフトエンジンが唸りをあげ、一帯に甲高い騒音を撒き散らす。
しゅごぉぉぉーーーっ……
きぃぃーーん……
そして回転翼に動力が接続されると、空気を切り裂くブレードの野太い音が加わり騒音の度合いも一段激しさを増す。
ぐるんっ……ぐるんっ……
ひゅんひゅんひゅん……
ばらっ……ばらっ……ばらっばら……ばらばら……
しゅごぉぉぉーーーっ……
きぃぃーーん……
ヘリではあるが、それを駆動する回転力の元はジェットエンジンだ。
飛行機のジェットエンジンがその排気の噴出力を推進力とするのに対して、ヘリの場合はタービン排気の軸出力をローターの回転に用いる方式でターボシャフトエンジンとも言われる。
しゅくぉぉぉーーーっ……
それゆえに多段タービンが高速回転で空気を圧縮し燃焼させる方式であり、あのジェットエンジン独特の高周波の騒音が生み出される。
きぃぃーーん……
ちなみにタービンとは、風車のように流れを回転に変換する機械のこと。近年ではあまり見かけなくなったが、エアコンのない家庭には必ず備わっていた扇風機。タービンは、そんな3〜4枚の羽根の回転からそよ風を生み出す扇風機の逆向きの構造となる。
ジェットエンジンの場合は、円盤状に敷き詰められる数百枚の細い羽根で空気を圧縮し、その構造を何段階も重ねて驚異的な圧縮空気を生み出し、それを燃焼させるわけだ。
テレビや映画でもさまざまな軍用機が登場する場面があるが、メディアを通した時点で、オブラートに包まれたように人間が普通に聞くことができる音量と騒音風の音色に抑えられる。
しかし、今直接間近で体感するものは、地上の最小推力状態であるにも拘らず、大音量はもちろんのこと、音の形は歪に尖り、音圧が凄まじい、剥き出しの音の暴力に等しい。その渦を情け容赦なく叩きつけられるのだ。
幼児くらいの子どもが、予告なく突然に、この状態に至近距離で遭遇したなら、見た目のゴツさと相まって、その音の暴力にびっくりしたり、怖くなって泣き出す子どもがいておかしくないほどだ。
だが、マコトもイルもそんな音にはやや顔をしかめるものの、どこか前のめりの体勢だ。数週間前の帰国路の旅客機にて、ありとあらゆる軍事兵器と対峙した経験がモノをいうのかもしれない。
「ぃひひひ……行こっ! イル」
2人は目を見合わせ破顔一笑、大きく頷きあう。
「うん、マコちゃん。行こ行こ!」
言葉はそのほとんどが騒音に掻き消される。が、口の動きと顔の表情を見れば、気持ちまで補完されるほどに意識の共有は整うようだ。
2人とも怯むどころか、初めてのヘリコプター搭乗にワクワクが止まらず、目を爛々と輝かせながら、乗り込んでいく。
このCH−47は、輸送ヘリなだけあってけっこうな人数が搭乗できる。しかし、民間の旅客機とは異なり、当然、中身の全てがミリタリー仕様だ。機内構造はもとより、ただの座席一つをとってもいちいち特殊仕様となっている。
そしてそれがまた強烈に興味を唆るようで、マコトとイルは色んなところを触りまくる。
「イル? ……」
すると座席についてすぐのこと、マコトは今にも泣きそうな困り顔で突然イルを呼ぶ。しかしイルは気付かず無反応だ。
それもそのはず。凄まじい騒音は外だけではない。
壁面や配管などに防音効果を高める何かが張り巡らされているが、それでも生の会話の聞き取りを困難極めるほどの圧倒的な轟音が機内を支配する。
快適を求める旅客機などの密閉構造と何重にも施される防音機構に包まれた空間しか知らない普通の人には想像着かないかもしれないが、軍用機の機内とはそういうものだ。
旅客機以外の飛行機やヘリも同様にうるさいのが当たり前で、それより遥かに大きく大推力のエンジンや大きなブレードが回転するのだから、軍用ヘリの機内騒音の凄まじさは格段だ。
それゆえ、パイロットやその他の搭乗員は、ヘルメットを被り、それに備わるインターフォンで会話する。しかし、搭乗員以外に向けたインターフォン付きヘルメットなど、通常は用意されていない。
この場では、パイロットと会話するために、直前に手渡されたジンだけが装着している状況だ。
マコトは手を振るジェスチャーとともに大声でイルを呼び直す。
「イ……ーっ、……ーぃ、イルぅ……?」
ジェスチャーに気付いたイルは、マコトを向き、大声で何かを尋ね返す。
「えー、な……? 聞……ーい!」
今にも泣き出しそうな顔のマコトは大声で必死に訴える。その様子を見たイルは耳を近づける。
「……ル、イ……、ど……しよ! こ……はず……ちゃ……よ」
なんとか掠れ掠れに節々が聞き取れるようになった。しかし、耳を大きく寄せると横目でもマコトの様子は視界から外れてしまう。聞くことと見ることが同時にできないわけだ。
「え? ……に……れー?」「えー? ……にー?」
聞き取り不十分なまま、再びマコトの指し示すものに目を配るイルは、やや慌てる素振りでマコトの耳に唇を近付け大声を放つ。が、うまく届かない。互いに聞き取ることに精一杯で、状況はまだよく伝わらない。
声だけでなく、自然にオーバーアクションのジェスチャーが混じる。意思疎通はなかなかに難しそうだ。
周囲の視線も自然に集まる。特にキャビン内を統括する隊員が訝しげに様子を伺い始める。
さすがのマコトも気恥ずかしそうで、周囲に気を配りながらジェスチャーもしだいに小さくなっていく。まるで見られては困る物を隠すかのように。
「あ、そうだ!」
どうにもこうにも声がうまく届かない。そんな状況に苛立つマコトはふと思い付く。それは念話という方法だった。
気を取り直して、マコトは念話を試みる。
どこか遠いところから聞こえてくるかのボソボソ音が、近づき、しだいに輪郭が整うようにゆっくりとフェードインしてくる。音の像が遅れなく自身とイルの姿にフィットするのを感じるマコトは、改めて言い直す。
『……イル? 聞こえる?』
すると、呼応するように、嬉しそうなトーンでイルが直ぐに返してくる。
『……ふぅぅ……そうそうコレがあったね。うん、聞こえるようになった。やっぱりコレ便利ね?』
念話とは、オーラを繋いでコミニュケーションを行う方法で、S国からの旅客機内でふとその発想が芽生え、具現化を試み、初めてできるようになったものだ。
肉声の会話が思うようにできないことでかなり焦った二人だったが、ようやく落ち着いて会話できそうなことに安堵の息を漏らす。
『ふぅぅぅっ、良かったぁ……』
元の会話の内容を振り返り、改めてマコトの指しているものを見てイルは思わず手を交差して捻りながら斜め後方に仰け反る。
―― ひょえぇぇ……ばばば。
『ば、ばか、マコちゃん、壊しちゃったの?』
そんなイルの反応を見たマコトは、泣き出しそうだった瞳にじんわり涙を滲ませ、心を焦らせながら、なんとか元の状態に戻そうと、躍起になっていじり回す。
カチャカチャカチャカチャ……
『ううん、そんなはずはないけど……』
カチャカチャ……カチーーーンッ!!!!!
ふと、元サヤに収まったかの小気味良い音が騒音を掻き分け二人の耳に届く。
俯き潤んだすぼみ気味の瞳から一転、驚きと嬉しさのあまり、超高速全開に見開くマコトのまつ毛から涙が仄かな魔力成分とともに飛び散り、今度は嬉しさの涙が瞳を新たに潤ませる。
『うひゃぁ! ももも、戻ったぁ、うぅぅ、良かったぁ、ふぅーう……あははは』
『あははは……って、もう! あの隊員さん、こっち見てるからヒヤヒヤしちゃったよ』
壊れたわけではないと判ると、ミリタリースペックの頑丈そうなイメージが、さっきまでの泣き出しそうだったマコトの不安をものの見事に塗り変える。やや興奮気味のマコトは、瞳を煌めかせながら、調子に乗ってさらにがしがしと大胆に触りまくる。
『大丈夫、大丈夫。ふふーん。軍用機だから、そんな簡単に壊れるはずないんだよ』
『それもそうだけど……あれ? マコちゃん? そこ、繋がってるとこ、なんか変だよ?』
『え?」
一つ一つが好奇心を擽る。マコトとイルにとってはバカでかい最高のおもちゃと化していた。




