第9話 公式声明を出します
前世で公に言葉を発するときには、それなりの場所と立会人が用意された。今、私の前にあるのは、大学の空き教室と、戸田さんが組んだ簡素な携帯電話の台である。黒板には団体名と公式アカウントであることだけを書き、教室番号が分かる掲示物は画角の外へ移してある。
設備は簡素だが、私が話す内容の重さまで軽くなるわけではない。
「最終確認。ここ、魔法じゃなくて奇跡でいいの?」
録画を始める前に、千夏さんが原稿の一か所を指した。
「魔法とは別です。奇跡にしてください」
「そこは言い切るんだ」
「はい。原理が違います」
千夏さんは一度だけ私の顔を見てから、そういうものかと分かったような分からないような顔をした。ここにいる四人が確認できるのは、私が白い光を生み、負傷した方の状態を救急搬送まで保ったというところまでである。前世や神の存在を信じるよう求める文面にはしていない。
教義についても、今回は話さない。何を信じるかより先に、負傷された方の情報を広めないことと、この力を何のために使い、何のためには使わないかを伝える必要がある。
「では、始めます」
一度目は、隣の教室で椅子を引く音が入った。二度目は、戸田さんが止めたはずの空調が途中で低く唸り始めた。三度目、廊下の足音が遠ざかるのを待ち、千夏さんが録画ボタンを押した。
「昨日、学内の活動中に事故があり、救命のために、私は奇跡を用いました。現場の映像は本会が撮影、投稿したものではなく、公式アカウントでも引用、再投稿はいたしません。負傷された方を特定できる画像や情報の拡散は、お控えください。負傷された方の苦痛を、本会や私の力を証明する材料として利用するつもりはありません。事故時には通報と通常の救助を優先しており、奇跡は医療の代わりではありません。個別の治療依頼や、検証のための再実演にも対応していません。本会の主な活動は、宗教思想を背景にした相談と支援です。相談に信仰や入信は必要ありません」
言い終えたあとも、千夏さんは二秒ほど録画を続けてから止めた。佐伯さんは、拡散を控えるよう求める箇所が視聴者を責める口調になっていないか、もう一度原稿と照らし合わせる。三木さんは必要項目の一覧を上から確認し、戸田さんは雑音が入っていないことを確かめた。
「負傷した人を証明材料にしない、ってところは残そう。少し長くなっても、そこは必要だと思う」
「私も同意します」
佐伯さんの言葉に、ほかの二人も頷いた。
声明は、私だけの言葉ではなくなっていた。五人がそれぞれの立場から確認し、それでも残すと決めた言葉である。そのことに、私は少し安堵した。
◇ ◇ ◇
「本体はこれで使える。ただ、これだけだと、普段は何をしている団体なのか全然分からないんだよね」
千夏さんは編集画面をいじりながら、最後に数秒だけ活動紹介の映像を付けることを提案した。第三者の事故映像ではなく、私たち自身が公開できるものだけを撮るのであれば問題はない。
そこで、映せる実績を確認した。
相談記録には個人情報がある。相談者の感想は、公開の許可を取っていない。初回集会の様子も、相談者を映すわけにはいかない。救命時の映像は使わず、奇跡も撮影のためには再演しない。信徒の声については、そもそも声を依頼できる信徒がいなかった。
三木さんが候補を消していくと、最後に残ったのは、公開済みの相談案内、顔の映っていない設営写真、百三十ページの『現世救済計画』だった。
「活動を紹介するのに、今後の活動を説明した計画書しか残りませんでしたね」
「計画が百三十ページある団体だってことは伝わるよ」
「活動内容より、計画能力の紹介になりませんか」
疑問は残ったが、存在しない実績を作るわけにもいかない。私たちは中庭に面した半屋外の共有スペースへ移り、人が映り込まず、場所を特定できる表示も入らない角度に携帯電話を置いた。机には相談案内と設営写真、そして計画書を並べる。
千夏さんが撮影を始め、私は、相談と見学の案内は公式アカウントから確認できると短く付け加えた。
その途中、一匹の猫が画面の端から入ってきた。
猫は私たちに近づくでもなく、机の脚へ身体を擦りつけると、空いている椅子へ飛び乗った。そこから机へ移り、相談案内の匂いを確かめ、百三十ページの計画書を前足で一度踏む。現世救済の工程、組織、広報、資金、相談、地域連携までを収めた計画書は、猫一匹が表紙の中央へ腰を下ろすと、題名ごと見えなくなった。
「まだ撮れてるけど、止める?」
戸田さんが小声で尋ねた。千夏さんは画面を確かめ、猫の向こうに人も掲示物も映っていないことを確認する。
「説明はもう終わってるし、少しなら残してもいいと思う。ずっと硬い映像だったから、最後だけ少し空気が和らぐし」
猫が立ち去ったあと、千夏さんは声明本体へ字幕を付け、最後に今の数秒をつないだ。五人で最終確認を行い、公式アカウントから動画を公開する。
◇ ◇ ◇
最初に反応が付いたのは、私が「奇跡を用いました」と明言した箇所だった。
《本人が認めた》《自称じゃなくて公式に奇跡扱いなのか》という反応の下に、《公式が言ってるだけ》《この動画もAIでは》《頭お花畑かよ》という反応が並ぶ。声明を出したことで真偽が決着したのではなく、正式に疑う対象が一つ増えたらしい。
一方で、《負傷者の映像を使わないのはまあまとも》という反応も少数ながらあった。少なくとも、伝えるべき部分がまったく届かなかったわけではない。《奇跡とか言っているのでプラスマイナスむしろマイナスだが》と続いているが。
しかし、しばらくすると、動画の末尾を示す時刻だけを書いた反応が増え始めた。
《猫はここ》《〇分〇秒から本編》《最後まで見ろ》と案内され、やがて猫が計画書へ乗る三秒だけが切り出された。静止画になり、《第一号信徒》《聖獣では》《猫が代表だろ》という呼び名が勝手に付く。《猫までAI生成では》という疑いに対して、《この入り方はさすがに本物》という、奇跡より猫へ高い信頼を置く反論まで現れた。
百三十ページの内容について尋ねる人はいなかった。猫が何秒座っていたかを数えた人はいた。
理論上、短く、説明がなくても理解でき、日常に近い映像ほど共有されやすいことは知っている。だが、負傷者の尊厳と奇跡の扱いについて述べた声明より、計画書の上へ座った猫の方が文脈なしで共有しやすいという事実には、実地で接してなお納得しがたいものがあった。
「誤解は解けたでしょうか」
「むしろ種類が増えたかも?」
千夏さんはそう答えながら、反応を《声明について》《相談・見学》《猫》の三つに分け始めた。声明を出した結果、広報担当の仕事には、猫の名前と居場所を尋ねる連絡への対応まで加わっていた。どちらも私たちには分からない。
三木さんが件数を整理すると、もっとも多いのは猫に関する反応で、活動への問い合わせは少数だった。現実の来訪者は、まだ一人もいない。
「真面目なものもあります」
佐伯さんが、流れていく連絡の中から二件を見つけた。一つは、信仰がなくても本当に相談できるのかという確認。もう一つは、相談した内容が外へ出ることはないかという質問だった。
私の言葉は、もっとも広く共有された箇所には残らなかったかもしれない。それでも、必要としている人へ一つでも届いたのであれば、声明を出した意味はある。
その横で、三木さんが猫を第一号信徒と呼ぶ投稿を示した。
「これは、信徒数には入れないんだよな」
「数えられません。猫自身から、信仰と入信の意思を確認していません」
好意的に紹介されたからといって、本人の意思を確かめず所属へ換算してはならない。相手が猫であっても、原則は同じである。
「猫は本会の信徒ではありません」
「それ、公式FAQには入れないで」
正式信徒数は、引き続きゼロ名である。
最後の一項だけは、世間へ伝えない方針となった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし「続きも追う価値がある」と思えたら、ブックマークだけでも置いていってください。




