第4話 作戦会議を開きます
学生団体の設立申請が受理された翌日、私たちは大学の共有スペースへ集まった。
正確には、まだ学生団体ではない。現在は登録審査中であり、団体向けの教室も掲示板も使えない。そのため、一般の学生が課題や雑談に利用している一角を借り、声量に注意しながら会議を行うことになった。
参加者は五名。
設立構成員、五名。
信徒、ゼロ名。
組織の人数だけが先に揃った以上、まず必要なのは活動方針の共有である。
私は《現世救済計画 第一期活動方針》を机の中央へ置いた。どん、と低い音がする。
向かいに座った三人の視線が、同時にファイルへ落ちる。
「あの……それ、全部、今日使うんでしょうか」
佐伯奈緒が、両手でペンを握ったまま尋ねた。
「はい。百三十ページあります」
「今日は、顔合わせじゃないかなー」
戸田健吾が、責めるでもなく首を傾げた。
「顔合わせを含む、今後三か月の活動方針および第一回集会に関する作戦会議です」
「含む以降がでかすぎるだろ」
三木亮介が笑った。引いてはいるが、ファイルの厚さそのものは少し面白がっているようにも見える。
三人とは以前から面識がある。学内で顔を合わせれば挨拶を交わし、必要があれば短い会話もする。その程度の知人である。
これまでの私は、彼らから見れば、少し浮世離れした真面目な学生だったらしい。自らを聖女と名乗り、宗教を母体とする団体を設立し、百三十ページの計画書を持参した今も、同じ評価であるかは分からない。
少なくとも、三人とも椅子をわずかに机から離していた。
「各自に関係する箇所へ付箋を貼ってあります。佐伯さんは青、戸田さんは緑、三木さんは黄、千夏さんは桃色です」
「私だけ呼び方が名前なのは置いておくとして」
隣に座った千夏さんが、ファイルの側面を見た。
「付箋だけで、普通の資料一冊分くらいない?」
「検索性を高めました」
「今日は、全員の顔と名前が一致したら成功にしよう」
千夏さんにさらりと目標を下方修正されたが、私は頷いた。
「妥当な考え方です。ただし本日の目的は、第一回集会の暫定設計までを――」
「その前に」
千夏さんが私の説明を止めた。
「何をやりたいかより、何をやりたくないかを聞かない? 勧誘したときにもざっくり聞かせてもらったけど、ちゃんと決めておいた方がいいよね」
私は開こうとしていた計画書から手を離した。
想定していなかった議題である。しかし、前回の募集で三人が同意したのは、それぞれ限定された活動だった。活動項目だけを割り当てれば、本人が引き受けるつもりのない責任まで含める可能性がある。
「分かりました」
私は議事次第の余白へ、《各構成員の不安および非担当範囲の確認》と書き加えた。
三木さんが計画書を見た。
「余白、あるのか」
「必要な修正のために確保しています」
「そこは準備いいのかよ」
◇ ◇ ◇
最初に話したのは佐伯さんだった。
「人の相談を聞く活動には、興味があります。聞いてもらうだけで助かる人がいることも、あると思うんです」
ペンを握る指に、少し力が入る。
「でも、私は専門家ではありません。間違ったことを言って、相手を余計に傷つけるのが怖いです。どこまでならやっていいのか、最初に決めておきたいです」
「当然です。診断、治療、法律判断その他の専門行為は、担当範囲に含めません」
「それでも……聞くだけで終わったら、かえって無責任ではないでしょうか」
佐伯さんは誰かに責任を押しつけたいのではなく、自分が引き受けられないことを恐れているようだった。
私はすぐには答えず、その問いを記録した。
次に戸田さんが口を開く。
「俺は、清掃とか食料支援なら参加したいかなー。前にも確認したけど、祈ったり、儀式に出たりはしないつもり」
「求めません。構成員であることと、宗教儀礼への参加は別です」
「なら、いいかなー。会議を何回もして、結局何もしない団体にはなりたくないけど」
戸田さんは緑の付箋が並んだ章をめくった。地域清掃、食料支援、災害時支援、孤立者への訪問、共同炊事の案が並んでいる。
「こういう、やった分だけ誰かの役に立ったって分かる活動の方が、俺にもできそうな気がするし」
少々多い。
「最初の活動は、実行可能な小規模のものに絞ります」
「まだ決まってないのかな」
「決めるための会議です」
戸田さんは、ゆっくり頷いた。
三木さんは、私が配布した規約案にすでに書き込みをしていた。
「会計公開と議事記録を残す方針はいい。でも、支出の決裁者と、会議で意見が割れたときの決め方が曖昧だろ。代表者の権限も、どこまでか分からない」
「原則として合議を――」
「緊急支出もか」
「緊急時は代表者判断です」
「上限は?」
私は止まった。
前世の神殿では、緊急支出の上限は銀貨百枚としていた。ただし、現代の通貨へ単純換算することはできない。
「金額基準は未設定です」
「今すぐ決めなくてもいいけど、団体が大きくなったら絶対に揉めるぞ。こういうのを実際に考えられるなら、組織運営の勉強にもなるし」
三木さんは明るい調子のまま、黄の付箋が集中した会計章を開いた。
私の計画書には、行うことが大量に書いてある。一方で、行わないこと、判断を他者へ渡す条件、本人の同意が必要な行為、最終責任者については、項目ごとに散らばっていた。
「私からは、発信前の確認範囲」
千夏さんが言った。
「文章を全部光莉さんに見せるのか、数字と事実だけ確認するのかで、広報の速度が変わるから」
「まだ正式な広報担当ではありませんが」
「だから、決めるなら次の準備会。今日は気になる点だけ」
適切な境界だった。
私は新しい用紙を一枚取り出し、四つの欄を作った。
《しないこと》
《専門家へ渡すこと》
《本人の同意が必要なこと》
《代表者が責任を持つこと》
「百三十一ページ目?」
千夏さんが聞いた。
「いいえ。これは会議用の作業紙です」
「増えてない判定なんだ」
「本編へ編入するかは、会議後に判断します」
三人の椅子が、先ほどより少しだけ机へ近づいた。
◇ ◇ ◇
「以前、このような話を聞いたことがあります」
佐伯さんの問いへ答えるため、私は言葉を選んだ。
「ある救護施設に、訪れた人すべての問題を、自分一人で解決しようとした若い職員がいました」
正確には、前世の神殿にいた見習い神官の話である。
構成員には、私が前世の記憶を持つことも、奇跡を使えることも伝えていない。私が聖女を名乗っていることは知っているが、それ以上の説明をここで始めれば、相談活動ではなく私自身を検討する会議になってしまうだろう。
「その人は相談を聞き、病人へ薬を運び、職を失った人へ仕事を探し、家族の争いまで仲裁しようとしたそうです。献身的だと評価され、周囲も頼り続けました。そして、倒れました」
「……その方は、助かったんですか」
佐伯さんが、おそるおそる尋ねた。
「命は助かりました。ただ、本人の善意に依存しすぎたため、救護施設は後から、話を聞く人、治療する人、生活を支える人、役所へつなぐ人を分けました」
「もっと早く、分けられなかったんでしょうか」
「分けるべきでした。組織を作る側が、献身を美徳として扱いすぎたのです」
その組織を作る側には、私もいた。倒れた見習い神官の寝台の前で、私は同じ反省をした。聖女が努力を称えるほど、神官たちは自分の限界を口にしづらくなる。助けを求めることが、怠慢に見えてしまう。
仕組みを作る側の責任だった。
「ですから、私たちは最初から分けます。まず話を聞く。本人が何を望んでいるか確認する。私たちだけで診断や判断をしない。必要なら大学、医療、行政などの窓口を案内する。緊急性がある場合は、私たちの活動より専門機関を優先します」
「案内した後は、どうするんでしょうか」
「本人が希望するなら、また話を聞きます。専門家へ渡すことと、関係を切ることは同じではありません」
佐伯さんは、作業紙の四つの欄を見た。
「解決する人ではなくて、話を整理して、適切な先へ渡す人なら……私にも、できるかもしれません」
「それも一人で背負わないでください」
「はい」
短い返事だった。しかし、最初にファイルを置いたときより、佐伯さんの声から警戒が薄れていた。
「それで、最初に何をやるのかな」
戸田さんが机の中央を指で軽く叩いた。
妥当な指摘だった。相談活動の原則だけで、想定時間の半分近くを使っている。
「第一回集会では、十五分の理念説明と、小規模な相談活動を試します」
「地域支援は?」
「同時に大きく始めません。候補地と既存の支援窓口を調べたうえで、小規模な清掃を一度実行します」
「調べるだけで終わらないなら、いいかな」
「計画の完成を待つうちに冬を迎えた領主という訓話を、聞いたことがあります。調査と小規模な実行は並行させます」
これは、前世で救援に入った北方領の領主の話である。彼は完璧な配給計画を作ろうとして、最初の荷車を出す時期を失った。
「光莉さんが聞いた話、失敗例が多くない?」
千夏さんが呟いた。
「成功例だけで組織運営を学ぶことはできませんので」
◇ ◇ ◇
「じゃあ、初回集会をMVPにして、対象とKPIを決めようぜ」
三木さんが、ノートパソコンをこちらへ向けた。
「賛成です。三か月目標と初回集会の指標は分けましょう。初回は、安全に実施できたかを検証する項目へ絞ります」
「話、早いな。聖女っていう割に、けっこう俗だな」
「その方が合理的ですので」
「いや、褒めてるよ。たぶん」
私は計画書の付録を開いた。
初期目標は信徒五十名。
先行指標は、発信数、閲覧数、相談申込数、集会参加者数。
活動指標は、相談件数、継続希望、適切な窓口への接続、途中退出、同意取得。
地域支援には、参加人数、実施時間、回収したごみの量、既存団体との重複確認がある。
「指標ツリーまであるのか」
三木さんの声が少し弾んだ。
「はい」
「KPIがないんじゃなくて、多すぎるんだよ。初回から全部取ったら、相談を聞く時間より集計する時間の方が長くなるぞ」
「必要な指標を網羅しました」
「網羅したものを削る。そこは俺がやる」
三木さんは、私の計画書から必要な項目だけを自分の画面へ移していく。
「この計画書、聖典っていうより事業計画書だな」
「継続できない救済は、計画として不十分です」
「やっぱり俗だ」
「合理的です」
私たちは、初回集会の対象を、学内で誰かに話を聞いてほしい学生とした。最初に測るのは、参加者数、相談件数、途中退出の有無、相談継続希望、適切な窓口へ接続できた件数。相談内容そのものに点数を付けない。
信仰の有無も、初回集会の成果へ混ぜない。
「宗教絡みのわりに信徒数は測定対象外なのか?」
三木さんが尋ねた。
「はい。ただし、本人が明確に信仰の意思を示した場合だけ記録します。活動への参加や相談の継続から推定はしません」
「じゃあ、俺の役割は指標設計?」
「予算と議事記録もお願いしたいです」
「理論を教える人じゃなくて、これを使える一枚にする人じゃない?」
千夏さんが、百三十ページの計画書を閉じた。三木さんはしばらく計画書を見た後、笑った。
「それ、思ったより難しい仕事だな。でも、面白そうだ」
「信頼しています」
「急に責任が重いんだよ」
会議の終了予定時刻まで、残り十分だった。
佐伯さんは相談活動の試行。戸田さんは清掃候補と既存の食料支援窓口の調査。三木さんは予算案、指標、議事記録の整理。
千夏さんは、まだ広報担当候補である。正式な担当範囲は、次の準備会で決める。
役割を確認した後、佐伯さんが口を開いた。
「宗教は、まだよく分かりません。聖女というのも、正直、まだ少し……」
「理解しています」
「でも、やっぱり、この考えで活動してみたいです。今日話したことの続きも、また相談したいです」
私は活動記録を開いた。
設立構成員。
活動理念への共感。
相談継続希望。
これは、第一号信徒へ至る可能性が――
「あくまでも相談希望者として」
私は入力欄の上で指を止めた。真琴との話で、すでに学んだ。信頼、理解、参加、信仰、所属は、それぞれ別の意思決定である。
「……信徒ではありませんね」
「はい」
佐伯さんは、申し訳なさそうではなく、少しだけ安心したように答えた。
私は記録欄を分けた。
設立構成員、五名。
初期運営チーム、五名。
公式アカウントのフォロワー、二名。
相談継続希望者、一名。(ただし、構成員含む)
信徒、ゼロ名。
新しい指標が増えた。
「では最後に、第一回集会の準備資料を共有します」
私は三時間の初回講話案と、四十七項目の準備一覧を配った。
四人が黙った。
「理念説明は十五分にしたんじゃなかった?」
千夏さんが尋ねる。
「初回集会の原案です。こちらは準備会で削減するための一覧になります」
「削減する前提で四十七項目作ったの?」
「最初から不足させるより合理的です」
千夏さんは一覧を一度だけめくり、机へ戻した。
「次の会議は、この会議で増えた仕事を減らす会議ね」
百三十ページの計画書は、結局、必要な箇所以外ほとんど開かれなかった。
私は側面の付箋を貼り替える。
青は佐伯さん。
緑は戸田さん。
黄は三木さん。
桃色は千夏さん。
申請書の上に並んだ五名の名前が、ようやく役割を持ち始めた。
第一回集会までに減らすべき仕事は、まだ四十七項目ある。
結束は進んだ。
信徒は、まだ増えなかった。
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