第3話 学生団体を設立します
公式アカウントを開設した翌朝、フォロワーは一名のままだった。
最初の投稿にも、反応はない。
ただし、これは失敗ではない。
現時点では、母集団が一名であり、その一名は投稿前から内容を知っている。広報効果を測定するには、標本数が不足していた。
私は《現世救済計画 第一期活動方針》へ、そう記録した。
そのうえで、次の行動へ移る。
まず相手の困りごとを聞くにしても、学内で継続的に相談を受ける場所がなければならない。廊下で通行人へ声をかける方式は、相手に警戒と逃走経路の確認を同時に行わせる。
望ましくない。
そこで私は、やはり学生団体を設立することにした。制度の概要は調査済みである。規約と活動計画についても、百三十ページの計画書に十分すぎるほど記載してある。
昼休み、私は計画書を鞄へ入れ、学生支援窓口へ向かった。
◇ ◇ ◇
「こちらは、参考資料としてお預かりします」
窓口の職員は、百三十ページの計画書を両手で受け取った。持ち上げた瞬間、わずかに手首が下がった。
「ありがとうございます」
「ただ、申請はこちらの所定様式でお願いします」
差し出されたのは、二枚の用紙だった。
私は用紙と計画書を見比べた。
「二枚ですか」
「はい。規約と活動計画、予算書は別紙です」
「詳細な活動方針は、すでに第三章から第九章に記載しています」
「参考資料にはできますが、所定様式の代わりにはできません」
正論だった。
前世の神殿でも、巡礼者名簿を薬草在庫表の代わりに提出することはできなかった。記載されている情報の量ではなく、求められた形式に合わせる必要がある。
私は二枚の用紙を受け取った。
「ほかに必要なものはありますか」
「設立に同意する在学生が、代表者を含めて五名必要です。全員分の氏名と学籍番号を記入してください」
私を含めて五名。不足は四名である。
「登録完了前に、団体向けの掲示板を使用することはできますか」
「団体用の掲示枠は、原則として登録後です」
「教室の予約は」
「同じく登録団体が優先です」
人を集めるために団体を作りたい。しかし、団体を作るためには、先に人を集めなければならない。
制度としては合理的である。代表者一人だけの団体へ、限られた施設を割り当てることはできない。
私にとって不都合なだけだった。
「活動内容は、宗教活動でしょうか」
職員は計画書の表紙を確認しながら尋ねた。
「宗教を母体とします。現代社会に適合した神殿機能を再構築し、相談、相互扶助、地域支援、儀礼――」
「すみません。申請上の確認です」
「はい」
「学内で勧誘や寄付の募集を行う予定はありますか。また、学外の宗教団体との関係はありますか」
「強引な勧誘は行いません。寄付は構成員にも相談者にも要求しません。学外団体との関係はありません」
「では、その方針を規約と活動計画にも明記してください。宗教団体だから申請できないということではありませんが、構成員が何に同意するのか分かるようにお願いします」
職員の口調は、最初から最後まで変わらなかった。
警戒されたわけではない。
説明を求められたのである。
「承知しました」
私は所定様式二枚と、百三十ページの参考資料を抱え直した。
信徒募集は、いったん保留する。
まず必要なのは、入信者四名ではない。
設立に同意する在学生四名だった。
◇ ◇ ◇
「宗教団体ですが、信仰は不要です」
同じ講義を取っている学生は、私の顔を見たまま黙った。表現に問題があった可能性が高い。
「正確には、宗教を母体とする学生団体の設立構成員を募集しています。構成員になることは、入信および信仰を意味しません」
「ごめん。今日、次の授業あるから」
「所要時間は十五分程度です」
「そうじゃなくて」
彼は鞄を持ち上げた。
「宗教って聞いた時点で、ちょっと無理」
「分かりました。お時間をいただき、ありがとうございます」
一人目は、宗教名への抵抗。
昼休みに声をかけた二人目は、活動内容を最後まで聞いてくれた。
「相談会とか地域支援なら、悪くないと思う。でも、週に何日参加するの?」
「当面は月二回の集会と、必要に応じた準備を想定しています」
「必要に応じてって、どのくらい?」
「現段階では、相談件数が予測できないため――」
「そこが分からないと、名前は書けないかな」
二人目は、負担の不明確さ。
三人目は、計画書の目次を見たところで首を振った。
「設立に同意するだけって言っても、名前を出したら責任あるよね」
「はい。ただし、退会は本人の申し出により――」
「ごめん。光莉さんが変なことするとは思ってないけど、宗教団体の責任までは持てない」
三人目は、責任範囲への不安。
いずれも、正当な理由だった。
私は勧誘を打ち切り、学内の共有スペースで記録を整理した。
信仰は不要。
入信も不要。
寄付も不要。
退会は自由。
ここまで条件を緩和しても、構成員は増えなかった。
問題は、理念への賛否より前にある。参加した後で何を求められるのか、私の説明では分からないのだ。
私はノートパソコンを開き、新しい募集文を作成した。
《宗教を母体とする学生団体「慈愛と光明による現世救済会」設立構成員募集――信仰・入信を構成員資格としない現代型救済共同体の形成に向けて》
「長い」
後ろから声がした。
顔を上げ振り返ると、後ろの席にいた女子学生が、私の画面を見ていた。
「ごめんごめん。見ようとしたわけじゃないんだけど、文字が大きかったから」
「読みにくい可能性を考慮し、見出しを二十四ポイントにしています」
「そこじゃなくて、見出しの時点で読む気がなくなるなーって」
彼女は私の隣に置いた計画書と、画面を交互に見た。
「もしかして、あのアカウントの人?」
「どのアカウントでしょうか」
「《慈愛と光明による現世救済会》。昨日、知り合いが『すごい名前のアカウントを見つけた』って送ってきた」
「私です」
「本当にいたんだ」
彼女は席から立ち、私の隣へ移った。
「瀬尾千夏。勧誘される気はないけど、ちょっと聞いていい?」
「拒否の意思を尊重します。質問にはお答えします」
「投稿した目的は?」
「一人で悩みを抱える方との相談窓口を作るためです」
「じゃあ、なんでプロフィールが組織設計の話ばっかりなの?」
私は公式アカウントを開いた。
名称。
現代社会における神殿機能の再構築という活動目的。
強引な勧誘、寄付要求、脱退妨害を行わないという基本方針。
そして、最初の投稿。
「必要な情報を記載しています」
「必要な情報はあるんだけどね。目線が全部、発信する側なんだよね」
千夏さんは画面を指さした。
「団体名は長い。プロフィールは固い。投稿は丁寧だけど、相談したら何が起きるのか分からない。募集文はもっと分からない。誰に、何をしてほしいの?」
「設立構成員として、申請に同意していただきたいです」
「その人は何をするの?」
「月二回の集会への参加と、役割に応じた活動準備を――」
「役割って?」
「相談、会計、広報、地域支援、儀礼の補助などを想定しています」
「最初からそれを書けばいいのに」
「宗教団体であることを隠す意図はありません」
「隠せとは言ってないよ。むしろ、そこを隠してないのはいいと思う」
千夏さんは、もう一度募集文を読んだ。
「やろうとしてることは、ちょっと面白そうなんだけどね。でも、投稿が死ぬほど下手」
「死者は出ていません」
「比喩だよ」
「承知しています」
内容そのものを否定されたわけではないし、彼女の言わんとするところは理解はできた。
それでも、少しだけ傷ついた。
百三十ページの計画書を作成する能力と、一つの投稿を作成する能力は、同一ではないらしい。
「改善点を、具体的に教えていただけますか」
私が尋ねると、千夏さんは少し意外そうに目を瞬いた。
「怒らないんだ」
「批判が正しいかどうかと、私が傷つくかどうかは別です」
「傷ついてはいるんだ」
「少し」
「そこは素直なんだね」
千夏さんは笑いながら続ける。
「じゃあ、一枚にしよう。全部を理解してもらうんじゃなくて、参加するか判断できる一枚」
「ご協力いただけるのですか」
「この伝え方を放置する方が気になるかなーって」
「設立構成員としてお名前を――」
「それは一枚ができてから判断する」
適切な順序だった。
◇ ◇ ◇
百三十ページを一枚にする作業は、百三十ページを書く作業より難しかった。
「《現代社会における神殿機能の再構築》は残します」
「最初には置かないほうが良いよ、絶対」
「活動の根幹です」
「読まれなかったら、根幹まで届かないんだって」
「では、《救済を必要とするすべての人へ》」
「誰のことか分からない」
「救済の対象を限定することはできません」
「募集の対象は限定できるでしょ」
千夏さんは、私が書いた見出しを削除した。
代わりに入力する。
《話を聞く場所を、一緒につくる人を募集します》
「宗教性が消えています」
「次に書く」
その下へ、《宗教を母体とする学生団体です》と加えた。
「隠してない。むしろ二行目なら、かなり目立つ。いや、でも露骨かなー」
私は検討し、頷いた。
続けて、当面の活動を三つに絞った。
学生の悩みを聞く小規模な相談活動。
地域支援の準備。
月二回の勉強会と集会。
信仰、入信、寄付は構成員の条件ではない。担当する役割は本人と相談して決める。退会はいつでも申し出ることができる。
「神殿機能の再構築は、どこへ記載しますか」
「最後の『詳しい活動理念』」
「最後ですか」
「興味を持った人が読む場所」
理念を後ろへ置くことは、理念を隠すことではない。
判断に必要な情報を、判断する順序で示す。
昨日作ったSNSのアカウントは小さな入り口だった。今彼女と私が作ろうとしているのは、入口の先に何があるのか見える道だった。
「これなら、私は名前を書いてもいいかな」
完成した一枚を読み終え、千夏さんは言った。
「信仰はしないし、入信もしない。相談を受けるのも、今のところ自信はない。でも、説明を考えるくらいなら手伝える」
「十分です。役職は広報担当でよろしいですか」
「まだ一枚直しただけ」
「では、広報担当候補として」
「まあ、それならいいかなー」
私は記録欄を閉じた。
設立構成員、二名。
信徒、ゼロ名。
翌日、千夏さんは完成した一枚を、関心がありそうな知人三人へ見せた。
一人は、人の相談を聞く活動に興味があった。カウンセラーに興味があるらしいが専門家ではないため、できる範囲を明確にすることを条件とした。
一人は、地域の清掃や食料支援なら参加したいと言った。宗教儀礼への参加は求めないことを確認し、同意した。
もう一人は、団体運営の経験を積みたいらしかった。会計公開と議事記録の方針を読むと、むしろ細かい規約へ質問を始めた。
三人とも、信者になるつもりはなかった。
三人とも、何をするのかが分かれば、限定された範囲で協力できると言った。
私は一人ずつ、信仰も入信も不要であること、寄付を求めないこと、役割は同意のうえで決めること、いつでも退会できることを説明した。
説明は、一人五分で終わった。
百三十ページの計画書は、質問を受けた箇所だけ開いた。
設立構成員、五名。
信徒、ゼロ名。
順序には、まだ疑問が残った。
◇ ◇ ◇
「五名全員が、信者ではないのですか」
申請書を確認していた窓口の職員が尋ねた。
「私を除く四名は、信者ではありません」
「天城さんご自身は」
「私は聖女です」
「信者ではなく?」
「信仰を伝える側ですので、信徒数には算入していません」
職員は一度だけ瞬きをし、申請書へ視線を戻した。
「では、団体の構成員になることと、信者になることは別という理解でいいですか」
「はい。学生団体上の所属によって、信仰を求めることはありません。本人の自由意思を尊重します」
「分かりました。規約にも明記されていますね」
職員は五名分の記載と添付書類を確認した。
「形式上は揃っていますので、受理します。登録は審査後になります。それまでは、登録団体向けの設備は使えませんので注意してください」
「承知しました」
申請書へ受付印が押された。
小さな音だった。
前世で神殿を一つ建立するには、土地を清め、礎石を置き、祭壇を築き、神官と職人と地域の代表者が何日も儀式を行った。
現世における最初の神殿は、所定様式二枚と添付書類、そして受付印から始まった。
窓口を離れると、待っていた千夏さんが尋ねた。
「通った?」
「申請は受理されました。登録は審査待ちです」
「じゃあ今、信徒ゼロ、運営五人?」
「正確には、設立構成員五名です」
「信徒ゼロは合ってる?」
「合っています」
正確だが、不本意な指標だった。
私は活動記録へ入力した。
活動開始四日目。
信徒数、ゼロ名。
公式アカウントのフォロワー、二名(いずれも知人)。
学生団体設立構成員、五名。
組織だけが、信仰より先に生まれた。
「登録を待っている間に、第一回集会の準備を始めます」
私は新しい資料を千夏さんへ見せた。
「まずは活動理念を正確に共有する必要があります。構想目的の一つである神殿の役割から、現代日本の制度との比較、基本教義、相談活動の原則まで、休憩を含めて三時間を予定しています」
「長い」
「百三十ページを三時間に圧縮しました」
「圧縮の基準がおかしい」
設立申請は受理された。
しかし、入口の先は、まだ長いようだった。
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