神から与えられた武器と、次に求められたもの
奏太と琴音を連れてきた翌朝。
簡単な朝食を済ませた俺たちは、ログハウスの中で向き合っていた。
「じゃあ、行くぞ」
そう言って転移魔法を発動する。
視界が一瞬歪み、次の瞬間には木の匂いではなく、鉄と煤の匂いが鼻をついた。
「……うわ、いきなり変わったな」
「ここ、どこ……?」
戸惑う二人に、俺は短く説明する。
「ルーシャって町の鍛冶師、フィリオの工房の一部屋だ。魔法使い用の杖を作ってくれるって言われててな、今日が受け取りなんだ」
「なるほど……って、転移魔法ってそんな気軽に使えるもんなのか?」
奏太が半ば呆れたように言う。
「普通は無理だと思うぞ。俺も祖父の記憶とスキルがなければ使えない」
そう答えながら、扉に手をかける。
「そのフィリオって人……やっぱり神様?」
琴音が小声で聞いてくる。
「ああ、そうらしい。休暇で地上に降りてる鍛冶神、だとか」
「神様が休暇……」
現実味のない単語に、二人ともまだ慣れていない様子だった。
扉を開け、店先へ出る。
金属を研ぐ規則的な音が響いていた。
そこにいたのは、昨日と同じ――いや、改めて見るとやはり只者ではない空気を纏った男。
フィリオだった。
「……戻ったか」
短剣を研ぐ手を止めることなく、こちらを一瞥する。
「フィリオ、でいいのか?」
「ああ、それで構わん。俺はただの鍛冶師としてここにいる」
その言葉は軽いが、内側にある何かは隠しきれていない。
「で、約束の杖だが――」
フィリオはそう言って、カウンターの奥から三つの品を取り出した。
一本は細身の杖。青みがかった金属と木が組み合わさり、魔力を帯びているのが分かる。
そして、もう二つ。
「……短剣?」
「そっちの二人の分だ」
当然のように言われ、俺は思わず聞き返す。
「依頼してないが」
「分かっている。だが武器は必要だろう。あの二人、戦いの経験はない」
言い返せなかった。
事実だ。
「……ありがとう。代金は――」
「いらん」
即答だった。
「これは俺からの餞別だ。こちらに来た記念、というやつだな」
「それでも――」
「ただし」
フィリオが言葉を遮る。
「お前たちが元の世界を選ぶなら、その武器は返してもらう。それで手打ちだ」
その言葉には、妙な重みがあった。
「……分かった」
俺は頷くしかなかった。
フィリオは満足そうに短く息を吐き、続ける。
「どうしても納得できないなら、代わりに持ってこい。この国の北、アリーネ王国のラスターネで採れる鉱石――アズラリウムだ」
「アズラリウム……?」
「青く透明な鉱石だ。見た目は美しいが、ミスリルよりも遥かに扱いが難しい。あれを扱えれば、一人前と呼ばれる」
その言葉には、職人としての誇りが滲んでいた。
「分かった。手に入るかは分からないが、行ってみる」
「気が向いた時でいい。簡単に見つかる代物じゃない」
フィリオは肩をすくめるように言う。
「それと、そっちの二人のギルドカードも用意してある」
差し出されたカードを、奏太と琴音が戸惑いながら受け取る。
「これで街の出入りも問題ない」
「助かる……ありがとう」
奏太が素直に頭を下げる。
「礼はいらん。武器の手入れは忘れるな。特に短剣はな」
その一言は、少しだけ厳しかった。
「分かった。王都に行った帰り、また寄る」
「好きにしろ。どうせ転移で来るんだろう」
見透かされたような言葉に、俺は苦笑するしかなかった。
工房を出ると、外の空気はひんやりとしていた。
「……なんか、すごい人だったな」
「神様だしな」
「いや、それ以上に……」
琴音が言葉を濁す。
きっと、感じたのだろう。
あの男の奥にある、重さのようなものを。
「行くぞ。王都まで八日だ」
そう言って歩き出す。
二人は少し不安そうな顔をしながらも、すぐに後を追ってきた。
見慣れない景色。知らない世界。
それでも、どこか期待を含んだ目で周囲を見ている。
――あいつらなら、大丈夫かもしれないな。
そんなことを思いながら、俺は前を向いた。
⸻
――鍛冶師フィリオ視点――
「行ったか……」
扉の閉まる音を聞きながら、俺は小さく呟いた。
手に残るのは、確かな手応え。
久方ぶりに、心の底から打ち込みたくなる素材だった。
「まさか、あやつの孫が来るとはな……」
あの男――ユリス。
この世界で大賢者と呼ばれた、唯一無二の存在。
その背を見送り、二度と会うことはないと思っていた。
「人の一生は短いものだな……」
思わず、名前が口を突く。
「ユリス」
その瞬間、背後に気配が現れた。
振り返ると、そこには創造神と――半透明の男が立っていた。
見間違えるはずもない。
「久しいな」
「ああ……久しぶりだな、ユリス」
声を聞いた瞬間、胸の奥に何かが込み上げる。
だが、それを表に出すことはしない。
「どうであった?」
創造神が問う。
「あやつらは」
「まだまだ未熟です」
即答だった。
「森の管理者を任せるなら、力も覚悟も足りない」
「であろうな」
創造神は淡々と頷く。
「だからこそ、三年の猶予を与えた」
ユリスは苦笑するだけで、何も言わなかった。
「もう二人の方はどうだ」
「男の方――ソウタは見込みがあります」
そう答えると、創造神の目がわずかに細まる。
「ならば、加護を与えるか?」
「本人が望むなら」
それが答えだった。
無理に与えるものではない。
選ばせるべきだ。
「よかろう」
創造神は静かに言う。
「では、王都から戻る頃に」
ユリスが口を開く。
「……その時、私も同席していいか?」
わずかな迷いを含んだ声だった。
「構わん」
即答だった。
「孫の驚く顔を見たいか」
「……まあな」
昔と変わらない返答に、思わず苦笑が漏れる。
「相変わらずだな」
「お前もな」
短いやり取り。
だが、それで十分だった。
「では、また来る」
二人の姿が消える。
再び静寂が戻る。
「……忙しくなりそうだな」
小さく呟き、炉に向き直る。
あの少年が、どちらを選ぶのか。
それを見届けるまでは――
この仕事も、悪くはない。




