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扉の向こうは異世界でした〜平日は会社員、土日祝は異世界で冒険者(三年限定)〜  作者: みのり


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9/22

神から与えられた武器と、次に求められたもの

 奏太と琴音を連れてきた翌朝。

 簡単な朝食を済ませた俺たちは、ログハウスの中で向き合っていた。


「じゃあ、行くぞ」


 そう言って転移魔法を発動する。


 視界が一瞬歪み、次の瞬間には木の匂いではなく、鉄と煤の匂いが鼻をついた。


「……うわ、いきなり変わったな」


「ここ、どこ……?」


 戸惑う二人に、俺は短く説明する。


「ルーシャって町の鍛冶師、フィリオの工房の一部屋だ。魔法使い用の杖を作ってくれるって言われててな、今日が受け取りなんだ」


「なるほど……って、転移魔法ってそんな気軽に使えるもんなのか?」


 奏太が半ば呆れたように言う。


「普通は無理だと思うぞ。俺も祖父の記憶とスキルがなければ使えない」


 そう答えながら、扉に手をかける。


「そのフィリオって人……やっぱり神様?」


 琴音が小声で聞いてくる。


「ああ、そうらしい。休暇で地上に降りてる鍛冶神、だとか」


「神様が休暇……」


 現実味のない単語に、二人ともまだ慣れていない様子だった。


 扉を開け、店先へ出る。


 金属を研ぐ規則的な音が響いていた。


 そこにいたのは、昨日と同じ――いや、改めて見るとやはり只者ではない空気を纏った男。


 フィリオだった。


「……戻ったか」


 短剣を研ぐ手を止めることなく、こちらを一瞥する。


「フィリオ、でいいのか?」


「ああ、それで構わん。俺はただの鍛冶師としてここにいる」


 その言葉は軽いが、内側にある何かは隠しきれていない。


「で、約束の杖だが――」


 フィリオはそう言って、カウンターの奥から三つの品を取り出した。


 一本は細身の杖。青みがかった金属と木が組み合わさり、魔力を帯びているのが分かる。


 そして、もう二つ。


「……短剣?」


「そっちの二人の分だ」


 当然のように言われ、俺は思わず聞き返す。


「依頼してないが」


「分かっている。だが武器は必要だろう。あの二人、戦いの経験はない」


 言い返せなかった。


 事実だ。


「……ありがとう。代金は――」


「いらん」


 即答だった。


「これは俺からの餞別だ。こちらに来た記念、というやつだな」


「それでも――」


「ただし」


 フィリオが言葉を遮る。


「お前たちが元の世界を選ぶなら、その武器は返してもらう。それで手打ちだ」


 その言葉には、妙な重みがあった。


「……分かった」


 俺は頷くしかなかった。


 フィリオは満足そうに短く息を吐き、続ける。


「どうしても納得できないなら、代わりに持ってこい。この国の北、アリーネ王国のラスターネで採れる鉱石――アズラリウムだ」


「アズラリウム……?」


「青く透明な鉱石だ。見た目は美しいが、ミスリルよりも遥かに扱いが難しい。あれを扱えれば、一人前と呼ばれる」


 その言葉には、職人としての誇りが滲んでいた。


「分かった。手に入るかは分からないが、行ってみる」


「気が向いた時でいい。簡単に見つかる代物じゃない」


 フィリオは肩をすくめるように言う。


「それと、そっちの二人のギルドカードも用意してある」


 差し出されたカードを、奏太と琴音が戸惑いながら受け取る。


「これで街の出入りも問題ない」


「助かる……ありがとう」


 奏太が素直に頭を下げる。


「礼はいらん。武器の手入れは忘れるな。特に短剣はな」


 その一言は、少しだけ厳しかった。


「分かった。王都に行った帰り、また寄る」


「好きにしろ。どうせ転移で来るんだろう」


 見透かされたような言葉に、俺は苦笑するしかなかった。


 工房を出ると、外の空気はひんやりとしていた。


「……なんか、すごい人だったな」


「神様だしな」


「いや、それ以上に……」


 琴音が言葉を濁す。


 きっと、感じたのだろう。


 あの男の奥にある、重さのようなものを。


「行くぞ。王都まで八日だ」


 そう言って歩き出す。


 二人は少し不安そうな顔をしながらも、すぐに後を追ってきた。


 見慣れない景色。知らない世界。


 それでも、どこか期待を含んだ目で周囲を見ている。


 ――あいつらなら、大丈夫かもしれないな。


 そんなことを思いながら、俺は前を向いた。


 ⸻


 ――鍛冶師フィリオ視点――


「行ったか……」


 扉の閉まる音を聞きながら、俺は小さく呟いた。


 手に残るのは、確かな手応え。


 久方ぶりに、心の底から打ち込みたくなる素材だった。


「まさか、あやつの孫が来るとはな……」


 あの男――ユリス。


 この世界で大賢者と呼ばれた、唯一無二の存在。


 その背を見送り、二度と会うことはないと思っていた。


「人の一生は短いものだな……」


 思わず、名前が口を突く。


「ユリス」


 その瞬間、背後に気配が現れた。


 振り返ると、そこには創造神と――半透明の男が立っていた。


 見間違えるはずもない。


「久しいな」


「ああ……久しぶりだな、ユリス」


 声を聞いた瞬間、胸の奥に何かが込み上げる。


 だが、それを表に出すことはしない。


「どうであった?」


 創造神が問う。


「あやつらは」


「まだまだ未熟です」


 即答だった。


「森の管理者を任せるなら、力も覚悟も足りない」


「であろうな」


 創造神は淡々と頷く。


「だからこそ、三年の猶予を与えた」


 ユリスは苦笑するだけで、何も言わなかった。


「もう二人の方はどうだ」


「男の方――ソウタは見込みがあります」


 そう答えると、創造神の目がわずかに細まる。


「ならば、加護を与えるか?」


「本人が望むなら」


 それが答えだった。


 無理に与えるものではない。


 選ばせるべきだ。


「よかろう」


 創造神は静かに言う。


「では、王都から戻る頃に」


 ユリスが口を開く。


「……その時、私も同席していいか?」


 わずかな迷いを含んだ声だった。


「構わん」


 即答だった。


「孫の驚く顔を見たいか」


「……まあな」


 昔と変わらない返答に、思わず苦笑が漏れる。


「相変わらずだな」


「お前もな」


 短いやり取り。


 だが、それで十分だった。


「では、また来る」


 二人の姿が消える。


 再び静寂が戻る。


「……忙しくなりそうだな」


 小さく呟き、炉に向き直る。


 あの少年が、どちらを選ぶのか。


 それを見届けるまでは――


 この仕事も、悪くはない。

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