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扉の向こうは異世界でした〜平日は会社員、土日祝は異世界で冒険者(三年限定)〜  作者: みのり


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8/23

一人だった異世界に、二人が加わった

 幼馴染の二人が突然訪ねてきてから五日。俺は何事もなかったかのように、家と会社の往復を続けていた。


 幸いにも会社はホワイトで、ミスさえなければ残業もない。定時で帰宅し、静まり返った部屋で一人、淡々と時間を消費する日々だ。

 だが今日は違う。


 帰ったら、全部話すと約束している。


 逃げることもできた。曖昧に誤魔化し続けることもできたはずだ。だが、それではきっと後悔する。あの二人には、そういう嘘は通用しない。


 夕飯の準備をしながら、俺は無意識に包丁を握る手に力を込めていた。まな板に当たる音が、やけに大きく響く。


 ――本当に話していいのか。


 答えはもう出ているはずなのに、心のどこかで躊躇いが残る。

 あの扉の先は、もう俺一人の問題ではなくなりつつある。


 十九時を少し回った頃、インターホンが鳴った。


「いらっしゃい、とりあえず上がりなよ」


「お邪魔しまーす。久しぶりだな、中に入るのも」


「ほんとだね。おじいさんのお葬式以来だね」


 何気ないやり取り。だが、その一つ一つが妙に懐かしく感じる。

 リビングに案内しながら、俺はわずかに安堵していた。変わっていない空気が、そこにあったからだ。


「二人とも夕飯は?まだなら一緒に食べるか?」


「まだだから助かる」


「私もいただく」


 三人で食卓を囲む。箸の音と食器の触れ合う音だけが静かに流れる。

 しばらくは、他愛のない会話だけだった。


 だが、いつまでも逃げるわけにはいかない。


「で、約束の話だけどさ――」


 俺は一度言葉を切り、二人の顔を見る。


 そして、できるだけ感情を排して話し始めた。


 祖父が異世界の人間だったこと。

 遺品の中に異世界へ繋がる扉があったこと。

 そして俺が、その世界で生活していること。


 話している間、自分でも不思議なくらい冷静だった。

 だが、話し終えた瞬間、空気が凍りつく。


 二人は黙っていた。


 驚きすぎて言葉が出ない――そんな表情だった。


「……異世界って、あれだよな。漫画とかアニメの」


 ようやく絞り出すように、奏太が言う。


「だな。俺も最初は夢かと思った」


 軽く笑ってみせるが、自分でもその笑いがぎこちないのが分かる。


「でさ、二人に決めてほしいことがある」


 俺は続ける。


「向こうの神様が、望むなら連れてきてもいいって言ってる。地球の神様にも話は通ってるらしい」


 現実離れした言葉に、二人は再び沈黙する。


 無理もない。俺だって最初は受け入れられなかった。


 しばらくして、奏太が口を開いた。


「……正直、まだ信じきれているわけじゃない。でも裕季が嘘つくとは思えないし……一回、行ってみてもいいか?」


 その声には迷いがあったが、逃げる気配はなかった。


 続いて琴音も静かに言う。


「私も興味はある。でも、こっちの生活もあるし……。だから、一日だけ一緒に行動して決めたい」


 現実と非現実の間で揺れているのが、はっきりと伝わってくる。


「それでいいと思う。無理に決める必要はないしな」


 俺はそう答え、立ち上がった。


「じゃあ、行くか」


 物置部屋へ向かい、あの扉の前に立つ。


 ドアノブに手をかける瞬間、ほんのわずかに躊躇う。

 だが、そのまま押し開けた。


 次の瞬間、景色が変わる。


 ログハウス。


 木の匂いと、静かな空気。


「……マジで繋がってるんだな」


「すご……」


 背後で二人が息を呑むのが分かった。


 その反応に少しだけ安心しながら、俺はお茶の準備を始める。


 その時だった。


 外に、複数の気配を感じた。


 ――来たか。


 扉を開けると、そこには創造神と『鉄の斧』の面々が立っていた。


「いらっしゃい。中へどうぞ」


 自然にそう言えた自分に、少し驚く。

 最初に会った時の緊張は、もうない。


 全員を中へ通し、お茶を配る。


 創造神は、奏太と琴音をじっと見つめていた。


 値踏みするような、あるいは見透かすような視線。


 二人の肩がわずかに強張る。


「ふむ。その二人も望むなら、お前と同じ条件にしてよい」


 静かな声が響く。


「三年後、こちらに残るならば、だ」


 あまりにもあっさりとした宣言だった。


「分かりました」


 俺は頷き、二人を見る。


「どうするかは自分で決めていい。俺に気を遣う必要はない」


 その言葉に、奏太はゆっくりと息を吐いた。


「……期限まで、一緒に行動して決めたい」


 琴音も、小さく頷く。


「それで問題ない」


 創造神は即答した。


「言葉と文字は補ってやろう。身体強化と風魔法も与える。最低限は生きられるはずだ」


 その一言で、二人の表情がわずかに和らぐ。


「監視は引き続き『鉄の斧』に任せる。ではな」


 そう言い残し、創造神は消えた。


 残された静寂。


「じゃあな。俺たちは街に戻る」


 バレンたちも去り、完全に三人だけになる。


 俺は息を吐き、振り返る。


「とりあえず、これからよろしくな。今日は――」


 そこで、違和感に気づいた。


「……あれ?」


「どうした?」


 視線の先。


 そこには、見覚えのない扉が二つ。


 恐る恐る開けると、ベッドが二つ並んだ寝室が現れる。


 もう一つも同じ構造だった。


「……いつの間に増えたんだ」


「神様案件すぎるでしょ……」


 呆れ半分、苦笑半分。


 だが同時に、この世界の理不尽さにも慣れ始めている自分がいた。


「使っていいと思うけど、どうする?」


「……今日はもう疲れた。ここでいい」


 琴音がそう言い、奏太も頷く。


 結局、二人で一部屋。俺はもう一部屋。


 その光景を見て、ふと思う。


 ――あいつら、変わらないな。


 そして同時に、胸の奥にわずかな感情が生まれる。


 羨望か、孤独か、それとも――。


 答えは分からない。


「じゃあ、おやすみ」


 短く言い、俺は自分の部屋に入る。


 ベッドに倒れ込み、天井を見上げる。


 異世界と現実。


 二つの世界を行き来する生活。


 そこに、幼馴染の二人が加わった。


 三年という猶予。


 その先にある選択。


 考えるべきことは山ほどある。


 だが――


 今はまだ、答えを出す必要はない。


 目を閉じる。


 静寂が広がる。


 気づけば、意識はゆっくりと沈んでいった。

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