王都への道中、運命の出会い
王都へ向けて進み始めて三日目。
一度日本へ戻り、いつも通り家と会社を往復する日常を挟んだあと、土曜のまだ日も昇りきらない時間に、俺は奏太と琴音を連れて再びこちらの世界へ戻ってきていた。
先週までに進んだ地点。街道の途中、目印にしていた岩場の近く。
あの時は一人だったが、今は違う。
隣には、気心の知れた幼馴染がいる。
それだけで、不思議と胸の奥にあった静かな孤独が、少しだけ薄れている気がした。
「……やっぱ、空気違うな」
奏太が周囲を見渡しながら呟く。
「うん。匂いも違うし……なんか落ち着かないけど、嫌じゃない」
琴音も同じように辺りを見回している。
二人ともまだ緊張はしているが、恐怖で足が止まるほどではない。少し安心する。
この世界には時計がない。
時間は太陽の位置で測るしかないが、だいたい真上に来る頃を昼と判断する。
その時間帯になると、街道沿いに設置された簡易的な休憩所で足を止める者が多い。
俺たちも例に漏れず、そこで干し肉と少し硬いパンを口にした。
日本の食事に比べれば質素だが、慣れれば悪くない。
短い休憩を終え、再び歩き出す。
あと数時間もすれば日が落ちる。野営のために、人目につかない場所を探す必要がある。
そう考えながら進んでいると、不意に違和感を覚えた。
――魔力の流れが乱れている。
反射的に探索魔法を展開する。
半径数キロに意識を広げると、すぐにそれは引っかかった。
人が五、六人。
そして――魔物の群れ。
「……止まれ」
思わず足を止める。
「どうした?」
奏太がすぐに反応する。
「この先、二、三キロ先で戦闘が起きてる。人と魔物だ」
「どっちが優勢だ?」
「……人の方が押されてる」
正確には、拮抗しているように見えて、徐々に削られている。
一体あたりの魔力量はそこまで高くない。だが数が多い。
群れている時点で厄介だ。
「助けるの?」
琴音の声には、わずかな不安が混じっていた。
「普通は介入しない。他人の戦闘に割り込むのはトラブルの元だからな」
だが――。
「このままだと、全滅する可能性がある」
沈黙が落ちる。
判断を迫られている。
「……様子だけ見に行く」
そう言って、再び歩き出した。
二キロほど進むと、戦闘の様子が肉眼でも確認できる距離に入る。
近くの大岩に身を潜め、状況を観察する。
馬車を中心に円陣を組み、防衛しながら戦っている。
護衛はそこそこ腕が立つが、数で押されている。
そして――あの馬車。
「……紋章付きか」
距離があって詳細は見えないが、明らかに貴族のものだ。
関わりたくない類の相手。
だが、このまま見捨てるのも後味が悪い。
「なぁ、ヤバくないか?」
奏太が低く呟く。
「……ああ」
二人とも、無謀に飛び出そうとはしていない。
自分たちではどうにもならないと理解している。
それでいい。
「俺が行く」
「大丈夫なのか?」
「範囲魔法で一掃できる」
短く答え、二人に向き直る。
「ここから動くなよ」
そう言って、魔法を発動する。
「――『彼らを守れ、シールド』」
透明な防護膜が二人を包む。
これで並の魔物では傷一つつけられない。
確認してから、俺は戦場へと踏み出した。
「大丈夫かー! Cランク冒険者のユキだ! 助っ人は必要か!」
声を張り上げる。
敵味方の視線が一斉にこちらへ向く。
その中で、一人――指揮を執っているらしい男が剣を下げた。
合図だ。
「馬車を守りたいなら、今すぐ離脱しろ! まとめて吹き飛ばす!」
躊躇はなかった。
護衛たちは即座に動き、馬車と共に後退を始める。
十分な距離が取れたのを確認し、魔力を練り上げる。
風を束ね、圧縮し、解き放つ。
「――我が意思に従い、敵を殲滅せよ」
「ゲイル・エクスターミネーション」
瞬間。
空気が裂けた。
見えない刃の嵐が地面を薙ぎ払い、魔物の群れを呑み込む。
悲鳴も、抵抗も、ほとんど意味をなさなかった。
数秒後。
そこに動くものは、何一つ残っていなかった。
「……終わりだ」
振り返り、岩陰に向かって声をかける。
「もういいぞ!」
二人が駆け寄ってくる。
「すご……一瞬だったな」
「ほんとに……」
素直な感想に苦笑する。
「群れじゃなければ大した相手じゃないからな」
その時、背後で気配が動いた。
先ほど離脱した一団が戻ってきている。
「……戻ってきたか」
「お礼とかじゃないのか?」
「どうだろうな」
警戒は解かない。
やがて一団が姿を現し、馬車は少し離れた位置で止まった。
そして――紋章がはっきり見える。
「……王家か」
思わず小さく呟く。
薔薇と王冠。
間違いない。
王族の紋章だ。
近衛兵と思われる男が一人、こちらへ歩み寄ってくる。
「先ほどは助力、感謝する」
簡潔な騎士礼。
無駄がない。
「通りかかっただけです。怪我人は?」
「問題ない。回復魔法で対応済みだ」
ヒール使いがいるらしい。
それなら安心だ。
「倒した魔物はどうされますか?」
本来なら俺の獲物だが、先に戦っていたのは彼らだ。
「君たちが持っていくといい」
「……いいんですか?」
意外だった。
「構わん」
短く言い切る。
「では、三頭ほどいただきます」
すべては持ちきれない。
それだけ回収し、残りは彼らに任せる。
「それと――」
近衛兵の男が、わずかに表情を改める。
「馬車におられる方が、直接礼を述べたいと」
「……分かりました」
断る理由はない。
いや、本音を言えば関わりたくはないが、ここで拒否する方が面倒だ。
俺たちは馬車の方へと歩く。
緊張が、じわりと背中を伝う。
そして。
馬車の扉が、静かに開いた。
中から現れたのは――一人の女性。
銀を帯びた水色の髪。
透き通るような青い瞳。
その姿を見た瞬間。
なぜか、思考が一瞬止まった。
――この人だ。
理由は分からない。
だが、確かにそう感じた。
運命だとか、そんな言葉で片付けるのは簡単だ。
それでも。
この出会いが、これからの何かを変える。
そんな予感だけが、妙に鮮明に胸に残っていた。
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