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扉の向こうは異世界でした〜平日は会社員、土日祝は異世界で冒険者(三年限定)〜  作者: みのり


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関わるつもりはなかった

馬車から降りてきた女性は、二十歳前後に見えた。


 この国の王家には王女が二人いると聞いたことがある。年齢的にも、そのどちらかで間違いないだろう。


 俺たちは即座に膝をつき、家臣の礼をとる。


 余計な疑念を抱かせないためにも、ここは徹底して「何も知らない平民」を演じるべきだ。


「先ほどは魔物から私たちを助けていただき、感謝いたします」


 澄んだ声だった。


 無駄な威圧もなく、だが確かな気品を感じさせる声音。


「お礼をしたいのですが、何か望みはありますか?」


 来たか、と思う。


 ここで欲を出せば、確実に面倒なことになる。


「礼には及びません。たまたま通りかかっただけですから」


 できるだけ自然に、そして深入りしないように言葉を選ぶ。


「倒した魔物を数匹いただきました。それで十分です」


 だが、女性はわずかに眉を寄せた。


「それでは私の気持ちが収まりません。他に望みはないのですか?」


 食い下がる。


 ……面倒だな。


 だが、ここで強く拒めば不敬と取られかねない。


「お見受けしたところ、貴き血筋の方かと」


 あえて遠回しに言う。


「自分たちは学がなく、馬車の紋章の意味も分かりかねますが……本日お目にかかれただけで、十分な褒美でございます」


 嘘だ。


 紋章は見えている。王家のものだと理解している。


 だが、知らないふりをすることで距離を保つ。


 王侯貴族と関われば、必ずどこかでしがらみが生まれる。


 そして俺は――どちらの世界を選ぶか、まだ決めていない。


 そんな状態で縛りを増やすわけにはいかなかった。


 女性の隣に控えていた侍女が、小声で何かをささやく。


「ララ様――」


 その呼び名で確信する。


 ララティア・フィン・ラスティーナ。


 第二王女殿下。


 こんな街道に、しかも護衛が削られた状態でいる理由は分からないが――とにかく、早くこの場を離れたい。


 短い相談のあと、彼女は再びこちらを見た。


「では、一つ依頼があります」


「自分たちにできることでしたら、お受けいたします」


 ここで断る選択肢は、もうない。


「私たちは王都へ戻る途中でしたの。王都の、私の住まう場所まで――護衛として同行していただけませんか?」


 思考が一瞬止まる。


 ……王城まで同行?


 冗談じゃない。


「護衛、ですか。騎士の方々がいらっしゃるので、自分たちは不要かと存じますが」


 できるだけ柔らかく断る。


 だが、彼女は小さくため息をついた。


「……この場で別れたい、ということですのね」


 見抜かれている。


「では、あまり使いたくはなかったのですが――命令です」


 空気が変わった。


「あなたたち三人は、私と馬車に乗り、話し相手になりなさい」


 ……やられた。


 平民は王族の命令に逆らえない。


 それを理解した上での、強制。


 横目で二人を見る。


 奏太と琴音は困ったような顔をしながらも、小さく頷いた。


 覚悟を決めた、ということだろう。


「……ご命令であれば、お受けいたします」


 諦めて頭を下げる。


「改めて名乗らせていただきます。Cランク冒険者のユキです」


「Fランク冒険者のソウタです」


「同じくFランクのコトネです」


 彼女は小さく微笑んだ。


「そういえば、私も名乗っていませんでしたわね」


 一瞬、王女としての名を告げるのかと思ったが――


「王都に着くまでは、ララと呼んでくださいな。お忍びですので」


 やはり、表向きは隠すつもりらしい。


 意味があるのかは疑問だが、従うしかない。


「かしこまりました、ララ様」


「さあ、馬車へ」


 促されるままに歩き出す。


「いえ、自分たちは外からでも――」


 最後の抵抗を試みるが、


「命令です」


 即座に切り捨てられた。


 ……終わった。


 馬車に乗り込む際、護衛の騎士たちと目が合う。


 彼らは一様に、同情するような視線を向けてきた。


 ――分かってるなら止めてくれ。


 心の中で毒づくが、もちろん口には出さない。


 馬車の中は思ったよりも広く、静かだった。


 扉が閉まり、馬車が動き出す。


 逃げ場は、もうない。


「答えたくないことは無理に聞きませんわ。ですから、少しお話に付き合ってくださる?」


「答えられる範囲であれば」


「それで結構です」


 彼女は満足そうに頷いた。


「ソウタさんとコトネさんは、最近冒険者になられたの?」


「ええ、二週間ほど前に。ユキを追って田舎から出てきました」


 事前に打ち合わせていた通りの回答。


 不自然ではない。


「そう……ユキさんは?」


 視線がこちらに向く。


「自分は……色々な場所を、この目で見てみたかったからです」


 半分は本音だ。


 この世界を知りたいという気持ちは確かにある。


 彼女はしばらく黙り、そして小さく息を吐いた。


「……良いですわね」


 窓の外へと視線を向ける。


 流れていく景色。どこまでも続く空。


「私も……もしこの身分でなければ、冒険者や行商人として、各地を巡ってみたかった」


 その言葉には、ほんのわずかだが感情が滲んでいた。


 羨望。


 そして、諦め。


 王族として生まれた以上、背負うものがある。


 自由と引き換えに与えられる責任。


 それを、この人は理解しているのだろう。


 だからこそ、こうして外に出ている今この瞬間を、少しでも味わおうとしているのかもしれない。


 馬車の中に、静かな時間が流れる。


 俺は何も言わなかった。


 言えることが、思いつかなかったからだ。


 ただ――


 窓の外を見つめる彼女の横顔が、妙に印象に残った。


 どこか遠くを見ているようで。


 それでいて、どこにも行けないと分かっているような。


 そんな、矛盾した表情だった。


 この出会いが何をもたらすのかは分からない。


 だが少なくとも――


 俺たちはもう、完全な「部外者」ではいられなくなったのだと。


 そう、はっきりと理解していた。

読んでいただきありがとうございます!

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