関わるつもりはなかった
馬車から降りてきた女性は、二十歳前後に見えた。
この国の王家には王女が二人いると聞いたことがある。年齢的にも、そのどちらかで間違いないだろう。
俺たちは即座に膝をつき、家臣の礼をとる。
余計な疑念を抱かせないためにも、ここは徹底して「何も知らない平民」を演じるべきだ。
「先ほどは魔物から私たちを助けていただき、感謝いたします」
澄んだ声だった。
無駄な威圧もなく、だが確かな気品を感じさせる声音。
「お礼をしたいのですが、何か望みはありますか?」
来たか、と思う。
ここで欲を出せば、確実に面倒なことになる。
「礼には及びません。たまたま通りかかっただけですから」
できるだけ自然に、そして深入りしないように言葉を選ぶ。
「倒した魔物を数匹いただきました。それで十分です」
だが、女性はわずかに眉を寄せた。
「それでは私の気持ちが収まりません。他に望みはないのですか?」
食い下がる。
……面倒だな。
だが、ここで強く拒めば不敬と取られかねない。
「お見受けしたところ、貴き血筋の方かと」
あえて遠回しに言う。
「自分たちは学がなく、馬車の紋章の意味も分かりかねますが……本日お目にかかれただけで、十分な褒美でございます」
嘘だ。
紋章は見えている。王家のものだと理解している。
だが、知らないふりをすることで距離を保つ。
王侯貴族と関われば、必ずどこかでしがらみが生まれる。
そして俺は――どちらの世界を選ぶか、まだ決めていない。
そんな状態で縛りを増やすわけにはいかなかった。
女性の隣に控えていた侍女が、小声で何かをささやく。
「ララ様――」
その呼び名で確信する。
ララティア・フィン・ラスティーナ。
第二王女殿下。
こんな街道に、しかも護衛が削られた状態でいる理由は分からないが――とにかく、早くこの場を離れたい。
短い相談のあと、彼女は再びこちらを見た。
「では、一つ依頼があります」
「自分たちにできることでしたら、お受けいたします」
ここで断る選択肢は、もうない。
「私たちは王都へ戻る途中でしたの。王都の、私の住まう場所まで――護衛として同行していただけませんか?」
思考が一瞬止まる。
……王城まで同行?
冗談じゃない。
「護衛、ですか。騎士の方々がいらっしゃるので、自分たちは不要かと存じますが」
できるだけ柔らかく断る。
だが、彼女は小さくため息をついた。
「……この場で別れたい、ということですのね」
見抜かれている。
「では、あまり使いたくはなかったのですが――命令です」
空気が変わった。
「あなたたち三人は、私と馬車に乗り、話し相手になりなさい」
……やられた。
平民は王族の命令に逆らえない。
それを理解した上での、強制。
横目で二人を見る。
奏太と琴音は困ったような顔をしながらも、小さく頷いた。
覚悟を決めた、ということだろう。
「……ご命令であれば、お受けいたします」
諦めて頭を下げる。
「改めて名乗らせていただきます。Cランク冒険者のユキです」
「Fランク冒険者のソウタです」
「同じくFランクのコトネです」
彼女は小さく微笑んだ。
「そういえば、私も名乗っていませんでしたわね」
一瞬、王女としての名を告げるのかと思ったが――
「王都に着くまでは、ララと呼んでくださいな。お忍びですので」
やはり、表向きは隠すつもりらしい。
意味があるのかは疑問だが、従うしかない。
「かしこまりました、ララ様」
「さあ、馬車へ」
促されるままに歩き出す。
「いえ、自分たちは外からでも――」
最後の抵抗を試みるが、
「命令です」
即座に切り捨てられた。
……終わった。
馬車に乗り込む際、護衛の騎士たちと目が合う。
彼らは一様に、同情するような視線を向けてきた。
――分かってるなら止めてくれ。
心の中で毒づくが、もちろん口には出さない。
馬車の中は思ったよりも広く、静かだった。
扉が閉まり、馬車が動き出す。
逃げ場は、もうない。
「答えたくないことは無理に聞きませんわ。ですから、少しお話に付き合ってくださる?」
「答えられる範囲であれば」
「それで結構です」
彼女は満足そうに頷いた。
「ソウタさんとコトネさんは、最近冒険者になられたの?」
「ええ、二週間ほど前に。ユキを追って田舎から出てきました」
事前に打ち合わせていた通りの回答。
不自然ではない。
「そう……ユキさんは?」
視線がこちらに向く。
「自分は……色々な場所を、この目で見てみたかったからです」
半分は本音だ。
この世界を知りたいという気持ちは確かにある。
彼女はしばらく黙り、そして小さく息を吐いた。
「……良いですわね」
窓の外へと視線を向ける。
流れていく景色。どこまでも続く空。
「私も……もしこの身分でなければ、冒険者や行商人として、各地を巡ってみたかった」
その言葉には、ほんのわずかだが感情が滲んでいた。
羨望。
そして、諦め。
王族として生まれた以上、背負うものがある。
自由と引き換えに与えられる責任。
それを、この人は理解しているのだろう。
だからこそ、こうして外に出ている今この瞬間を、少しでも味わおうとしているのかもしれない。
馬車の中に、静かな時間が流れる。
俺は何も言わなかった。
言えることが、思いつかなかったからだ。
ただ――
窓の外を見つめる彼女の横顔が、妙に印象に残った。
どこか遠くを見ているようで。
それでいて、どこにも行けないと分かっているような。
そんな、矛盾した表情だった。
この出会いが何をもたらすのかは分からない。
だが少なくとも――
俺たちはもう、完全な「部外者」ではいられなくなったのだと。
そう、はっきりと理解していた。
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