二つの世界での生活
とりあえず三年の猶予はある。それに『鉄の斧』もいる。
そう自分に言い聞かせて、俺は目の前の扉に手をかけた。
ゆっくりと押し開ける。
その先に広がっていたのは――見慣れた物置部屋だった。
「……本当に、繋がってるのかよ」
半信半疑だったが、現実を見せられると納得するしかない。扉の向こうを一通り確認してから閉じ、俺は振り返った。
『鉄の斧』の連中が、こちらを見ている。
「えっと……これから三年、よろしくでいいのか? とりあえず、君らの拠点の街まで行きたいんだけど」
そう言うと、リーダーのバレンがため息混じりに肩をすくめた。
「はぁ……創造神様が決めたことだ。文句はねぇ。付いてこい」
ぶっきらぼうだが、拒絶はない。それだけで十分だった。
ログハウスを出て、俺は彼らの後を追う。
街までは徒歩で二時間ほど。その道中、俺はこの世界の基本を叩き込まれた。街の名前、国、周辺情勢、そして通貨。
金の価値は思ったよりシンプルだった。
十円=大銅貨一枚=一リラ
百円=銅貨一枚=十リラ
千円=銀貨一枚=千リラ
一万円=金貨一枚=一万リラ
それ以上に大金貨や白金貨もあるらしいが、平民が扱うことはまずない。大商人か貴族の領域だ。
話を聞いているうちに、巨大な外壁が見えてきた。
「あれがラードだ」
領都らしく、規模が大きい。門に近づくと、門番が鋭い視線を向けてきた。
『鉄の斧』の面々は慣れた様子で身分証を提示する。だが、俺には当然そんなものはない。
どうするのかと思っていると、バレンが前に出た。
「こいつ、途中で盗賊に襲われてな。身分証を失くしてる」
さらっと嘘をつく。
「金は持ってる」
「なるほど。では、この水晶に手をかざしてくれ」
門番が差し出したのは、透明な水晶だった。
「青なら問題なし、赤なら犯罪歴ありだ」
ずいぶん便利な代物だ。
内心でツッコミつつも、俺は素直に手をかざす。すると水晶は一瞬だけ青く光り、すぐに元の透明へ戻った。
「問題ないな。銀貨二枚、二千リラだ」
入場税を払い、俺は街の中へ足を踏み入れた。
ラードの街は活気に満ちていた。石造りの建物が並び、せいぜい三階建て。どこか中世ヨーロッパを思わせる景観だ。
門から数分歩いた先、盾と剣の紋章が掲げられた建物に入る。
冒険者ギルドだった。
「買取と、こいつの登録を頼む」
バレンが素材をカウンターに置き、俺を指す。
「はい。登録される方、文字は書けますか?」
受付嬢に紙とペンを渡される。
紙を見ると、問題なく読めた。書くのも問題ない。祖父の記憶の影響だろう。
「あ、はい。書けます」
言われた通り、分かる範囲で記入していく。
名前はユキ。年齢は二十三。出身地は空欄。
武器はなし。魔法は風と水。
全属性を隠すためだ。ミーナに強く釘を刺されている。
書き終えて渡すと、受付嬢が軽く目を通した。
「ユキさんですね。風と水魔法で戦う、という認識でよろしいですか?」
「はい。武器は扱えないので」
「分かりました。ではカードを作成しますので、その間に説明を」
冒険者ランクはFからSSまで。基本はFスタート。
依頼は掲示板から選び、失敗すれば違約金。五回失敗で永久追放。
思った以上にシビアだ。
さらにギルドカードには血を登録するらしい。各地のギルドと情報共有される仕組みで、偽名も意味をなさない。
逃げ道はない、ということだ。
「お待たせしました。こちらに血を一滴お願いします」
カードに指先の血を垂らす。すると血は吸い込まれ、跡形もなく消えた。
「これで登録完了です」
カードを受け取り、俺は依頼ボード前にいる『鉄の斧』の元へ向かう。
「終わったか。じゃあ宿に行くぞ。数日は面倒見てやる」
「いいのか?」
「新人が野垂れ死にされても困るからな」
言い方は雑だが、ありがたい。
こうして俺の異世界生活は本格的に始まった。
それから三ヶ月。
俺は『鉄の斧』に世話になりながら、この世界で生きる術を学んだ。
そして拠点として選んだのは、最初に来た森の奥だ。
人の来ない場所にログハウスを設置し、創造神の許可を得て結界を張る。半径一キロの安全圏。
そこで薬草を栽培し、錬金術でポーションを作る。
これが想像以上に安定した収入になった。
ギルドへの納品依頼もこなせるし、危険も少ない。
問題は――日本との生活だ。
俺はまだ会社に所属している。
だから平日は日本、休日は異世界という生活を選んだ。
週五日は日本で働き、休みの日にこちらへ来る。
どちらを選ぶにしても、後悔しないように。
そのための三年だ。
最初は戸惑いも多かったが、今は違う。
少なくとも、居場所はある。
『鉄の斧』と出会わなければ、きっと俺はこの世界に馴染めなかっただろう。
そう考えると、運が良かったのかもしれない。
この世界でも、日本でも。
まだ俺は、どちらも手放すつもりはない。
だから今日もまた、扉をくぐる。
二つの世界を行き来しながら、自分の生き方を探すために。




