王都へ出発、託された荷物
王都へ向かう当日。
まだ空が白み始めたばかりの時間に、俺は目を覚ました。静かな朝だ。森の中は風の音と鳥の鳴き声くらいしか聞こえない。
軽く伸びをしてから身支度を整え、偽装用のリュックを背負う。見た目は普通の旅人の荷物だが、本当に大事なものは全部別に保管してある。こういう世界では、用心しても損はない。
「さて……行くか」
ログハウスの扉を開けて外に出た瞬間――
「……おはよう」
そこには『鉄の斧』のメンバーが揃っていた。
「おはよう。……どうしたんだ?こんな朝早くに」
全員がいるということは、ただの見送りではないな。
「王都に行くって手紙が飛んできてな」
バレンがそう言いながら、こちらに一つの荷物を差し出してきた。
「道中にルーシャって街がある。その街に住んでる鍛冶師に、これを届けてほしい」
受け取った瞬間、ずしりとした重みが腕にかかる。
……重いな。
見た目よりも明らかに重量がある。中身はおそらく――鉱石か何かだろう。鍛冶師に届ける荷物としては、それが一番しっくりくる。
「ルーシャの鍛冶師……名前は?」
「フィリオ。工房街にいる。ルーシャじゃ知らねぇ奴はいねぇってくらい有名だ」
「距離はどれくらい?」
「ここから徒歩で二日ってとこだな」
王都までの道中にあるなら、ついでに寄るにはちょうどいい。
「分かった。届けてくるよ」
俺は荷物をリュックに収めながら続ける。
「日が落ちる頃には戻るつもりだけど、何か伝言は?」
「いらねぇ。その荷物を見りゃ分かるはずだ」
……相変わらず説明が雑だな。
まあ、信用されてるってことにしておくか。
「了解。じゃあ、行ってくる」
軽く手を振り、俺は森を後にした。
――この時の俺はまだ、この荷物がどれだけの意味を持つのか、理解していなかった。
⸻
――バレン視点――
まさか、大賢者の孫が現れるとはな。
あいつが現れた時のことを思い出すと、今でも少し笑える。
俺たち『監視者』は、地上に降りてくる神々を監視する存在だ。
天界では末端扱いだが、地上では違う。
創造神様、魔法神様、武神様――その次に位置するのが俺たちだ。権限もそれなりに与えられている。
神々は地上に降りるとき、その力の大半を封じられる。
だが、それでも人間より遥かに強い。
そして、たまにいる。
「自分が特別だ」と勘違いする神が。
そういう連中を処理するために、俺たちは存在している。
あの日、創造神様から「異物が入った」と報告を受けて森に入った俺たちは、フォレストウルフの群れに囲まれていたあいつを見つけた。
普通なら助からない状況だ。
だがあいつは、妙に落ち着いていた。
話を聞くために人目につかない場所へ連れて行くと――
あいつは、何もない空間から家を出した。
あの時点で確信した。
普通じゃない。
そして語られた内容。
大賢者が残した扉。
異世界からの来訪者。
本来なら排除対象だ。
だが創造神様は、あいつに三年の猶予を与えた。
どちらの世界で生きるか、自分で選べと。
そしてその監視役に選ばれたのが、俺たちだ。
……正直、面倒だ。
だが命令は命令だ。
仕方なく街まで連れていき、冒険者登録をさせ、生きる術を教えた。
普通なら街を拠点にする。
だがあいつは違った。
森の奥に家を出し、結界を張り、そこで生活を始めた。
理由を聞けば――
「宿代がもったいない」
……現実的すぎるだろ。
だが結果として、金は効率よく貯まっているし、誰にも干渉されにくい。
合理的ではある。
「行ったわね」
ナターシャが、あいつの去った方向を見ながら言う。
「気づくと思う?」
「どうだろうな」
俺は腕を組みながら答える。
「気づかなきゃ、それまでの奴だ」
今回あいつに渡した荷物。
中身はミスリル鉱石だ。
希少で、魔力伝導率が極めて高い。
扱える鍛冶師はほとんどいない。
そして届け先。
ルーシャの鍛冶師フィリオ。
「あの人、鍛冶神様だものね」
ナターシャがくすりと笑う。
そうだ。
あの鍛冶師は神だ。
創造神様が用意した試験。
あいつがどこまで見抜けるか。
そしてどう動くか。
「ルーカス」
「はいよー」
「お前が追え。何かあればすぐ報告しろ」
「了解っす」
軽い返事だが、腕は確かだ。
「俺たちは戻るぞ」
俺たちは森を出て、拠点の宿へ戻る。
外から見ればただの一軒家。
だが中は別物だ。
カウンターにいる女は人形だが、受け答えは完璧だ。
「今帰った。変わりは?」
「特にございません。お部屋に水晶と報告書を」
「分かった」
部屋に入り、水晶を手に取る。
これであいつの位置と状態は把握できる。
しばらくは依頼も受けない。
鍛冶神様と接触するまでは、目を離すわけにはいかない。
「さて……」
あいつはどこで気づく。
荷物の重さか。
鉱石の質か。
それとも――
鍛冶神様本人か。
どれにせよ。
ここからが分岐点だ。
あいつが選ぶ未来。
それを見届けるのが、俺たちの役目だ。
俺は水晶に映るその姿を見つめながら、静かに息を吐いた。




