選択の猶予
「監視者?」
思わず聞き返すと、バレンは腕を組んだまま頷いた。
「ああ。神々もな、休暇と称してこの世界に降りてくることがある」
「休暇……?」
スケールが違いすぎる話に、思考が一瞬止まる。
「ただし、地上では神の力の使用は禁止されている。人として生活する分には問題ねえがな」
なるほど、制限付きの現世干渉か。
だがバレンは続ける。
「……とはいえ、ごく稀にその掟を破る神もいる。そういう連中を見張って、報告するのが俺たちの役目だ」
「報告先は……」
「創造神様だ。方法は教えられねえがな」
まあ、そこは当然か。
神の監視役。聞くだけなら単純だが、関わりたくはない仕事だというのが率直な感想だ。
「加護を与えた神々は、基本的に地上には降りてこない。降りてくるのは、掟を破った神に罰を与える時だけだ」
なるほど、秩序は保たれているらしい。
そして――話は祖父へと移る。
「大賢者は、世界を越えるものを作った」
バレンの言葉に、俺は息を呑む。
「神でもなければ、加護持ちでもない。ただの人間だ。だが魔法の腕は、当時も今も、あいつを超える者はいねえだろうな」
少しだけ誇らしい気持ちになる。
同時に、その先の言葉に備える。
「だが、そんなものを見過ごすわけにもいかねえ。俺たちは創造神様に報告した」
当然の流れだ。
「創造神様は、無数にある世界のバランスが崩れる可能性を考えた。そして――大賢者を、魔法の存在しない世界へと送った。二度と戻れないようにな」
……やっぱり、そうなるか。
「ただし、完全に切り捨てたわけじゃねえ。荷物の整理や別れの時間は与えられた。その間に、あいつはこのログハウスや本に細工を施したんだろうな」
バレンの視線が、室内を一巡する。
「で、お前はその扉を見つけて開けちまった、ってわけだ」
「……そうなりますね」
俺は小さく息を吐いた。
ここまで聞けば、状況は理解できる。
そして同時に――
「契約、しない方が良さそうですね」
俺は苦笑する。
「その大賢者と呼ばれた人……俺の祖父です」
彼らに会うまでの経緯を、簡潔に説明した。
静かに聞いていたバレンが、最後に頷く。
「なるほどな。とりあえず創造神様に報告する。お前の処遇は、それ次第だ」
ナターシャが立ち上がり、扉に手をかける。
その瞬間――
外から、圧倒的な“気配”が流れ込んできた。
「……っ!」
本能が警鐘を鳴らす。
「ナターシャさん、外に出ない方がいい。敵意はない……けど、普通じゃない」
俺の言葉とほぼ同時に、扉が開いた。
入ってきたのは、一人の青年。
だが――
(……違う)
空気そのものが変わる。
そして何より。
『鉄の斧』の全員が、即座に膝をつき、最上位の礼を取った。
それだけで分かる。
この男は――
「何か異物が入り込んだと思い、この者たちを遣わせたが……なるほど」
青年は、興味深そうに俺を見た。
「あやつの孫か」
その視線だけで、身体が軋む。
「その扉……一度だけ繋がる仕掛けか。しかも神である私ですら気づかぬ細工とはな。面白い」
――確信する。
「……あなたが、創造神ですか」
声を出すだけで、意識が揺れる。
圧が強すぎる。
「発言を許した覚えはないが……」
青年――創造神は、わずかに目を細めた。
「この神圧の中で意識を保つとは。人としては見どころがあるな。流石、大賢者の血と言うべきか」
そう言って、ふっと力を抜く。
空気が軽くなった。
だが、油断できる相手ではない。
「話は聞かせてもらった」
創造神は淡々と続ける。
「まず結論から言おう。そなたの処遇だが――時間をやる」
「時間……ですか」
「ああ。大賢者にも同じように猶予を与えた。どちらの世界で生きるかをな」
祖父の顔が脳裏に浮かぶ。
「やつは、向こうの世界で愛する者と出会った。それが理由で、あちらを選んだ」
……祖母だろう。
あの人のことを、祖父は最期まで大切にしていた。
「二度と戻れぬと知りながら、か」
「そうだ」
静かな肯定。
俺は一度、深く息を吸った。
「……もし、俺がこちらで生きることを選んだ場合」
視線をまっすぐ向ける。
「祖父が残したもの――この家も含めて、取り上げないと約束してもらえますか」
わずかな沈黙。
「よかろう」
あっさりとした承諾。
「ただし、条件がある。向こうの世界を選んだ場合、あやつが残したものは全て抹消する」
「……構いません」
それで筋は通る。
「期限は三年。その間は扉の使用を認めよう。自由に行き来できる」
三年。
長いようで、短い。
「そして、こちらを選んだ場合――」
創造神は、わずかに口角を上げた。
「この森の管理者となれ。未来永劫な」
「……管理者?」
「この森は、そなたの認識で言えばダンジョンだ。必ず管理者が一人必要だが、今は空席でな」
数ヶ月前に問題を起こし、解任されたらしい。
詳細は聞かない方がいい。
「管理者は、この世界が終わるその時まで生き続ける。問題を起こさぬ限りな」
……重い。
想像以上に重い条件だ。
「管理者になった場合、森の外には出られますか?」
「自由だ。制限は設けん」
それなら――選択肢としては成立する。
「分かりました。三年、考えさせてください」
そう答えると、創造神は満足げに頷いた。
「よかろう」
そして、続ける。
「正式な住人ではない以上、監視は必要だ。こやつらをそのまま付ける」
『鉄の斧』に視線が向く。
「拠点の街を離れる際は必ず報告しろ。怠れば、こちらに住む意思なしと判断する」
「了解しました」
短く答える。
それを聞いた瞬間――
創造神の姿は、音もなく消えた。
静寂が戻る。
だが、さっきまでとはまるで違う。
(……三年、か)




