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扉の向こうは異世界でした〜平日は会社員、土日祝は異世界で冒険者(三年限定)〜  作者: みのり


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二つの世界の狭間で

 週の真ん中、水曜日。


 いつも通り仕事をしていると、上司に呼び出された。


 正直、全く心当たりがない。ミスはしていないはずだし、遅刻もしていない。強いて言えば――


(最近ちょっと集中できてないくらいか……)


 それくらいしか思い当たらないまま、席を立つ。


「失礼します」


 上司のデスクの前に立つと、彼は少しだけ柔らかい表情でこちらを見た。


「なあ、最近少し上の空になってることないか?」


 やっぱりそこか。


「仕事で大きなミスはしてないけどな。気になってさ。俺でよければ話聞くぞ?」


 この人は本当に面倒見がいい。部署内でも人気がある理由がよく分かる。


 ……だからこそ、余計にやりにくい。


「いえ……その……」


 言葉が詰まる。


 異世界での生活とかそんな話、できるわけがない。


「話しにくいことか?」


 上司は無理に踏み込んではこない。ただ、逃げ道を用意するように言葉を続ける。


「お前、前に言ってたよな。頼れる身内がもういないって」


「あ、はい」


 自然と頷いていた。


「両親は幼い頃に亡くなって、祖父も大学卒業後くらいに……。親戚も、いるとは思うんですけど会ったことがなくて」


 正確には、祖父は「この世界の人間じゃなかった」からいないんだけど――そこは言えない。


「そっか……」


 上司は一瞬だけ考えるような顔をしたあと、軽く息を吐いた。


「じゃあ頼れるのは友達か。まあ、俺に話しにくいなら無理に聞かない。でも愚痴くらいならいつでも聞くぞ。仕事でもプライベートでもな」


 ……ほんと、いい人だよな。


「ありがとうございます。気持ちの整理をしたいので……そのうち聞いてもらってもいいですか?」


「ああ、もちろんだ。溜め込みすぎるなよ」


 それだけ言って、話は終わった。


 自席に戻りながら、小さく息を吐く。


(気づかれてたか……)


 表面上はいつも通りにしていたつもりだったけど、やっぱり無理が出ていたらしい。


 原因は分かっている。


 奏太と琴音が「向こうの世界」を選んだこと。


 そして――


 自分はどうするのか、まだ決めきれていないこと。


 仕事は問題なくこなせている。でも、意識のどこかは常に別の場所にある。


 このままギリギリまで悩み続けていいのか。


 それとも、どこかで区切りをつけるべきなのか。


 答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。


 そして――金曜日の夜。


 俺はログハウスへと戻ってきた。


「ただいま」


 扉を開けると、見慣れた光景が広がる。


「五日ぶり。変わったことはないか?」


「特にないよ」


 奏太がソファに寝転びながら答える。


「俺も琴音も、やりたいことができて楽しいくらいだな。それに――」


 少しだけ視線を上げる。


「おじいちゃんとおばあちゃんもいるし。話聞いてもらえるしな」


「ああ……」


 それを聞いて、少しだけ胸の力が抜けた。


「そっか。楽しいなら、それが一番だな」


「なんか元気ないな。どうした?」


 鋭いな。


 まあ、こいつには隠しても無駄か。


「明確な答えが欲しいわけじゃないんだけどさ……独り言だと思って聞いてくれるか?」


「おう」


 俺は、日本での出来事を話した。


 上司に声をかけられたこと。


 最近上の空になっていると言われたこと。


 そして――


 日本とこの世界、どちらを選ぶか迷っていること。


 期限ギリギリまで悩み続けていいのか、自分でも分からないこと。


 話し終えると、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。


「なるほどなぁ」


 奏太がぽりぽりと頭をかく。


「でもさ、職場にそうやって気にかけてくれる人がいるのは良かったじゃん」


「まあな」


「正直、ブラック企業みたいなとこだったらさ、俺なら即『こっち来い』って言ってるわ」


「言い方」


 思わず苦笑する。


 でも、言いたいことは分かる。


「私たちも、結構悩んだよ?」


 琴音が静かに口を開く。


「毎晩、遅くまで話し合ってたし」


「……そうだったのか」


「うん。だって日本ってすごく便利だもん。安全だし、普通に暮らしてたら命の危険なんてほぼないし」


 確かに、それは間違いない。


「でもさ」


 奏太が身体を起こす。


「それでも俺たちはこっちを選んだ」


 少しだけ、遠くを見るような目をしていた。


「最初はただの興味だったんだよ。異世界とか、普通にワクワクするじゃん?」


「まあ、それは分かる」


「でさ、裕季の様子が変だったから家に行ったんだよな」


「あー……あの時か」


 思い出す。


 いきなり押しかけてきたんだよな、こいつら。


「土日になるといないし、ご近所さんも見かけてないって言うし。そりゃ気になるだろ」


「結果、バレたわけだ」


「いや、あれはバレるって」


 奏太は苦笑する。


「で、異世界の話聞いて……実際に来てみたらさ」


 少しだけ声のトーンが上がる。


「全部が新鮮だったんだよ」


「ああ……」


 その感覚は、俺も最初に感じた。


「田舎から都会に出てきた人がキョロキョロする気持ち、あれ分かった気がしたわ」


「例えが微妙にリアルだな」


「実際そうだったしな」


 くくっと笑う。


「それでさ、王都に行く途中だっただろ?」


「依頼の配達ついでにな」


「あの時、魔物に襲われてる馬車に遭遇してさ」


「……あったな」


「正直、俺どうすればいいか分からなくてさ。戦う経験なんてないし」


「まあ普通そうだろ」


「だから裕季に任せたんだけど――」


 ちらっとこちらを見る。


「お前、普通に魔法で全部片付けたよな」


「まあ……」


「いや、あれ普通じゃないからな?」


「数ヶ月であそこまでなるのはどうかと思うわ」


 琴音も頷く。


「自覚はある」


 ちょっとだけな。


「でさ、そのあと戻ってきた馬車から出てきたのが――」


 奏太がにやっと笑う。


「どう見てもお姫様だったわけだ」


「……」


「で、お前が固まって慌てて頭下げてるの見てさ」


 肩を震わせながら言う。


「『あー、これ面倒なことになるやつだ』って思った」


「言い方」


 思わずツッコむが、否定はできない。


 実際、その通りだったしな。


「でもさ」


 奏太は少しだけ真面目な顔に戻る。


「そういう“普通じゃないこと”が、当たり前に起こるのがこっちの世界なんだよな」


「……ああ」


「危険もある。でも、その分――」


 言葉を選ぶように一拍置く。


「自分で選んで進んでるって実感がある」


 静かな言葉だった。


「だから、俺たちはこっちを選んだ」


 琴音も小さく頷く。


「どっちが正しいかじゃなくて、自分たちが納得できるかどうかだと思う」


 その言葉は、思っていたよりも重く胸に残った。


「……そっか」


 短くそう答える。


 まだ、答えは出ない。


 でも――


 少なくとも、考える材料は少し増えた気がした。


「ありがとな」


 そう言うと、奏太は軽く手を振った。


「気にすんな。どうせまた悩むんだろ?」


「否定できないな」


「じゃあその時また話せばいい」


 あっけらかんとした言い方だった。


 ……ほんと、こいつはこういうところ変わらないな。


 少しだけ肩の力が抜けた気がした。

読んでいただきありがとうございます!

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