森野境界と、その主
ラスターネの街まで、あと三日。
ここまで来る道中は、拍子抜けするくらい何もなかった。魔物に襲われることもなく、盗賊に絡まれることもなく、ただひたすら順調に進んできた。
……いや、順調すぎて逆に怖いな。
「今日はこの辺で戻るか。続きは来週だな」
俺は軽く伸びをしながら言う。
「来週は日本だと三連休だし、何も起きなければそのままラスターネまで着けるはずだ」
「それ、絶対フラグだから言わないでほしいんだけど……」
奏太がげんなりした顔でツッコんできた。
「確かに。国境越えの時も似たようなこと言ってたよね?」
琴音も苦笑いだ。
……言われてみればそうだな。
「まあ、起きたらその時はその時だ。なんとかなる精神でいこう」
「その精神が一番不安なんだよなぁ……」
そんな軽口を叩きながら、俺たちは街道を外れて人目のつかない場所を探す。
ログハウスへ戻るためには転移魔法を使う必要があるが、さすがに往来で堂々と使うわけにもいかない。
しばらく歩いていると、見覚えのある雰囲気の森が目に入った。
「……なんか、この森」
「ログハウスのある森に似てるな」
奏太の言葉に頷く。
木々の密度、空気の重さ、漂う魔力の感じ。どれもどこか似ている。
「ここならよさそうだな。少し入ってから――」
そう言いかけて、俺は足を止めた。
森の入口に、人影がある。
「あれ?」
目を凝らすと、それは見知った顔だった。
「バレンたちじゃないか。久しぶりだな」
『鉄の斧』のメンバーが、まるで待ち構えていたかのように立っている。
「こんなところで何してるんだ?仕事か?」
「まあ、仕事と言えばそうだな」
バレンは腕を組んだまま、こちらを見る。
「お前たちを待っていた」
「……俺たちを?」
なんでまた。
首を傾げると、バレンは少しだけ視線を森へ向けた。
「この森な。お前たちが使ってる森と同じ種類だ」
「同じ種類?」
「そうだ。ただし――こっちは管理者がいる」
なるほど、そういうことか。
「で、お前たち。ここで転移魔法使おうとしてただろ?」
「……ああ」
図星だ。
「やっぱりか」
バレンはため息をつく。
「管理者がいる森に、許可なしで踏み込んで転移なんてやったら、下手すりゃ森のバランスが崩れるぞ」
「バランスって、そんなに影響あるのか?」
「ある。特にユキ、お前な」
名指しされた。
「お前はまだ完全にこっちの人間じゃない。だが、こちらの世界を選べばあの森の管理者になる立場だ。そういう存在が別の管理者の領域に無断で干渉すると、余計に影響が出る」
……それは確かにまずいな。
「悪い、そこまで考えてなかった」
「だろうな。だから止めに来た」
バレンは肩をすくめる。
「少し待ってろ。管理者を呼ぶ」
そう言うと、ミーナが一歩前に出た。
少し離れた場所に立ち、小さく何かを唱え始める。
……けど、聞こえない。
声が小さいのもあるが、そもそも普通の言語じゃない気がする。魔法というより、もっと別の何か。
数分後。
ふっと、空気が変わった。
さっきまでと同じ場所のはずなのに、空気が澄みきったような感覚になる。
そして――
「久しいな、バレン。何用だ?」
いつの間にか、少年が一人立っていた。
十代前半くらいの見た目。けど、その声には妙な重みがある。
ただの子どもじゃないのは一目で分かった。
「お久しぶりです、ルシュファ様」
バレンが頭を下げる。
「本日は、この者たちが森へ入る許可をいただきたく」
「ほう」
ルシュファと呼ばれた少年は、ゆっくりと俺たちを見る。
その瞬間――
ぞわり、と背筋が粟立った。
何かを覗かれている感覚。
内側まで見透かされるような、不快というより本能的な警戒が働く感覚だ。
横を見ると、奏太と琴音も同じような顔をしている。
ララとナタリーは……特に反応なし。
慣れてるのか、単に格が違うのか。
「……なるほど」
しばらくして、ルシュファが小さく頷いた。
「管理者不在の森の候補者、か。創造神が認めているなら問題ない」
あっさりだな。
「森に入るのは構わん。ただし――」
視線が少し鋭くなる。
「この森のものを勝手に持ち出すなよ」
「もちろんです」
即答する。
そのくらいのルールなら当然守る。
すると、ルシュファは少しだけ表情を緩めた。
「それと――お前」
今度は俺に視線が向く。
「前の管理者の孫だろ?」
「……まあ、そうらしい」
正直、まだ実感は薄いけどな。
「聞きたいことがある。時間がある時に来い」
来い、か。
断る選択肢はなさそうだな。
「五日後なら時間ありますけど、それでいいですか?」
「構わん」
ルシュファは懐から小さな鈴を取り出し、こちらへ差し出した。
金色に光る、やけに綺麗な鈴だ。
「森の入口でこれを鳴らせ。俺と契約している神獣――フェンリルが迎えに行く」
神獣フェンリル…か。
「分かりました」
受け取りながら頷く。
「では、五日後に」
「ああ」
ルシュファは短く返事をすると、くるりと背を向けた。
そのまま、森の奥へと歩いていき――
気づけば、姿は消えていた。
「……なんか、すごいの出てきたな」
思わず本音が漏れる。
「森の管理者だからな」
バレンが苦笑する。
「許可も出たし、もう使っていいぞ」
「ああ、助かった」
軽く礼を言う。
「じゃあまたな。どうせ近いうちにまた会うだろ」
「だろうな」
バレンたちに手を振り、俺たちは森の中へ入る。
少し奥まで進んでから、周囲を確認する。
「よし、この辺でいいか」
転移魔法を展開。
まずはララとナタリーを王城へ送り届ける。
「ではまた来週ですわね」
「気をつけてな」
二人を見送り、続いて俺たち三人はログハウスへ。
見慣れた景色に戻ると、なんだか一気に気が抜ける。
「はぁ……落ち着くな」
「分かる」
奏太も同じことを思っていたらしい。
しばらくのんびりした後、ふと気になっていたことを聞く。
「そういえばさ。俺がいない五日間、お前ら何してるんだ?」
こっちの世界に残ると決めた二人は、日本では「存在しないこと」になっている。
試しに家族に聞いた時は、普通に「そんな子いない」と言われたからな……あれはちょっと怖かった。
「俺はフィリオさんに色々教わってる」
「私はナタリーさんに剣を教わってるわ。もともと剣道やってたし、じっとしてるのも退屈だったから」
なるほど。
「でも距離あるだろ?どうやって行ってるんだ?」
「それがさ――」
奏太が苦笑いする。
「フィリオさんが転移で連れてってくれる」
「あー……」
そりゃ便利だな。
「最初は断ったんだけど、『時間余らせてるなら使えるもの使え』って言われてさ」
「まあ、あの人らしいな」
思わず笑う。
二人とも、なんだかんだで楽しそうだ。
「そっか。ならいいか」
納得してるなら、それが一番だ。
その後は、日本の地元の話なんかを少しして――
俺は自分の部屋に戻る。
ベッドに倒れ込みながら、小さく息を吐く。
「……なんか、毎回濃いな」
でも、不思議と嫌じゃない。
むしろ――
少しずつ、この生活が当たり前になってきている気がする。
そんなことを考えながら、俺は日本へと戻り、そのまま眠りについた。
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