本物と偽物の境界線
俺たちはシュバルツ公爵家の執事に案内され、そのまま馬車の前までやってきた。
近くで見ると、やっぱり立派だな。装飾は派手すぎず、それでいて上品。いかにも「いいとこの馬車」って感じだ。
「お嬢様。少しよろしいでしょうか? 確認していただきたいことがございます」
執事が外から声をかけると、すぐに返事があった。まだ幼さの残る、柔らかい声だ。
「確認してほしいこと? 私にわかることかしら?」
「はい。Cランク冒険者の方が、国王陛下からメダルを賜ったとのことで。しかし門番が、平民が持っているはずがないと疑っておりまして。お嬢様でしたら判別できるかと」
少しの間があってから、短く答えが返ってくる。
「そう。見せてちょうだい」
「では門番の方、そのメダルを」
「は、はい……こちらです」
門番が差し出したメダルを見た瞬間、違和感に気づいた。
――小さい。
一回り、いやそれ以上にサイズが違う。あれは間違いなく俺たちのメダルじゃない。
「ちょっと待ってくれ」
すぐに声をかける。
「それ、俺たちが渡したメダルじゃない。大きさが違う」
空気が一瞬で張り詰めた。
執事がゆっくりと門番へ視線を向ける。
「門番の方。こちらの冒険者の方が持っていたメダルですよね? 本当に、それで間違いありませんか?」
「も、もちろんです! これが預かったものです!」
即答。しかもやや早口。
……ああ、完全に黒だなこれ。
本当は、ここで素直に認めるなら大事にはしないつもりだった。ちょっとした脅しで終わらせる予定だったんだけど――
ここまでやるなら、もう仕方ない。
俺はララに視線を送る。ララも小さく頷いた。
よし、方針決定。
「シュバルツ公爵令嬢様」
馬車の中へ声をかける。
「失礼を承知でお願いがあります。あなた様は王族に次ぐ高貴な血筋の方。であれば、第二王女ララティア殿下をご存知のはず」
中で小さく息を呑む気配がした。
「訳あって、そのララティア王女殿下もこの場におられます。どうかご本人かどうか、その目で確かめていただきたい」
「……ララティア様?」
すぐに馬車の扉が開いた。
中から現れたのは、上品な雰囲気を纏った少女。年はララと同じくらいか、少し下くらいだろうか。
その少女――リリーヌ嬢は、ララの姿を見た瞬間、はっきりと驚きの表情を浮かべた。
けれど、それも一瞬。
すぐに表情を整え、優雅にカーテシーをする。
「ララティア様。お久しぶりでございます」
「リリーヌ様もお変わりなく」
ララも自然な所作で応じる。こういうとこ、本当に様になってるよな……。
「それで……どうしてこのような場所に?」
「少し、個人的な理由で旅をしておりますの。今回はラスターネへ向かう途中でして」
「そうでしたのね……」
リリーヌ嬢は一度だけ微笑むと、こちらへ視線を向けた。
「では、そのメダルの件は事実ということですね」
「ええ。私もその場におりましたから。本物で間違いありませんわ」
断言。
その一言で、状況は完全に決まった。
ちらりと門番を見ると、顔色が青を通り越して白くなっている。今にも倒れそうだ。
「では――」
リリーヌ嬢が、門番の手にあるメダルへ視線を落とす。
「そちらのメダルは、本物でしょうか? 私には偽物に見えますが」
「偽物ですわね」
ララがあっさり言い切る。
そして、さらっととんでもないことを付け加えた。
「それと、あのメダルは持ち主固定ですの。一定時間離れると、持ち主の元へ戻るようにしてありますわ。そろそろ――」
その瞬間。
門番の懐から、ふわりと光が漏れた。
次の瞬間には、メダルが宙を飛び、俺の手の中へ収まる。
……うん、派手だなこれ。
「今、彼が持っているのが本物ですわ」
ララが静かに言う。
そして、そのまま門番へ視線を向けた。
「さて。説明していただけますわよね?」
声音は穏やかだが、内容は物騒だ。
「場合によっては、死刑もあり得ますわ」
「ひっ……!」
門番の喉がひくりと鳴る。
もう逃げ場がないと理解したのか、観念したように口を開いた。
ぽつり、ぽつりと語られる内容は――
正直、つまらないものだった。
長年この場所で働いてきたこと。冒険者や商人が自由に各地を回っているのが羨ましかったこと。低ランクの俺たちが高位の証であるメダルを持っているのが気に入らなかったこと。
そして――自分の方が相応しいと思ったこと。
……どれもこれも、よくある話だ。
「くだらないな」
思わず口に出た。
「俺たちはな、地道に依頼をこなしてここまで来たんだ。商人だって同じだ。羨ましいなら、自分でやればよかっただろ」
門番がぎろりと睨んでくる。
「養う家族がいないお前に、何が分かる!」
ああ、そう来るか。
「分からないな」
即答する。
「でも、家族がいても冒険者やってる奴は何人も知ってる。危険なのは承知の上で、それでも自分に合ってるって言ってたぞ」
一歩、間を置く。
「……お前、自分の家族に言ったことあるのか? 本当は別のことがしたいって」
「それは……」
言葉に詰まる。
「ないなら、その程度の覚悟だったってことだろ」
少しだけ冷たく言い切る。
別に綺麗事を言うつもりはない。ただ、こいつは「やらなかった理由」を並べてるだけだ。
その時点で、もう答えは出てる。
「今、近衛騎士に連絡しました」
横からララが淡々と言う。
「言い訳はそちらでどうぞ。それと――門番の給金は決して低くありません。家族四人が生活し、多少の贅沢もできる程度には支払われています」
……やっぱりそうなんだな。
じゃあ本当に、ただの不満と欲か。
数分後。
空間が歪み、光が走る。
転移魔法だ。
現れたのは、いかにも精鋭って感じの騎士たちだった。
状況説明は一瞬で済み、門番は抵抗する間もなく拘束される。
「は、離せ……! 俺は……!」
最後まで何か言っていたが、聞く価値はなかった。
そのまま連行されていく。
静かになったその場で、俺は小さく息を吐いた。
「……なんというか、後味悪いな」
「そうですわね」
ララが頷く。
「ですが、ああいう方は一人ではないでしょう。調べれば他にも出てくると思いますわ」
「あー……それはありそうだな」
むしろ、あれだけ堂々とやってたんだ。他にもいると考える方が自然だ。
とはいえ、それはもう俺たちの仕事じゃない。
「とりあえず――」
俺は手の中のメダルを軽く持ち上げる。
「ちゃんと使えてよかったな、これ」
ララがくすっと笑った。
「ええ。本来の使い方ではありませんけれど」
「まあ結果オーライってことで」
少しだけ空気が軽くなる。
……よし。
面倒ごとは片付いたし、あとは国境を越えるだけだな。
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