決めた覚悟と、まだ迷う心
金曜日の夜。
異世界へ行く前に――と、珍しく真面目な顔をした奏太と琴音が、仕事終わりに家へやってきた。
「話したいことって何?」
軽いノリで聞いた俺に対して、二人は一瞬だけ顔を見合わせる。
あ、これ軽い話じゃないやつだ。
「実はさ」
奏太が口を開く。
「俺たち……向こうでの生活、そんなに長くないけどさ。このまま、向こうで生活しようかなって思ってる」
「……は?」
思考が一瞬止まった。
いや、待て。
早くないか?
「でもさ」
琴音が続ける。
「向こうで生活するってなると、親には言わないと駄目でしょ?」
「どう説明すればいいのか分からなくて……」
ああ、そっちか。
……いや、それも大問題だけど。
「いやいやいや」
思わず手を振る。
「決断早くないか?まだ期間あるぞ?」
「分かってるよ」
奏太は苦笑する。
「……いいのか?」
少しだけ真面目に聞く。
「向こうを選べば、二度とこっちには戻れない」
「もちろん」
即答だった。
「決まってなきゃ、こんな話に来ないよ」
琴音も頷く。
「私も同じ。中途半端な気持ちじゃない」
二人の目は、迷いがなかった。
……すげえな。
「そっか……」
小さく息を吐く。
「じゃあ問題は――親への説明、か」
「そう」
「だから相談しに来た」
「おじいちゃんたちにも聞いた方がいいと思ってさ」
「だな」
俺も頷く。
この手の話は、あの二人の方が詳しい。
◇
扉を開け、ログハウスへ。
テラスを見ると。
「お、いたいた」
じいちゃんとばあちゃんが、並んで座って星を眺めていた。
ほんと仲いいなこの二人。
「じいちゃん、ばあちゃん」
声をかけると、二人はゆっくり振り向いた。
「おや、早いな。明日の朝に来る予定じゃなかったか?」
「ちょっと相談があってさ」
そう言って、事情を説明する。
奏太と琴音がこちらを選んだこと。
親への説明に困っていること。
そして――
俺自身も、こっちに気持ちは傾いているけど、まだ決めきれていないこと。
話し終えると、じいちゃんは「ふむ」と一度頷いた。
「そうか」
「二人は、こちらに残るのだな?」
「はい」
奏太が真っ直ぐ答える。
「短い時間ですけど、こっちの生活……合ってるみたいで」
少し照れたように笑う。
そして、少しだけ真剣な顔になる。
「俺さ、日本だと正直……平凡でさ。努力しても、そこそこ止まりというか。でもこっちなら」
拳を軽く握る。
「フィリオさんに物造りやってみないかって言われた時、素直にやりたいって思ったんだ。加護があるとか関係なく、努力したら何かすごいもの作れるんじゃないかって。……なんかさ、初めてちゃんと“やりたい”って思えたんだよ」
「私は奏太と一緒にいたい。たぶん、奏太いない世界じゃ生きている意味がない」
ストレートだな。
でも、それだけ本気ってことか。
「……そっか」
俺は苦笑する。
「二人とも、決まってるんだな」
「うん」
「おう」
迷いなし。
対して――
俺は。
「……まだ、決まらないな」
ぽつりと呟く。
◇
「ふむ」
じいちゃんが腕を組む。
「ならば、呼ぶかの」
「え?」
次の瞬間。
じいちゃんが軽く指笛を鳴らした。その瞬間。
「何用だ?」
目の前に、いつものように創造神が現れた。
「奏太くんと琴音ちゃんがな、こちらに残りたいらしい。裕季はまだ迷っとるが。それで、親への説明をどうするかと思ってな」
「ああ、そのことか」
創造神はあっさり頷く。
「こちらに残る場合、お前たちを知る全ての人間から、お前たちの記憶を消す。同時に、お前たちが使っていた物も消えるよう手配は済んでいる」
「……は?」
思わず声が出た。
「消える……って?」
「最初から存在しなかったことになる」
さらっと言うな。
「困る物があるなら、こちらに持って来い。ただし、この場所でしか使わないことが条件だ」
「俺たちの存在が……消えるんですか」
奏太が静かに聞く。
「ああ」
創造神は頷く。
「だからこその猶予期間だ。二つの世界に、同じ魂は存在できない。どちらかを選べば、もう一方は存在ごと消える」
静まり返る。
……そうか。
そういうことか。
記憶だけじゃない。
“いたこと”自体が消えるのか。
それは――
結構、きついな。
「それでも」
奏太が顔を上げる。
「俺は、こっちを選びます。日本にも大切なものはあるけど……。こっちでなら、やりたいことができる気がする」
迷いはない。
琴音も続く。
「私も残ります。奏太がいない世界は、嫌なので」
「……二人とも」
言葉が出ない。
すごいな、ほんと。
ここまできっぱり言えるの。
「ユキ、お前は?」
創造神がこちらを見る。
「……俺は」
言葉が詰まる。
「まだ……決められない、です」
正直に答える。
創造神は、ふっと笑った。
「似ておるな。やはり血は争えん」
「え?」
じいちゃんを見る。
「こやつもな、昔は散々悩んでおった。その結果、王族の記憶だけは消すな、と言ってな。自分の子か孫が、いずれここに来ると」
……マジか。
「だから管理者もすぐには決めず、空白にしておったのだ」
なるほどな……。
全部、繋がってたのか。
「まあよい」
創造神が肩をすくめる。
「時間はまだある」
「それまでに決めろ」
そして奏太たちを見る。
「お前たちはどうする?」
「ユキが決めるまで待つこともできるが」
「いえ」
奏太は首を振る。
「できれば、今すぐこちらで生活したいです。消えて困る物も、特にありません」
「私もです」
「そうか」
創造神は軽く頷く。
「では許可しよう」
「それと――」
少しだけ口元を緩める。
「スマホとやらは、こちらでも使えるようにしておく。ただし、地球の人間とのやり取りは不可。情報を見ることはできるようにしてある」
「……え?」
思わず声が揃った。
「いいんですか?」
「ああ」
「時には恋しくなるだろうからな」
……なんだかんだ優しいな、この人。
「フィリオには伝えておく。そのうち来るだろう。ユキ」
最後に俺を見る。
「お前は、期限まで悩め」
「……はい」
小さく頷いた。
◇
その後。
創造神はいつものように、すっと消えた。
残ったのは、静かな夜と――
それぞれの決意。
「……すごいな、お前ら」
思わず言う。
「いや、ユキもそのうち決めるだろ?」
奏太が笑う。
「ゆっくりでいいんじゃない?」
琴音も柔らかく言う。
「……だな」
苦笑する。
でも。
多分、迷ってる理由はもう分かってる。
どっちの世界がいいかじゃない。
――覚悟だ。
この森の管理者として生きる覚悟。
人とは違う時間を生きる覚悟。
そして――
ララと、いつか別れる覚悟。
そこが、踏み切れない。
「……難しいな」
ぽつりと呟く。
星空を見上げる。
答えはまだ出ない。
でも。
時間は、ちゃんと残されている。
だから――
もう少しだけ、悩もうと思った。
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