隣にいるための距離
――ララティア視点――
気を失い、静かに眠っているユキさんを見つめていると。
「……ふむ」
低く落ち着いた声と共に、フェンリル様が近づいてきました。
「そのままではよくないな」
そう言って、少し屈むようにして背を差し出します。
「ログハウスとやらまで運んでやる」
「ここにいては風邪を引く。人間は病に弱いのだろう?」
その言葉に、思わず苦笑してしまいそうになります。
確かに否定はできませんが……少し極端な気もします。
とはいえ、今はそれどころではありません。
「ソウタさん、ナタリー。お願いします」
「お、おう」
「かしこまりました」
私一人では持ち上げられませんから、二人に手伝っていただき、ユキさんをそっとフェンリル様の背へ。
「行くぞ。どちらだ?」
「こちらですわ」
来た道を戻る形で、ログハウスへと向かいます。
歩きながら、何度も振り返ってしまいました。
ユキさんが目を覚まさないかと。
けれど――
結局、ログハウスに着くまで目を覚ますことはありませんでした。
◇
「ほう……」
ログハウスに着くと。
ユキさんのお祖父様――大賢者様が、どこか懐かしそうに目を細めます。
「久しいな、フェンリル。私と契約しなかったお前が、裕季と契約するとはな」
「ふん」
フェンリル様は鼻を鳴らしました。
「お前と契約しなかったのは、ここを出ていくと分かっていたからだ」
「だが、あやつは違う。ここに残り続ける」
……その言葉に、胸が少しだけざわつきます。
大賢者様は苦笑を浮かべただけで、何も言わずユキさんを部屋へ運んでいきました。
しばらくして。
「お前は、行かなくていいのか?」
フェンリル様が、私に問いかけます。
「……私が行っても、何もできませんから」
そう答えると、じっと見つめられました。
「お前、あやつのことが好きなのだろう?」
「……はい」
隠すつもりもありません。
「ですが――」
小さく息を吐く。
「私の我儘で、ユキさんを縛るわけにはいきません」
彼には、選ぶ時間があります。
どちらの世界で生きるのか。
それを、自分で決めたいとおっしゃっていました。
ならば、私は――
待つべきなのです。
「人間とは本当に面倒だな」
フェンリル様が呆れたように言います。
「好いているのなら、我儘でも何でも言って引き止めればよい」
「……それで後悔されたら、意味がありません」
小さく微笑む。
「ですから、私は待ちます」
彼の答えを。
どちらを選ばれたとしても――受け止められるように。
◇
――裕季視点――
「……ん」
目を開ける。
見慣れた天井。
ここは……ログハウスか。
首だけ動かして周囲を見ると。
「裕季!」
琴音が一番に反応した。
その後ろに、じいちゃんとばあちゃん。
全員、なんかめちゃくちゃ心配そうな顔してるな。
「フェンリルと契約したと思ったら、いきなり倒れるんだもん!心配したんだからね!」
「ごめん、ごめん」
苦笑しながら身体を起こす。
「契約で魔力ごっそり持ってかれたっぽい」
「完全に魔力切れだな」
「どのくらい寝てた?」
「三時間くらいかな」
「え、そんなもん?」
思ったより短いな。
「普通、魔力切れなら二日は起きないっておじいちゃんが言ってたけど……」
琴音がじいちゃんの方を見る。
じいちゃんは腕を組みながら頷いた。
「普通はな」
「……規格外ってことか?」
「そういうことじゃろうな」
あんまり嬉しくない分類だな、それ。
「体は大丈夫?」
「んー……」
軽く肩を回してみる。
違和感は……ない。
「問題なさそう」
「よかった……」
琴音がほっと息をついた。
奏太も、じいちゃんもばあちゃんも、同じような顔をしている。
……悪いことしたな。
「心配かけてごめん」
そう言うと、みんな一斉に「ほんとだよ」みたいな顔をした。
いや、ほんとすみません。
「……あれ?」
ふと気づく。
「ララとナタリーは?」
「外だよ。フェンリルと一緒」
奏太が答えた。
「そっか」
じゃあ顔出しておくか。
◇
外に出ると。
ララとフェン――そして少し離れたところにナタリーが立っていた。
護衛、ちゃんとしてるな。
「ララ、ナタリー」
声をかける。
「心配したよな、ごめん――」
言い終わる前に。
「ユキさん!」
「うおっ!?」
ララが勢いよく飛びついてきた。
受け止めきれず、そのまま尻もちをつく。
「いてて……」
「す、すみません!」
ララが慌てて離れる。
「私としたことが……!」
「お怪我はありませんか!?痛みは!?」
「大丈夫大丈夫」
手を振る。
「ちょっとびっくりしただけ」
……元気そうで何よりだ。
「フェン、ここまで運んでくれたんだろ?」
「ありがとう」
「契約したからな」
フェンはあっさり言う。
「早々に死なれては困る。我は湖へ戻る。用があれば呼べ。呼び方は分かるな?」
「ああ、心の中で呼びかければいいんだろ?」
「うむ」
ララが一歩前に出る。
「フェン様、本日はありがとうございました」
「気にするな」
短く答え、フェンはゆっくりと森の奥へと去っていった。
◇
「で?」
フェンの背中を見送りながら聞く。
「何話してたんだ?」
「……秘密ですわ」
にこっと笑うララ。
完全に教える気ないな、これ。
「気になるんだけどなぁ」
「いつか、機会があれば」
含みのある言い方だ。
……まあ、無理に聞くのも野暮か。
「とりあえず、今日はもう遅いな」
空を見上げると、日が傾き始めていた。
「ララとナタリー、王城まで送るよ」
「ありがとうございます」
その日はそこで解散。
移動の本格開始は、五日後に決まった。
◇
部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
「……フェン、か」
神獣と契約って、なんかすごいことになってきたな。
ふと思いつく。
「フェンに乗って、先にラスターネ近くまで行って……」
「転移でみんな呼ぶ、ってのもアリか?」
時短にはなる。
ただ、フェンが許すかどうかだな。
あとで相談してみるか。
そんなことを考えながら。
「……明日、仕事だし寝るか」
現実もちゃんとあるのが、なんとも言えない。
異世界と日本の往復生活。
……まあ、嫌いじゃないけど。
目を閉じる。
今日はさすがに疲れた。
考え事をする前に、意識はそのまま沈んでいった。
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