森の主と、選ばれゆく者
じいちゃんに言われて、ログハウスの奥――森のさらに深い場所にある湖へ向かうことになった。
歩くこと、およそ一時間。
木々の密度が一段と濃くなり、空気がひんやりと変わる。
そして、開けた場所に出た。
「……おお」
思わず声が漏れる。
そこにあったのは、静かに水面を揺らす湖だった。
森の奥にあるだけあって、人の気配は一切ない。
空気は澄んでいて、水もどこか透き通って見える。
湖の周りには、小さな水色の花が群生していて――どこか神秘的な雰囲気すらある。
「着いたけど……何があるんだ?」
周囲を見回す。
それらしいものは何もない。
綺麗な景色が広がっているだけだ。
「俺たちに役立つものって……」
首を傾げたその時。
「なぁ、裕季」
奏太が小声で呼びかけてきた。
「……あそこ、見てみろ」
指さす先――湖の対岸。
「ん?」
目を凝らす。
「……あれって」
「でかい、狼……だよな?」
「だな」
どう見ても狼だ。
ただし、サイズがおかしい。
成人した人間が二、三人は軽く乗れそうなほどの巨体。
それが、じっとこちらを見ている。
「……見られてるよな、これ」
「完全に見られてるな」
目が合ってる。
というか、観察されてる感じだ。
しばらく睨み合いのような状態が続く。
そして次の瞬間。
――ドンッ!!
「うおっ!?」
大地を蹴る音と同時に、狼がこちらへ向かって跳躍した。
一瞬で距離を詰められ、気づけば俺たちのすぐ後ろに着地している。
速すぎるだろ。
「人間が来たと思い、観察していたが……」
低く、落ち着いた声。
「ふむ。お前、あやつの孫か」
「あやつ?」
「人間は“大賢者”と呼んでいたな」
「ああ……それなら俺のじいちゃんだ」
なるほど。
通じた。
「知ってるのか?」
「ああ。今は不在だが、以前はこの森の管理者だった」
……はい?
「管理者?」
思わず聞き返す。
「我には詳しくは分からぬが、いつの頃からか姿を見せなくなったな」
いやまあ、そりゃそうだ。
世界跨いで日本に住んでたし。
「じいちゃんなら今、魂だけの存在?みたいになって、ここから一時間くらいのログハウスにいるぞ。会うか?」
一応聞いてみる。
だが、狼は首を横に振った。
「不要だ。魂だけの存在となったのなら、我には関係ない」
ばっさりだな。
「それで?」
じっとこちらを見据えてくる。
「次の管理者は、お前か?」
「いや、まだ決まってない」
肩をすくめる。
「今はどっちの世界で生きるか、選んでる最中だ」
簡単にこれまでの経緯を説明する。
狼は黙って聞いていた。
「……なるほどな」
一言。
「だが、創造神とお前の祖父がここにいることを許した時点で、道は決まっているようにも思えるがな」
「そうかもしれないけどさ」
苦笑する。
「元いた世界にも大事なものがあるんだよ。簡単には決められない。後悔したくないからな」
少しだけ間を置く。
「……面倒な生き物だろ?」
「うむ」
即答だった。
「人間は面倒だな」
否定できない。
「まぁ、そういうもんだ」
肩をすくめると、狼はふっと鼻を鳴らした。
「ならば」
ゆっくりと立ち上がる。
「こちらにいる間、お前たちの手伝いをしてやろう」
「……え?」
「従魔契約だ」
さらっと言われた。
「いや、いいのかそれ?」
「構わん」
迷いのない返答。
「我の後に続け」
狼――いや、神獣は静かに言葉を紡ぐ。
『我、この森の主たるウエストフェンリルと契約をするもの』
『汝を我の魔力で繋ぐ』
『我の魔力を糧に、我の盾となり剣となれ』
『汝に与える名は――フェン』
その言葉に導かれるように、俺も同じ言葉を口にする。
次の瞬間。
「……っ!?」
一気に何かが持っていかれた。
魔力だ。
今まで感じたことのない勢いで、体の中から抜けていく。
「くっ……!」
膝が崩れる。
視界がぐらつく。
「裕季!?」
「ユキさん!」
みんなの声が遠くなる。
やばい、これ。
思ったより……きつ――
そこで、意識が途切れた。
◇
――ララティア視点――
目の前で起きた光景に、私は言葉を失っていました。
神獣フェンリル様。
それも、西の大森林に住まう存在。
各地にある大森林には、それぞれ神獣がいると伝えられています。
そして、この西の大森林は――長らく管理者が不在でした。
かつての管理者は、ユキさんのお祖父様。
その後、空白の期間が続いていたのです。
「……まさか」
小さく呟く。
その神獣と、ユキさんが契約を結ぶなど。
普通ならあり得ない。
ですが――
「やはり……」
納得もしていました。
ユキさんがこの世界に来てから、魔物の被害が減っていた理由。
あの日、視察に来たときに感じた違和感。
すべてが、繋がります。
この方は――
いずれ、この森を管理する存在になる方なのだと。
「ユキさん……」
従魔契約の反動で、倒れた彼を見つめる。
苦しそうに息をしている。
胸が、締めつけられるように痛む。
初めてお会いした時。
この人と一緒にいたいと思いました。
理由なんて分かりません。
ただ、そう思ったのです。
ですが――
もし、彼が管理者となるのなら。
人とは違う時間の中で生きる存在になるのなら。
私は――
「……先に逝く、のですね」
ぽつりと、言葉がこぼれる。
それでも。
それでも私は。
少しでも長く、この人の隣にいたいと願ってしまう。
それは、きっと。
「……傲慢、なのでしょうね」
自嘲気味に微笑む。
けれど。
「それでも」
小さく息を吸う。
「今は――隣にいたいです」
そう呟いた。
せめて、この選択の時間が終わるまでは。
彼の隣で。
彼との思い出を少しでも多く作りたい。
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