王女と週二日だけの旅が始まった
「いらっしゃるのでしたら、いくつか条件があります」
俺は一度呼吸を整えてから、ララティア様――いや、もうすぐ“ララ”になる人へ向き直った。
「我々と行動する間に得た情報は、たとえご家族であっても口外しないこと」
王妃様たちの表情が、ほんのわずかに引き締まる。
「それと、護衛兼侍女を最低でも一人はつけてください。正直に言います。俺たちだけではララティア様を守りきれる自信がありません」
魔物や盗賊に襲われたとき、今の俺たちの戦力じゃ厳しい。
俺は剣が多少使える。奏太と琴音も短剣の扱いは覚え始めている。……けど、それは“自分の身を守れるかどうか”のレベルだ。
そこに王女様が加わる。
――難易度、爆上がりである。
「腕の立つ人が一人でもいると助かります」
はっきり言い切ると、ララティア様は少しだけ考えてから、ぱっと顔を上げた。
「分かりましたわ。では、ここに来たときに一緒にいた侍女を連れて行きます」
ああ、あの人か。
「彼女でしたら、私も安心できますし」
「それは助かります」
正直、かなりホッとした。
「よかったわね、ララティア」
王妃様が優しく微笑む。
「たまには帰ってくるのですよ?」
「それなのですが……」
ここで、俺はもう一つの条件を切り出した。
「一週間のうち、旅をするのは二日間だけになります」
「……あら?」
「残りの五日は、王城で生活していただければと」
王妃様が少しだけ首を傾げる。
「理由を聞いても?」
「……すみません。それは、まだ」
一瞬だけ迷ったけど、ここは譲れない。
「同行される侍女の方には説明します。ただ……今は、聞かないでいただけると助かります。気持ちが固まり次第、必ずお話ししますので」
沈黙が落ちる。
――やばい、怒らせたか?
そう思った瞬間。
「そう……事情があるのね」
王妃様は、あっさりと引いた。
「分かりましたわ。その代わり――いずれ、必ず話してもらいますからね?」
「……はい」
助かった。
「では出発は五日後。同じ時間に参ります。準備だけ、お願いします」
「はい。楽しみにしておりますわ」
ララティア様――ララが、嬉しそうに微笑む。
……いや、その笑顔は反則だろ。
その後、そろそろおいとましようとしたんだけど。
「宿は同じところを使いなさい」
と、にこやかに言われてしまい、断れなかった。
王族の“お願い”は、実質命令なんだよな……。
ただし問題が一つ。
「五日間は連絡が取れないと思います」
そう言うと、ララは露骨にしょんぼりした。
「……そう、なのですね」
「……すみません」
五日間、この世界にはいない。
正確には“ほとんどいない”。いても夜の短時間だけだ。
さすがにそれを今は言えない。
ララは少しだけ迷ったあと、小さく頷いた。
「分かりましたわ。待っております」
――ほんと、いい子だな。
罪悪感がすごい。
◆
宿に戻ると、受付にいた男性に声をかける。
「五日ほど部屋にこもって作業をしたいんです。できれば、入室は控えていただけると助かります」
普通なら怪しまれてもおかしくない。
けど、さすが高級宿。
男は一瞬だけ驚いた顔をしたものの、すぐに営業スマイルに戻った。
「かしこまりました。ご用があればいつでもお呼びください」
……プロだな。
俺たちはそのまま部屋に入り――
ログハウスへ転移。
そして、それぞれ日本の自宅へ帰宅した。
時刻は夕方。
精神的な疲労がどっと押し寄せる。
「……もう無理」
ベッドに倒れ込む。
明日から普通に仕事だ。
考える余裕もなく、そのまま眠りに落ちた。
◆
それからの五日間は、ひたすら現実。
家と職場の往復。
そして――
「よし、30分だけな」
不審がられないように、三人で宿の部屋に戻る。
食事を頼んだり、軽く外に出たりして「ちゃんと滞在してますよ」アピール。
……地味にしんどい。
「これ、冒険より疲れるんだけど」
奏太がぼやく。
「わたしもそう思う……」
琴音もぐったりしている。
分かる。俺もだ。
金曜の夜。
さすがにログハウスに戻る気力がなく、そのまま宿に泊まった。
これが――大正解だった。
「……やば」
ベッド、ふかふかすぎる。
普段使ってるのとレベルが違う。
疲れも相まって、気づけば朝だった。
◆
そして、出発当日。
「今日から王女様と一緒か……」
王城へ向かう道中、俺は小さく呟いた。
「魔物と出会わなければ、普通に楽しい旅だったんだけどな……」
「わたしも……」
琴音が同意する。
「……気が重い」
奏太も同じらしい。
いや、分かるよ。
俺だって重い。
気楽な旅になるはずだったのに、王女様同行とかイベントが重すぎる。
断れなかった俺が悪いけどさ。
――王族相手に「無理です」は言えないって。
門に着くと、すでに二人の姿があった。
「お待ちしておりましたわ」
ララが手を振る。
その隣には、例の侍女。
「こちら、私の護衛兼侍女のナタリーですわ」
「ララティア王女殿下共々、お世話になります。ナタリーと申します」
深々と頭を下げると同時に――
背負っている荷物が目に入る。
……でかい。重そう。
「野営も可能ですので、何なりとお申し付けください」
声も落ち着いているし、ただ者じゃなさそうだ。
「ナタリーさん、と呼んでも?」
「敬称は不要です。ナタリーで構いません」
「じゃあ、俺たちも呼び捨てでいい。敬語もいらない」
「……では、そのように」
少しだけ間を置いてから頷く。
切り替え早いな、この人。
「王女殿下も――」
「ララでお願いしますわ」
先に言われた。
「その方が嬉しいですもの」
「……分かった。ララ」
なんかくすぐったいな。
「それと、荷物」
俺はナタリーの背中を指す。
「アイテムボックスが使える。預かろうか?」
「……よろしいのですか?」
「重そうだしな。困るものがあれば別にしてくれればいい」
ナタリーは少しだけ考えてから、背負っていた荷物を下ろした。
「では、こちらを。問題のある物は入っておりません」
受け取って、そのまま収納する。
……うん、便利。
「野営時には返してもらえれば大丈夫です」
「了解」
さて、と。
「まずはルーシャの街に向かう」
歩きながら説明する。
「ラーズの街を拠点にしてるんだけど、その途中で寄る約束してる鍛冶師がいるんだ」
「王都からですと……徒歩で八日ほどですわよね?」
ララが首を傾げる。
「でも、二日しか旅をしないと……」
「その話は後でな」
周囲に目をやる。
まだ人通りが多い。
「明るいうちは街道を進む。話は日が落ちてから」
「……分かりましたわ」
ララは素直に頷いた。
俺たちは王都を後にする。
門を抜け、街道へ。
少しずつ、人の気配が減っていく。
「……なんか、始まったな」
奏太がぽつりと呟く。
「だな」
軽く息を吐く。
王女様同行の旅。
どう考えても、波乱しかない。
――でも。
ちらっと横を見ると、ララが楽しそうに景色を見ていた。
……まぁ、悪くないか。
そんなことを思いながら、俺たちはルーシャの街へ向けて歩き出した。
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